情報革命と農業革命
オモパロスは、窮地に立っていた。あの一件以来、業績は振るわなかった。そんな中、出版社へ坂本群馬が乗り込んだ事件が、勝正志の耳にも入っていた。勝は、プロバイダー戦国時代の新勢力として、群馬の動きを気にしていたのだ。
「オモパロスは情報革命を志す同志で、最大のライバル」
ある有力な経済誌のインタビューで、勝の述べた言葉だ。
「あの価格が今後、業界の基準になる」
この時期、世間に対する勝の影響力は、ずいぶんと大きくなっていた。
この記事をキッカケに、オモパロスは息を吹き返した。勝のたったひと言で、世間の信用を一気に回復したのだ。
一方、状況に危機感をもった同業他社でも価格の見直しが行われ、本格的な戦国時代へ突入した。当然、遅れを取った企業は、大手に吸収されるということが頻繁に起こり始めた。
そして、数年後、日本国内ではメタル回線が完全に撤去され、光回線のみに統一された。想定通り維持費のコストが劇的に下がったため、使用料も最終目標だった金額まで値下げされた。
ついに、光の道が成し遂げられたのだ。
オモパロスは、回線使用料の値下げの段階と共にシェアを拡大し、この年には、プロバイダー4大勢力と呼ばれる4社の中の一角を担っていた。しかも、夢物語だったヤホーBBの最大のライバルになっていたのだ。そして、さらなる飛躍を目指して、株を上場する準備を始めた。
この少し前、群馬は同級生で整体師の設楽慎吾と会っていた。
「シンちゃん、整体、順調そうだね」
「そうでもないよ。それより群ちゃんのほうが順調じゃん。すごい快進撃だね」
「まあね。そこでいきなりのヘッドハンティングなんだけど、うちにこない?」
「えっ」
「とりあえず、僕の秘書兼運転手で。あと、近々株を上場するから、シンちゃんに手伝って欲しいんだ。何かと気心も知れてるしね」
「えっ、そんなすごいことになってんの?」
「給料はこれくらいでいいかな?」
群馬は、慎吾にメモを手渡した。
「マジで?しかも、展開が速すぎない?」
慎吾は目をまるくしていた。想像以上の条件だった。
「シンちゃん、ビジネスでは、スピードも重要な要素だよ」
こうして慎吾は、オモパロスの株式公開準備室長となった。
世の中が光の道に浮かれていたある日、群馬は勝と会食していた。プロバイダーという一事業でいうと、ライバルになるので、まわりから見れば不思議な組合せに見えただろう。
だが、当人たちは、「情報革命」を志す同志という意識の方が大きかったのである。それに、群馬は、ゴシップ誌の一件で勝に大恩があった。
「勝さん、その説は大変お世話になりました。また、光の道の完全開通、おめでとうございます」
やっと、直接、御礼が言えた。
「いやいや、私だけのチカラではありません。有能な同志のおかげで、成し遂げられたことです。それこそ、あなたの会社も大きな働きをしてくれました」
「ありがとうございます」
めずらしく、群馬は恐縮していた。しかも、すでに涙ぐんでいる。今でも勝を尊敬しているのだ。
「憧れは嫉妬に変わるが、尊敬は不変である」
群馬は昔誰かが言っていことを思い出しながら、その言葉の意味を実感していた。
それから二人は、時を忘れ、ワインを飲みながら、「情報革命」と日本の未来について熱く語り合った。
最後に群馬はもう一つ考えてる革命について話した。
「勝さん、情報革命にまだまだ終りはありません。ただ、私はもう一つ革命を起したいと思っております」
「何ですか?」
「農業革命です」
さらに続けた。
「農家がもっと豊かになる仕組みができれば、農業を始める若者も増えて、日本国内のいろいろな問題の解決につながるはずです。TPPのこともあります。押し寄せるグローバリゼーションの波には逆らえないでしょう。だからこそ、農業なのです」
「それは、素晴らしい志しです。次世代の課題かもしれませんね。ぜひ、農業界に革命を起してください。楽しみにしてますよ」
気がついたら、じきに夜が明ける時間になっていた。