21_[時間潰し雑談]と[遭遇]
アバター引き渡しの一週間後……つまり同居人? が一人から二人と一匹にまで増えてから六日後かそこら、だいたい午後の一時半過ぎ。
私はとあるビルの会議室でそりゃもうガッチガチに緊張していた。少なくとも、三時集合の予定を一時間半フライングで到着してしまうくらいには。今日日こんなレベルの緊張を味わう機会なんてそうそうない。というかなけなしの人生経験の上でも、小学生時代に運動会でリレーのアンカーを任されたときとか以来な気がする。
あまり広い会議室とは言えないようなこじんまりした部屋の、三列程度しかない横長の机の真ん中の席に私は座っていた。
[カオル、そこまで緊張していると周りまで同じように話せなくなるそうですよ。落ち着くのは自分のためだけではありません、よく言うじゃないですか。ここはゆっくり深呼吸でもしてはどうです?]
「ぅうっさい! この歳になってそんな緊張することなんて無いってば」
[微かとはいえ声を震わせながら言わないで下さい]
「う、うぅうぅるっっっさい‼︎」
[ややビブラートが効いていますね。どういう力みかたですか?]
……スマホから聞こえる声に痛いところをツッコまれて思わず大声を返してしまった。こんなところからリューナの声がする理由は簡単、れっきとしたプログラムだからこそスマホの中にもしっかり格納済みというだけだ。そんなリューナによるツッコミは心なしか、どことなく無機質にも呆れ声にもとれるような声に聞こえた。気がする。
[というか、あまり大声で反応すると当プログラムのことが発覚してしまいますが良いんですか? そうでなくても廊下にいま誰かいるとすれば、カオルは大声で独り言を叫ぶ狂人になってしまいますが]
「分かってんなら余計にいま喋らそうとしないでっての……!」
こんなことになっている理由は簡単、ここはVライバー事務所『Jackie-S in the Box』の運営企業であるルックアップ興業本社ビルの会議室で、今日は同期となる人たちとの初顔合わせだったからだ。これからインターネット活動をする上での決まり事やら会社としての配信の方針やらをしっかり叩き込まれ、そして三ヶ月後に正式デビューする手筈になっている。世代でいえば私たちは四期生、合わせたのか総員で私を入れて四人と聞かされていた。
この事務所は主に女性ライバーの事務所、だから同期は確実に女性だろう、そこまでは分かる。
……でも言い換えれば、そこまでしか分からない。
おまけに今どきVライバー事務所なんてどんな弱小新興事務所でも倍率が最低数倍はいく世の中で、『Jackie-S in the Box』はたぶん“大手において中堅くらい”という立ち位置にいる。つまりそれだけでそこらの事務所より勢いがあるといえるし、だからこそ応募倍率も余計に跳ね上がってて当然だ。
ともなれば、どんな人材が同期になっているかなんて分かりようがないワケで。
[まぁ順当に考えればカオルと同じく、相手側にとっても同期メンバーというのは活動の上で自分とセットで組むことになる重要なポジションと言えます。つまりよっぽどな事情でもない限り、そう険悪な雰囲気には相手もしたくないでしょうね]
リューナは淡々と“分析”してみせる。
というかそんなの私だって分かってるのだ、理屈の上では。
だからといって、そう山のように構えていられるワケではないのが人の心というものであって。こうやって落ち着かない時間を過ごしていると風林火山の武田信玄ってすごい人だったんだなぁと変な実感が湧いてきた。イヤイヤ落ち着け私、思考回路がワケわかんないことになってるぞ。
取り敢えずリューナは話を止める気配がないので、スマホを直接耳に当てて“一応通話してましたよ”という体面だけは整えておく。これで誰が会議室に入ってきても何とかなる……か?
[……でしたら世間話でもして一旦緊張を忘れましょう、どうせ時間までまだしばらくありますし。数日前の話を蒸し返すのですが、“影助”のことを役所に届け出なくて本当に良かったのですか? 放送電波騒霊対策報奨金制度……略称で『騒対報制度』でしたっけ、ポルターガイスト現象を撃退できたら報奨金が貰えるという制度があるんですよね?]
「だからやめてってったら! 本気で役所の人にこうなった一部始終とかリューナのこととか心霊現象云々とか全部説明するつもりで言ってる? 話が通じるワケないじゃんさー……痛い脳内設定だと思われて終わりだっての」
そして始まったリューナの“緊張をほぐすための世間話”に、私はいい加減ウンザリしながら言葉を返した。何度言っても、コイツはコイツで人間の世の中への理解がなかなか噛み合わない。
ちなみにここで出てきた“影助”とは、私が名付けたあの電子の幽霊子猫の名前だ。私のPCの中に住むことになった居候のあの一匹。PC作業中に画面の端から横切ってマウスカーソルで遊んでたりする。あんな感じのペット風アプリか何かあったなそういや……。なお名前を見れば分かると思うが考え出すまでの思考時間にして約二秒、直感百パーセントのネーミングだった。
で、リューナは自分の案を却下されたことも特に気にすることなく言葉を続ける。
[あとそれとですね、ちょうどカオルに聞きたかったことがあります。そもそも六日前についてなんですが、なぜカオルはあのとき影助の正体がネコと看破出来たんでしょう?]
あーそういえば、そのあたりの説明を全部すっ飛ばしてたっけ。
私は細かい部分が思い出せないなりに無理やり振り返りつつ説明を続けた。
「んーと、あれはホント直感というか、さ……まず最初は輪郭がボヤけて歪んでたワケだけど、それでも腰くらいの高さってことは多分四足歩行じゃん? 飛び掛かってくるときに全身で体を低くしてたしね」
[でも飽くまで相手は“霊”です。単に人間霊が化けているだけという恐れもあったのではないですか? そんなことが出来るかは知りませんが、事実子猫というには大きすぎでしたし]
すかさずリューナからツッコミが飛んでくる。確かにあのとき、私自身その可能性に一瞬判断が迷ったりもした、けど。
「あそこでさぁ、影助が威嚇っぽい声出してたの覚えてる?」
[威嚇? ノイズまみれで異様な音になっていた印象しか]
「確かにギギギとか鳴いてもいたけど、その後に“シャァぁッ”ってさ。……ノイズのせいでモロ異質だったのは間違いないけど、あの部分だけは怒ったネコみたいな動きに見えてね。縄張り争いしてるときとかの、めっちゃ気が立ったときのヤツ。でもまだそう見えたってだけだったから、即席の猫じゃらしで試して貰った、ってワケ。あれネコだったら絶対反応するし」
……なるほど、リューナはあまり納得がいっていないような釈然としない様子で言葉にしづらい(そして動物の鳴き声じみた)抗議の唸り声を上げた。やっぱコイツ、見ても聞いても色々とわかりやすい性質らしい。
「ハハッ、まぁこの世界で19年間培った観察眼ってヤツよ。それと、女の勘?」
[納得はいきませんが、ともあれ緊張はほぐせたようで良かったです]
確かにちょっと悔しいのはあるけど、事実頭の中が整理されたみたいにスッキリしてきた感覚がある以上は何も言えない。少なくとも声に震えが出ない程度にはもう落ち着いている。と。
ガチャ
「え、ありゃ、ここ……であってますよね? 私より早い子いて良かったぁ、こうやって質問できるし」
おっと、ようやく第一同期と遭遇である。たぶん同年代くらいの女の子が一人、会議室の扉で立っていた。まぁ、ようやくも何も逆にこっちが変に早すぎたってだけなのは二回目の説明になっちゃうんだけど。




