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無音の気術師  作者: 波浪
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第九話 受け気の修行

山は、何もしてこなかった。


 敵も、罠も、試練もない。

 ただ、そこにある。


 それが、一番きつかった。


「攻めるな」


 老人――受け気の使い手は、朝一番に言った。


「流すな。縛るな。抵抗もするな」


「……じゃあ、何を?」


 ユウの問いに、老人は短く答える。


「立っていろ」


 最初の修行は、意味が分からなかった。


 風が吹く。

 冷たい。


 「気で防げ」と言われない。

 「流せ」とも言われない。


 ただ、立つ。


 寒さが、皮膚を刺す。

 震えが止まらない。


 ユウは、無意識に気を張った。


「それだ」


 老人の声。


 次の瞬間、ユウの気が崩れた。


 膝をつき、息が詰まる。


「今、お前は寒さと戦った」


「……だめなんですか?」


「だめだ」


 老人は、容赦がない。


「受け気は、戦わない。寒さを、寒さのまま通す」


 理解できない。


 だが、逆らえなかった。


 次は、痛みだった。


 老人は、小石を拾い、ユウの腕に当てる。


 わざと、痛みが出る程度。


 反射的に、気が集まる。


 また、崩れた。


「逃げたな」


「……守ろうとしただけです」


「それが逃げだ」


 老人は、低い声で言う。


「受け気は、“守る”ための気じゃない」


 ユウは、息を整える。


「じゃあ、何のためにあるんですか」


 老人は、少し黙った。


「壊れないためだ」


 夜。


 焚き火の前。


 ユウは、手を見つめていた。


 気が、薄く、静かに巡っている。


 以前のような勢いはない。


 弱くなったように見える。


「……これで、誰かを守れるんですか」


 ぽつりと、零れる。


 老人は、火を見つめたまま言った。


「守ろうとするな」


 ユウは、驚く。


「守ろうとすれば、恐怖が生まれる」


「恐怖は、縛る」


 火が、ぱちりと弾ける。


「お前は、すでに知っているはずだ」


 ユウは、何も言えなかった。


 三日目。


 雨が降った。


 冷たく、重い。


 服は濡れ、体力が削られる。


 ユウは、立ち続けた。


 逃げない。

 抗わない。


 ただ、感じる。


 寒さ。

 疲労。

 心の奥の、不安。


 気が、動かない。


 だが――

 崩れない。


 それに、ふと気づく。


 (……耐えてる、んじゃない)


 受け入れている。


 その瞬間、気がわずかに広がった。


 外へ向かわない。

 内側に、安定している。


 老人が、初めて頷いた。


「それだ」


 五日目。


 老人は、ユウの前に立った。


「来るぞ」


 何が、とは言わない。


 次の瞬間、

 重たい気が、押し寄せた。


 攻撃ではない。

 威圧だ。


 心が、折れそうになる。


 ユウの呼吸が、乱れる。


 だが――


 逃げない。

 抗わない。


 恐怖を、恐怖のまま受ける。


 足が、沈む。


 地面が、きしむ。


 それでも、立つ。


 老人の気が、止まった。


「……合格だ」


 山が、静まる。


 ユウは、膝をついた。


 涙が、こぼれた。


 痛みでも、悔しさでもない。


 初めて、壊れなかった。


「忘れるな」


 老人は、背を向ける。


「受け気は、強さじゃない」


「弱さを、抱えたまま立つ技だ」


 ユウは、深く頭を下げた。


 顔を上げたとき、

 老人の姿は、もうなかった。


 だが――


 胸の奥に、確かな感覚が残っている。


 揺れても、

 折れない。


 小さく、しかし確実な“核”。


 そのとき。


 遠くで、嫌な気配が立ち上がった。


 縛る者の気。


 街の方向からだ。


 ユウは、拳を握る。


 もう、逃げない。


 壊れないまま――

 向き合うために。

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