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ビジネスはSSR

坂本群馬が不惑の年を迎えようとしていた頃。


「千藤さん、光の道は、もうすぐやって来ますよ。光回線の代理店もそろそろ引き際じゃないですか?」


「やっぱり群ちゃんもそう思う?俺も最近、考えてたんだよ」


その後間もなく、千藤明と群馬は、NTNTの代理店から撤退した。千藤の飲食店は順調だったし、群馬は作家として世に出始めた時期だったので、お互いに何とかやっていけたのだ。


群馬は主に、ビジネスや自己啓発系の記事や本を書いていたが、玉木碧と出逢ってからは、恋愛ものも書くようになっていた。


幸いにも、時間に縛られずに、比較的自由に動くことができた。そこで、近い将来に訪れるであろう、プロバイダー戦国時代の準備を着々と進めていたのである。


「作家だかコンサルタントだか知らないけど、そんなに知識があるなら、自分でやってみたら?君は事を成すために生まれてきたんじゃないの?」


群馬の心の中で響いていた声である。この声に突き動かされているようであった。


まずは、M&Aで、プロバイダー事業を手入れるという段階からのスタートだ。そこで、高い技術力をもちながらも、売上げが伸びていない会社を選定した。そして、コンタクトをとって、会いにいくという作業を繰返したが、なかなかいいパートナーが見つからない。


また、企業買収ともなると、資本もそれなりに必要になる。銀行から借り入れの交渉もしていたが、まだまだ足りない。そこで、株を使って、資本を集めることにした。1株10万で、新株を発行することにしたのだ。光の道構想により光回線のインフラが整備され、プロバイダー戦国時代がじきに訪れること。その中で、台風の目になることを説明してまわった。こうして、株を買ってくれそうな投資家探しも同時に進行していたのだ。


群馬が目指すのは、日本一安くて、安心なプロバイダーである。文無し群ちゃんの時代、経費を削減して、キャッシュフローの支出を極限まで減らすという経験をしていたので、妙な自信があった。文無し時代も無駄ではなかったということだ。


「ビジネスはSSR」


ストーリー、サプライズ、リーズナブルの頭文字をとった造語である。今回のビジネスにあてはめると、ストーリーとは、日本一安くて、安心なプロバイダーを作って国民を笑顔にするという志しのもとに、人が集まり、会社が動き、商品・サービスが生まれるという物語のことだ。これをやらずに、金儲けに走ると、長続きしないものなのである。ビジネスにおいては、もっとも重要な部分である。


サプライズとは、顧客を驚かせるということだ。ちょっとしたテクニック的な要素も含むが、良くも悪くも人はビックリすると他人に話したくなる。それが、口コミで広がりを見せるのだ。群馬もいろいろなサプライズのヒントを日常生活から探すクセがついていた。


「いらっしゃいませ、ポンポコポーン!」


以前、群馬が入ったお好み焼き店で最初に耳にした言葉である。その店の中では店員のポンポコポーン!という声が飛び交っていたのだ。群馬もこれには驚いて、思わず口コミで宣伝していた。これもサプライズのひとつである。


リーズナブルとは、価格以上の価値を提供することである。もちろん、安くて良い商品やサービスを提供するには、ありとあらゆる企業努力が必要だ。


ワイン好きな群馬は、毎年、ボジョレーヌーボーを楽しみにしていた。ある年に、ペットボトル入りで価格の安いものが店頭に並んだ。ボジョレーヌーボーは若いワインなので、ペットボトルでも問題はないし、容器のコトスも下げられる。そして、何よりも、瓶より軽いので、輸送コストが下げられるのだ。


群馬は、この年のボジョレーヌーボーから、中身は同じような品質でも、ちょっとした工夫でリーズナブルにできることを学んだ。


また、群馬が影響を受けたメガネ店もあった。今までは、フレームとレンズを別々の価格設定で販売していた店がほとんどで、レンズも厚みや重さによって値段がつけられていた。特に視力の悪かった群馬に合うレンズはとても高額で、なかなか買えなかったのだ。


「群ちゃん、メガネのレンズ、ずいぶん汚れてるよ。よく見えるね」


同級生で親友の設楽慎吾に言われたことがあった。あまり、気にしなかったが、言われてみれば確かに曇っている。


「ちょっと貸してみて」


慎吾がレンズを拭いてくれた。


「ダメだ。もうレンズにキズがついてるんだよ。そろそろ新しいのにしなよ」


「そうだよね。でも文無しだから買えないんだよ。目が悪いからレンズ代が結構高くてさ」


視力に関係なく、フレームとレンズをセットで販売するメガネ店が出てきたのは丁度その頃だった。しかもリーズナブルである。


群馬は一度試してみて、一気にその店のファンになり、結局、定期的に購入するようになった。これで、慎吾にレンズの心配をしてもらう必要もなくなったわけだ。


「僕も、人が喜ぶような仕事がしてみたい」


群馬は、リーズナブルな商品やサービスを提供する企業に、こっそり感謝していた。文無し時代の貴重な経験である。これらが、SSRへとつながっていく。後のアカデミアでもいつも話しているほど、時が経っても色あせることのないビジネスの基本である。


日本一安くて、安全なプロバイダーを目指したのも、こんなバックボーンがあったのだ。


「これから僕が成す事は、碧の生活にも届くかな?もし届いたら喜んでくれるかな?とにかく、まずは最初の一歩を踏み出さないと」


群馬の中で漠然としていた利他主義が、碧のおかげで少しだけ具体化されたのだ。この頃、群馬の中にいた同級生の碧ちゃんは、ソウルメイトの碧へと変わっていた。自ら変化の渦へ飛び込む群馬にとって、唯一変わることのない絶対的な心の支えになったようだ。

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