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「片岡君? 片岡君?」
懐かしい声が聞こえる。
遠くから。
いや、近く?
「片岡君、ごめんね、待たせたね。お休み中だったかな?」
久野さんだ。
待ってる間に寝てしまってたみたいだ。
変な夢だった。
大人になって久野さんじゃない誰かと一緒にいた。
内容はもう思い出せないけど、
久野さんと会う前にあんな夢を見て、ちょっと後ろめたかった。
携帯のアラームをかけていたのに。
時間前に待ち合わせ場所に行くつもりだったのに。
「ごめん、寝てたみたいだ。ずいぶん探したんじゃない?」
「ううん。君のことだから、まさか遅れることもないだろうし
きっと早く着きすぎてどこかで休んでるうちに
眠ってしまったのかな?と思ったら案の定だったよ。」
誇らしげにささやかに胸を張って、褒めて欲しそうなのが可愛らしい。
「いやーお見通しだね。これはお詫びしないと。」
「ふふ、じゃあ董亭のパフェで手を打とうかな?」
「おーけー」
「それはそうと、本来の目的地へまずは向かわないかい?」
「うん、お願い。自分では見たけど、久野さんのアドバイスが欲しくて。」
今日は、英語の参考書選びを、英語が得意な久野さんに相談して、
僕は久野さんの世界史の参考書選びの相談に乗るつもりで
ここらで一番大きなこの本屋さんにくる約束だった。
「このO社の問題集、回答は綺麗なんだけど、僕には少し背伸びかな。
久野さんには合いそうだけど。」
「片岡君なら大丈夫だよ。
それにわからないところは私が説明してあげられるよ。
ほら、教えることは学ぶことでもあるからね。」
「そんな、貴重な時間を悪いよ。」
「いいんだよ。そんなに時間がかかるものでもない。
ほら、じゃあ試しにここをやってみて。で、わからないところを聞いて」
あれ、意外に解けるな。
「ふふ。いつの間にかずいぶん勉強してたんだね。さすがじゃない。
いま引っかかったところを言葉にすることで整理が進んだでしょ?
私も質問に答えるのに考えをまとめると理解が進むから、お互い得じゃない?」
「たまたまだよ。でも、そんな世話になっていいのかな。」
「もちろん」
「ありがとう。2人とも志望校に行けるといいね。」
久野さんが静かに微笑む。
「どうしたの?」
「ううん、片岡君がよく勉強したんだなって、うれしくて」
「いやいやたまたまだよ。
じゃあ、今度は歴史の参考書を選ぼうか」
歴史の参考書も選んでレジに向かった。
途中、文具売り場で、栞が目に入る。
紙の匂いがする、小さな棚だった。
一度、栞から視線を外して、口を開いた。
「なあ、勉強で使う栞とかいらない?
今日のお礼に、よければ買ったげようか?」
彼女がこっちを見て一瞬固まった。
「いや、僕も欲しいなと思ってね。
もしよかったら、だけど。どうかな?」
「いや、いらないなんて、とんでもない。
ありがとう。うれしい。」
「花のシリーズに、鉄道もある。
あ、だけどこの星座のいいね。どう?」
「うん、素敵。」
「好きなの選んで。」
久野さんは、ほんの少し視線を落として
「うん。
…片岡君がくれるんだから、選んで欲しいな。」
「え。うーん。じゃあ、このおとめ座のとか?」
「…ありがとう。
じゃあ、私も片岡君に買ったげる。
この牛飼い座の」
久野さんがちょっと頬を赤らめながら言う。
こんなに大胆で乙女だったっけ?久野さんって。
なんだかイメージが変わるなあ。
「ありがとう。
だけど、これは二つとも僕が買うよ。で、こっちを君にあげる。」
「ううん。
私が買ってあげたいから。受け取って。」
「わかった。ありがとう」
買った栞を交換する。
「お互い買って渡すって何だか変な感じだね。」
「いいじゃない。同じお買い物をして、二人とも貰えて嬉しいって素敵。」
「それはそうかもね。」
「ありがとう。大切にするね」
「片岡くん」
「ん?なに?」
「今日はありがとう。」
「お礼を言うのは僕のほうだよ。
学年トップの久野さんお墨付きの参考書も手に入ったし、
これから、勉強するのにたすけてもらえるのは心強いなんてものじゃない。
よろしくね。」
彼女は、黙って短くうなずいた。
「じゃあ、さっきのお話通り、おわびといっちゃなんだけど、菫亭のパフェ食べに行こうか。」
喉元まで、何かがせりあがった。
けれど、それが何だったのかは掴めなかった。
エスカレーターに乗って、上層階のレストラン街の方に向かう。
途中寝具売り場が見えた。
久野さんが目をやる。ちょっとドギマギする。
「素敵なベッドだね。」
「うん。…でも、私には関係ないかな」
一瞬、声が遠くなった。
なぜか、続きを聞く気になれなかった。
「あ、ごめん。あのね、うち、布団だからベッドはよく知らないんだ。」
「そっか。うちは逆にずっとベッドだったから。
逆に、修学旅行とかの布団が新鮮だったよ。」
レストラン街のフロアに着いた。
さっきから静かな久野さんがふと思いついたように言う。
「ね、食べる前に、ちょっと屋上に行ってみない?
そろそろ日が暮れて、とても綺麗な時間なの。」
「うん。いいよ。」




