鏡を手放した君は
※この小説は、GL、近親相姦の表現を含みます。
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ドアの外から、バタバタと足音が迫ってきて、私の部屋の前で止まった。コンコン、と、小さなノックの音がする。
「どうぞ」
キィッ、とドアが軋んだ音を上げて開くと、そこにはボロボロになった妹がいた。服は破れ、体中傷だらけで、膝からは血がにじんでいる。
「どうしたのっ、ヒナちゃん!?」
私はあわてて駆け寄り、妹――ヒナのけがを見た。白い肌から赤い血がとめどなく流れ出している。
「う、う、お姉ちゃーん……」
ヒナはかがんでいた私に抱き付き、声をあげて泣いた。私はそんなヒナの背中をさすってやる。
「よしよし。もう大丈夫よ」
しばらく、ヒナは私の肩でしくしくと泣いていた。私はその間、妹のぬくもりを感じていた。細くて、ちょっと力をこめれば壊れてしまいそうな体。
「ぐすっ、ぐすっ……」
泣きながら、妹は私から離れた。そんな妹の両手を握りしめて、私は聞く。
「どうしたの?」
「え、えっとねえ、河原でお花のかんむり作ってたらねえ、後ろから、どーんってねえ、あたし、びっくりして、後ろ向いたら、おっきな男の子たちがねえ……」
そこまで話して、ヒナはまた、泣き出した。
「よしよし。よくお話しできたわね。えらいわ」
私はタオルを持ってきて、ヒナの汚れた顔を拭ってやる。
私は心の奥底で、何かどす黒い物が熱を持ったのを感じながら、ヒナに言った。
「とにかく、お風呂に入りましょ。そのままじゃ、けがにばい菌が入っちゃうわ」
「……うん」
私はヒナの手を引いて、お風呂場へと向かった。
「……っ、痛いよぉ、お姉ちゃあん……」
「ごめんね、ヒナちゃん。でももうちょっと我慢してね」
私はヒナのけがに綿棒で消毒液を塗りながら言った。ヒナのけがは、全部で32か所もあった。あるところは肉が見えていた。
――許さない……。
私は唇をかみしめた。
「お姉ちゃん?」
ヒナが心配そうに私を見る。私は怒りが表情に出ていたことに気付く。
「大丈夫よ。ヒナちゃん。もう2度と痛いことなんか、ないからね」
「うんっ!」
ヒナが、天使のような笑みで言った。
ヒナをいじめた少年たちは、すぐに分かった。目撃者がいて、近所の噂になっていたのだ。なんと、バットを持っていたらしい。私は、ヒナの背中にあった大きな青いあざの原因を理解した。
私は、少年たちの親に、事の顛末を説明した。少年たちの親と少年たちは、菓子折りを持って家に謝罪に来た。ヒナに会わせる気はなかったので、ヒナには2階にいてもらった。少年たちは皆おとなしそうな子ばかりで、私の前では、下を向き、縮こまっていた。
事は、これで解決した。
――と、思っていたのに。
「お姉ちゃあん……っ」
「! ヒナちゃん、また……。今度は誰なの?」
「と、隣町の、小学校の男の子たちが……」
ヒナは、あれから、地域の中での子どもたちのいじめのターゲットになっていた。ひどい時には、ほぼ全裸の状態で帰ってきたこともあった。ヒナの体には生傷が絶えることがなく、彼女はどんどん内気になっていった。
「……お姉ちゃん」
ベッドの中で、ヒナは、私に語りかけた。
ヒナは、このごろ、私にべったりくっつくようになった。寝るときは、1つのベッドで眠った。
「なに? ヒナちゃん」
「お姉ちゃんは、私にひどいこと、しない?」
私は、ヒナを思い切り抱きしめて言った。
「しない。絶対しないから」
そしてヒナのほっぺたにキスをする。
「ヒナちゃんがうれしいことだけをしてあげる」
「……大好き、お姉ちゃん」
「私もよ」
ヒナは今日も、温かい。
ヒナは高校生になるまで、いじめられ続けたが、県の郊外の高校に通いだしてからは、ピタリとやんだ。ヒナが通う学校の偏差値の高さからかもしれなかった。ヒナはいじめられながらも、勉学だけはきちんとこなし、塾の講師からはT大も狙えるとまで言われていた。
ただ、私には気にかかることがあった。
この頃、ヒナが妙によそよそしいのである。あんなに私にくっついていたのに、最近は友達ができたのか家に帰ってくる時間も遅く、休日も外に出歩いている。
「ヒーちゃん、アルバイト始めたんですって」
夕食の天津飯を食べているとき、母が言った。
「ホントに?」
「ええ。本屋さん。あの子本好きだから、きっとすぐに慣れるわね」
「……うん」
そうか。妹も、いつまでも子どもではないのだ。
その日、私はリビングでテレビを見ていた。と、横目を金色の何かがかすめた。私が横を向くと、女と目があった。
「……ヒナちゃん、その髪、どうしたの?」
ヒナは、私にお揃いにするといって伸ばしていた長い髪を、金色に染めていた。
ヒナは牛乳を、パックのまま飲みながら、
「え? ああ、今の学校、校則マジゆるくてさあ、金髪もおとがめなしなの。だから、イメチェン」
ヒナはそして牛乳を一気にあおった。
「いいでしょ?」
口元を手の甲でぬぐいながら、ヒナは言った。
「んー、お姉ちゃんは、前のほうがよかったかな……」
「姉貴はもともと髪、栗色なんだからいいじゃん。あたしなんて真っ黒だったし。せーせーした」
そうして、牛乳パックをゴミ箱に投げ入れると、ヒナは足音高く2階に上がって言った。
さらに、ヒナは、外泊も多くなった。家に男を連れ込むこともしょっちゅうだった。私の部屋はヒナの部屋の隣なので、ヒナと男の睦言が聞こえてくることが珍しくなかった。
ヒナはコロコロと男を変えた。おとなしそうな子に、ヒナから逆ナンしているようだった。ヒナは、美人だから引っかからない男などいないのだろう。
私は、近所の中堅会社の経理課に勤めていた。細かいことが好きなので、この仕事は性に合っていた。
そして、3年がたち。
「え……、お見合い?」
母がエクレアを食べながら言った。
「そうよぉ。あんたもいい年でしょ。お見合いしてくれる相手、お父さんが見つけてきたから。部長さんの子どもだって」
会いたくない……。私は自分の部屋で仕事の残りを片付けながら思った。恋愛経験がないわけではない。だが、今の私は現状に満足しているし、何より仕事が忙しかった。
と、部屋にノックの音が、鳴り響いた。
「はあい?」
相変わらず立てつけの悪いドアは軋んだ音を立てて、訪問者を迎え入れた。
「ヒナ? 珍しいわね。なに?」
私はパソコンのディスプレイから目を離さずに言った。
「姉貴、今日一緒に寝ていい?」
私はキーボードを打つ手を止めて聞いた。
「……どうかした?」
「うん。どうかしたの」
ディスプレイの光が、ヒナの目に反射していた。
「だから、一緒に寝ていい?」
仕事がしばらく終わりそうになかったので、ヒナには先にベッドで寝てもらうことにした。うるさいかと思ったが、静かにベッドで横になっている。
仕事がひと段落し、私は大きな伸びをする。首を左右に傾けると、ゴキリ、ゴキリと、女が出してはいけないような音がした。
「……おっさんみたい」
ベッドの布団の中から、声がした。
「そうよー。見た目は淑女、中身はおっさん」
「その正体は?」
「三十路前のただのOL」
「つまんない」
「でしょうね」
私はもそもそと、ベッドにもぐりこんだ。妹のぬくもりで、この寒い季節でも、布団の中は暖かかった。ヒナはいつだって温かい。
「ヒーナ」
私はヒナに抱き付いた。
「ちょ、やめてっ!」
突き飛ばされた。
かろうじてベッドからは落ちなかったものの、私は端に追いやられた。
「……ごめん」
私は謝った。そうだ。このヒナは、もうあのころのヒナじゃないのだ。
「……いいよ。突き飛ばしたりして、ごめん。驚いただけだから」
私はその言葉を聞いて、そうっとヒナの横に落ち着いた。
「……なにかあったんだったわよね」
私は沈黙に耐え切れず、ヒナに聞いた。
「うん。男に捨てられた」
「ヒナが?」
「うん」
「今までフラれたことなかったの?」
「ううん。捨てられたことはあったけど、今度は特別」
そしてヒナは、黙ってしまった。私はじっと、続きを待つ。
布団の中は、ヒナの体温で、ぬくい。
「初めて、男の方から告られたんだあ」
「そうだったの」
ヒナの通う高校は、県内でもトップクラスの、進学校だ。いくら校則が緩くとも、金髪の女子はなかなかいまい。それでもヒナが男子から告白されたのが1度だけだったのは、驚くに値するが。
「本当にやさしかったのにさあ……」
「何でフラれたの?」
するとヒナはまた、黙り込んだ。私は天井を見つめながら待つ。
「『君には』」
「うん」
「『ほかに本当に好きな人がいる』って」
「そうなの?」
「……わかんない」
ヒナが、身じろぎした。
「でも、あいつのことは、本当に好きだったのに」
「ヒナ……」
これぐらいなら、許されるだろうか。
私は、ヒナの頭を、そうっと撫でた。ツルツルとしていた。あのころのままだ。
「ぐすっ、ぐす……っ」
ヒナが、私に抱き付いてきた。あのころにはなかった豊かなふくらみが、私のそれに当たる。
「お姉ちゃあん……」
「大丈夫よ、ヒナ」
私はヒナの頭を、なで続けた。ヒナは、私の肩に顔をうずめ、泣いていた。
ヒナが泣き止んでも、私たちはくっついたままだった。ああ、ヒナは、本当に温かくて、柔らかくて、細い。
「……ヒナ」
「何、お姉ちゃん」
「私ね、お見合いするの」
「……誰と?」
「お父さんの会社の、部長の息子さんと」
部屋が沈黙で満ちた。
途端に、私はギュッと力強く抱きしめられた。
「痛っ……」
そして、唇に柔らかい感触が当たった。
私は驚きで目を見開いた。
唐突に、それは終わりを告げた。
気付くと、私は部屋に一人だった。
「ヒナ……?」
呼んでも、返事はなかった。
部長の息子さんは、会ってみると気さくな人で、趣味はサッカーで、地元のクラブにも所属しているとのことだった。
「サッカー馬鹿で、それだけが取り柄ですよ」
部長の息子さんの名前は、咲也と言った。
咲也さんとは気が合い、私が高校時代卓球部だったことを知ると、
「えー、じゃあ、今度教えてくださいよー」
と、人懐っこく、笑った。
瞬く間に一年が過ぎて、私と咲也は、結婚することになった。
ヒナは、東京の大学に行き、文芸サークルに入ったそうだった。作品をちらほら、出版社に応募もしているらしい。
それらの情報は、すべて母からの受け売りで、私自身は、ヒナとはあの夜から一言も話していない。
あれがどういう意味だったのか、いまだに分からない。
「ちょっと、なにボーッとしてるの。式、始まるわよ」
「う、うん……」
目の前には、きれいに着飾った花嫁がいた。それが私だということが、今でも信じられない。
「それにしても、姉の結婚式にも来られないなんて、今度ヒナには説教しなきゃ駄目ね」
ヒナは、どうしても外せないアルバイトの用事があり、来られないとのことだった。
結婚式には、来てほしかったのに……。
「新婦さん! 入場の時間ですよ!」
「えっ、あっ、はい!」
気付くと、控室には私1人になっていた。
「こっちです!」
「え? あの、打ち合わせと違うんじゃ……」
「他の方とダブルブッキングしてしまいまして、変更になりました! 申し訳ありません。 さあ、どうぞ!」
私は扉の前で、深呼吸をした。
そして、扉を開くと……
「……え?」
中には、誰もいなかった。いや、正確には、1人。祭壇の前に、誰か立っている。その姿は……
「ヒナ……?」
私は重いドレスを引っ張り、ヒナに駆け寄る。
そこには、長い髪を1つにまとめ、男性用の礼服に身を包んだヒナがいた。
「ヒナ、来られないんじゃなかったの?それにその格好……」
「あー、もう、ここまでやっても、気付かないかな、バカ姉貴は!」
ヒナが怒った顔をして、言った。
「え……?」
私は、頭の中が、疑問符で埋まる。
ヒナが、私の両手を手に取り、言った。
「ずっとずっと、ガキの頃からあなたが好きでした! お付き合いしてください!」
そして、ヒナはポケットから何かを取り出し、私の左手の薬指にはめた。
そこには、ダイヤの指輪が輝いていた。
「え、これ、本物……?」
「バカ! 返事は!?」
「え、でも、私、咲也と結婚しなきゃ……」
「あたしは!」
痛いほど、ヒナが私の手を握る。
「あなたが! 大好きです!」
そして抱きしめられた。
「愛してる!」
ああ、やっぱり、ヒナ、あったかい。
目を開けると、教会の中は、金色の光であふれていた。
ヒナの、髪の色だ。
「うん。ヒナ、一緒になろう」
「本当!?」
ヒナが私の両肩をつかんで、聞いた。
私は微笑んで言う。
「これからはずっと一緒にいましょう」
その言葉を聞いたヒナは、その整った顔を崩して、泣き出した。
私はハンカチで、その涙をぬぐってやる。
「きれいな顔が台無しよ、ヒナ」
「……っ、お姉ちゃんのほうが、100万倍、きれい……」
そしてヒナは、私にキスをした。ヒナの透き通った涙の味がした。




