アンダンテ
ゆっくり、ゆっくりと世界は廻る。私の“時間”など、このゆっくりな世界から見ればほんの0.01コンマ程だろう。その0.01コンマな私の人生の、更に0.002コンマ位の時間。私は大失恋して嘆き暮らしていた。
樹子、樹子…。
深海の様な蒼く蒼く、透明な海。たゆたい、せめぎ合っては広がる世界。そこにいる私に、誰かが呼びかけている。もう誰も私に気付かず通り過ぎてほしいというのに、その誰かは何度も私の名を呼ぶ。
最初は小さくとも、腕いっぱい広がって沢山の人と触れ合い、やがては大きな果実をその枝にたわわせ、誰かの憩える大“樹”となる。そんな子になってほしいと、私をこの世に迎え出でて、やがては、それがもとで遠く彼方に去ってしまった母の代わりに、少々風変わりな祖母がつけてくれた名前。いつもなら、母と祖母の私に向けてくれた思いに溢れていて、ぎゅっと抱きしめて頬ずりしたくなる愛しい名前。でも、今は、呼ばれても辛いだけ。
何度も私の心に押し寄せる塩辛い波。面積いっぱいになっても零れず、さりとて減ることの無い塩辛い海。私の心は薄い水風船の様。破けてしまいたい。でも破けるのはいつなのだろう。
がちゃがちゃ、玄関の開く音がする。ぱたぱた、廊下を歩いて。とんとん、階段を上り。こんこん、私の部屋のドアを叩く音。
「樹子、そろそろ起きないと遅刻するって」
がちゃりとドアのノブを開けて、“彼”が入って来た。
「調子悪い…。起こしに来てくれたところ悪いけど、今日休む」
布団にくるまったまま、私は返事をする。
「お前、最近いつもそんなんじゃん。出席日数足りなくなったら留年すんぞ。大丈夫なのか?」
「大丈夫。留年するギリギリ手前でやめるから。まだ全然余裕」
「余裕ってお前なぁ…」
はぁとため息をついて、彼はベッドの枕元に座る。
「何かあったのか?お前がこんなに休むなんて」
確かにあった。しかし、彼には言えまい。
ただの長馴染みとしてしか私を見ていない彼に、十数年来恋焦がれていた。二十歳にもなり、そろそろ打ち明けたい、いざ告白せんと意気込んでいたら、彼には既に彼女がいたという事実が発覚。他大学の子なのだそうだが(だそうというのは、周りの友達から聞いたため)、私には寝耳に水。
あきらめようと思ったのだが、いかんせん家は隣、そして両家とも両親は海外出張。しかも、朝が弱く自炊もままならない私のために何から何まで世話を焼く彼とは距離が近すぎてあきらめきれない。ならば私がきちんとしよう!とすれば、「お前には無理だ」と断言し、人のやる端から仕事を取り上げていく。今日だって会うのが嫌だから、『今日休む。起こしに来てくれなくてもご飯作ってくれなくてもいいから。自分でどうにかする』とメールしたのに、彼はご丁寧にも家の中まで来た。
これ以上惚れさせてどうするの…。もうこれ以上踏み込まないでほしい。フリーならまだしも、あんたにはちゃんと相手がいるのだから。
言えない。
あんたが好きだ。どこにもいかないで、私の傍に居て。などとは。
「…別に。何もない。調子が戻んないだけだって。…ていうか、蒼、あんた遅れるよ?私に構わずいきなよ、大学」
調子が戻らない理由は、件の彼・蒼が、彼女がいるにもかかわらず、毎度スキンシップで私に触れてくるから。これが毎度お決まりのようにあるため、彼女の話を聞いてからは、なるべく会いたくないと、もう来るな・大学でも声掛けんな(因みに蒼とは同じ大学の文学部)・自分のことは気にするなと三箇条を彼に突き付けた。だが、彼はきょとんとし、「何で?別にいいじゃん」と、意にも介さず私に纏わりついたまま。おかげで心身ともに疲弊し、今の有様になっているのだ。
「何もないなんて嘘つけ。何かあるとお前いつもそうやって布団から出てこなくなるんだから」
しまった。自分の癖を忘れていた。
「…何があった?」
再度、優しく私に尋ねつつ、彼は私の掛布団を勢い良く剥いだ。…さむっっ!
今は冬も半ば。氷点下の早朝に掛布団をひっぺり剥されては敵わない。これこそ本当の飴と鞭だ。
「返してよっ」
慌てて起き上がり、掛布団にしがみつこうとした、その時。
「…樹子」
一言彼が私の名前を呟くように呼んで、掛布団を放り投げるな否や、私の腕をぐいっと引き寄せた。
「……?」
何が起きたか咄嗟に分からず、気づいた時にはもう、彼の力強い腕に抱き締められていた。
「ちょ、ちょっと!何してるの!?」
慌てて体を離そうとするが、彼の腕の力が強すぎてままならない。
彼女がいるのだろう?何でこんなことするの。期待させないでほしい、やめてくれ!。
「蒼、わたしをどうするつもり!?彼女いるんでしょ?離しなさいよ!」
思い切り怒鳴った。が、しかし、
「…ごめん。」
蒼は唯そう言っただけで、大したことを言わない代わりに、更に私を更に強く抱きしめた。
なんの謝罪だろうか、と私は訝しんだ。
彼には彼女がいる。抱きしめるならば、その相手は“彼女”だろう。…なぜ私を抱きしめて、尚且つ「ごめん」?
「…蒼。何のごめんなの…?」
ぽつりと尋ねれば、彼は驚愕のいらえを返してきた。
「…俺、ずっとずっと昔から、樹子が好きだった。ずっと隣に居たいけど、樹子に俺は相応しくないから、自分の気持ちを抑えるために他の子と付き合った。…でも、こんなお前見てたら抑えらんない。こんなお前の瞳見てたら誰にも渡したくなくなる…。もう自分の気持ちに嘘は吐けねぇよ。ずっと俺の傍に居て、樹子。」
真摯な瞳が私を見つめていた。さっきの「ごめん」は“彼女”に対しての謝罪であったらしい…。…て
「むむむ」
ずっと願ってた答えが聞けたのだが、あまりにも突拍子がなく言われたので自分の頬をつねってみた。
「…痛い。夢ではない、ふむ」
そう呟くと、蒼は盛大に噴き出した。
「夢じゃないって…。…樹子、返事くれる?」
耳元で囁く彼の声。
「…この距離に居てもいいといわれる日を夢見てた。私の方こそずっと蒼の傍に居させてほしい。…好きだよ、蒼。私もずっとずっと昔から好きだったよ。」
彼の瞳を見て言えば、
「樹子」
彼が私の名前を優しく呼んだ。お互い微笑めば、私の唇に、彼は自分のそれを触れ合わせた。
「「これからもよろしく」」
唇を離した後にお互い言い交すと、照れくさそうに笑った。
結局二人とも大学はサボってしまった…。
お読みいただいて本当にありがとうございます!
私の初!小説です。わゎー←
ほたほた浮かんできたものを書きつめたので、
起承転結がおかしかったりしています。
脈絡もありません…はい。
でも、自分で書きたいと思っていたイメージ通りの雰囲気になって良かったな。と
酷いと暴走しちゃうんです、はい。笑
未熟なので、アドバイスや感想が頂けたら諸手上げて喜びます。
宜しければお願いします!