まずは、であいから 03
「んー、と」
いすに座り背伸びをする。
数時間精密検査で彼女はしばらく身動きがとれない。その間に軽くレポートをまとめておこう。
かばんから大きめの端末を取りだしてテーブルに置いて上部カバーをあける。ノートタイプの端末機だ。
移動体通信機の機能を備えた、ようは持ち運べるパソコンだ。 キーボードを叩いて書類用テキストをひらく。
そして気がつく。
「名前、聞いてないよ…」
失態だ。
取り返しがつかないわけではないが、自分のぼけさ加減にダメージをうける。
数時間後にはまたあうのだし、まだ仕事を完遂したわけでもない。名前の欄を飛ばして書きすすめていく。
わかったことといえば、竜の生贄にさしだされ食べられるところで記憶は終わっているということ。
竜に挨拶をし、目を閉じ、竜の爪につままれて口の中にほうりこまれる。そこまで覚えていながら、恐怖はなく受け入れていたようだ。
落ちつきすぎな気がしなくもないが、なにか薬でも盛られていたら検査でわかるだろう。検査結果は今日中にでるからチェックを忘れないようにしないと。
箇条書きでさくさくと記入していく。
兄がいたこと。
治癒術師として働いていたこと。
贄の基準としての術師としての力が大きかったこと。
術力検査を追加で申し込みいれなくちゃな。後日でいいか。 あとは、――機械文明でそだったわけではないようだ。というぐらいか。
こうしてみると判明したことは少ない。僕の話し方が悪いんだろうか。
それでも、こういった人の迎えかたは稀ですぐ会話できるようにと僕が呼ばれたんだよな。機械による言語埋め込みは時間がかかるうえにへたな機械翻訳のような違和感がのこることになる。手軽にある程度の会話をこなせるようになるし、機械での言語埋め込みも貴重な代物ではあるらしいが。
問題はきっと、言葉の通じない相手をカプセルにとじこめて強制的に眠らせてしまうことだろうか。抵抗にあってもおかしくない気がする。
あの少女は年齢を15といっていたな。僕のふたつ下だ。
背は僕のほうがあたまひとつ分くらい低いが、同世代ではあるし話はしやすいと思ってくれるといいなあ。
カチカチとノートパソコンの右上がひかりだした。
検査結果が送られてきた。
とはいっても詳細ではなく概要、詳細は夜までには届くだろう。 ファイルを開いて中身に目を通す。
細菌や寄生虫、外来種などの危険性のある生物の混入はなくオールグリーン。
これにはほっと安心した。
人体構造もとくに違いはないようで、精密検査に移ったとのことだ。
軽く人体データも載っている。身長体重髪の色目の色肌のトーン。そして薬物反応。
やはり、と思ってしまう。あの落ちつきは異常だ。精神を安定させるなんらかの働きがみてとれるそうだ。半日もすれば効きめはなくなるとのことだ。
検査結果を読み終え、レポートにもどる。とはいってもそう書くことは多くはないので、すぐ終わってしまう。
身じろぎする気配を感じて視線をあげる。
「おはよう。もう夕方だけどね」
ベッドで上半身を起こそうとする少女に用意しておいたカップに水を注いで手渡す。
まだぼんやりしているようだけど、しっかりと水を飲みほした。
「ここは?」
ゆるりと室内をみわたしてから僕で視線をとめる。
「検査用の泊まるところといったとこかな。からだは、だいじょうぶ?」
「あ。…はい、なんともないです」
室内にある冷蔵庫からランチボックスをとりだして、封をあけて中身をつまめるようにしてから少女に手渡す。かわりにからになったカップをうけとり水で満たしてサイドテーブルにおく。
「おなかへってたら食べて。食べながらでいいから聞いてね」
頷くのをみてから続ける。
遠慮がちにだがランチボックスのサンドイッチにぱくついてくれた。
「昼間はごめんね。なにもわからないまま連れ歩いて、変な狭い箱にもはいってもらったりもして」
変な狭い箱とは医療用カプセルのことだ。
ふるふる、と首を横にふって口にしたサンドイッチを急いで呑み込んで、
「そんなことないです。説明、してくれましたし」
首を横にふるのが否定の意味なのは共通のようでほっとする。少女はひかえめに僕に微笑んでみせる。安心させるかのように。
これでは立場が逆ではないか。不安なのは身のまわりすべてのものがわからない少女のほうなのに。
「ありがとう」
ひとこと、早口に口して、微笑みかえす。
うまく、自然に笑えただろうか。すこし自信ないかも。
「えと、忘れていたんだけど自己紹介。僕はエルノア。ノアでいいよ。君は?」
「リリィ・エルナタンといいます。遅くなりましたが、よろしくおねがいします」
「こちらこそよろしく、リリィ。えと、明日また検査が少しあるから、もうちょっとだけ我慢してもらえるかな。ごめんね」
「どうしてあやまるのですか? こんなによくしてくれてるのに」
どうして、か。
どうして、と聞かれると困ってしまう。
僕がこうしているのは上からそういわれただけにすぎず、異界次元調律師が珍しいからと拾ってきただけで偶然にすぎない。
上がこうして便宜を図るのは異界、他次元世界の者が貴重であるからだ。
つまるところ、
「よその世界の人だから、かな」
と、答えるしかない。
苦笑まじりにそういうと、リリィはまた微笑む。
「ありがとうございます」
偶然が重なっただけのことにありがとうといわれても、困るけれど、リリィからすれば竜に食べられて終わるところだったわけで、感謝してしまうのもわからなくもない。
「まあ、僕は案内にすぎないから、今後のことはよくわからないけれど、生活のすべてを保障はするよ」
「なにかわたしにお礼ができるとよいのですけれど、なにも持ち合わせていないので…」
「だいじょうぶ。存在していてくれるだけで、ありがたいから」
これは本当のことだ。
主に適度にデータ採取などはされるだろうけれど、貴重であるのだ、本当に。
他の世界の文明や文化、そういったものが及ぼす影響というのは必ずあるはずで。
実験動物的な扱いになるかもしれないが、待遇はいいはずだ。
すこしばかり心苦しいものを感じるけれども、僕が口をだせるものではない。
うつむいたリリィの頭をなでてやる。
「すこし、眠るといいよ。起きたばかりだろうけれど、いろいろ起こって疲れてるだろうしね」
「…はい。また、明日ですかね?」
顔をあげて首をかしげる。
「うん。また明日、だね。おやすみなさい」




