表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無音の気術師  作者: 波浪
7/28

第七話 守れなかった夜

夜は、静かすぎた。


 それが、ユウには何より不気味だった。


 街の外れ。

 壊れた倉庫が並ぶ一角で、ユウとガランは警戒に立っていた。昼の縛気事件のあと、嫌な予感が消えなかった。


「……気配が薄すぎる」


 ガランが低く言う。


「来るなら、もう来てるはずだ」


 ユウも同意していた。

 だが、感じられない。


 縛る者の気が――どこにもない。


 その瞬間だった。


 ――悲鳴。


 街の反対側。

 遠く、だが確かに聞こえた。


「しまっ……!」


 二人が走り出したときには、もう遅かった。


 広場は、地獄だった。


 人々が、倒れている。

 血は少ない。

 だが、全員――動かない。


「殺して……ない?」


 ガランが息を呑む。


 ユウは、分かった。


 これは縛りだ。

 だが、今までとは違う。


 恐怖ではない。


 安心。

 油断。

 眠りに落ちる直前の、気。


「……眠らせた?」


 中央に、人影が立っていた。


「正解だ、少年」


 縛る者が、ゆっくり振り向く。


「恐怖は騒がしい。だが、静かな縛りの方が……深い」


 男の足元で、一人の少女が崩れ落ちた。

 呼吸はある。

 だが、目は開かない。


「やめろ……!」


 ユウが叫ぶ。


 縛りは広がり続けている。

 街全体を、眠りの底へ沈める気。


 ユウは、必死に気を伸ばした。


 分ける。

 流す。

 逃がす。


 だが――


「遅い」


 男の声が、冷たい。


「お前は、優しすぎる」


 気が、絡む。


 ユウの意識が、沈みかける。


 眠気。

 温かさ。

 もう、立たなくていいという誘惑。


 ――危険だ。


 ユウは、自分の腕を噛んだ。


 血の味が、広がる。


 留める。

 痛みを、留める。


 意識が、辛うじて浮上する。


「……っ、ガラン!」


 振り向いた瞬間、息が止まった。


 ガランが、地に膝をついていた。


 剣を支えに、必死に耐えている。


「……すまん」


 絞り出す声。


「俺は……眠りに、弱い」


 その気が、ゆっくり沈んでいくのが分かる。


 ユウは、前に出た。


 縛る者と、真正面から向き合う。


「……全部、俺が止めます」


 震えながら、それでも言う。


 男は、首を振った。


「無理だ。お前一人では――」


 言葉の途中。


 広場の奥で、何かが倒れる音。


 遅れて、重い音。


 命の、終わりの気配。


 ユウの中で、何かが切れた。


「……あ」


 初めてだった。


 守れなかった。


 ここに来れば助けられると、

 そう、信じていたのに。


 怒りが、湧く。

 恐怖が、混ざる。

 後悔が、溢れる。


 気が、暴れた。


「……それだ」


 縛る者が、笑う。


「それを、待っていた」


 ユウの気が、一気に絡め取られる。


 重い。

 息が、できない。


 膝が、折れる。


 地面が、近い。


「……まだ、早い」


 男の声が、遠ざかる。


「絶望を知ってからだ。お前が壊れるのは」


 気配が、消えた。


 朝。


 街は、静まり返っていた。


 死者は、出た。

 多くはない。

 だが――出てしまった。


 ユウは、動けなかった。


 布で覆われた遺体を前に、

 ただ、立ち尽くす。


「……お前のせいじゃない」


 ガランの声が、かすれる。


 だが、ユウは首を振った。


「違います」


 唇を噛む。


「……届かなかった」


 気も、覚悟も。


 全部。


 師範の声が、背後から聞こえた。


「ユウ。しばらく前線を離れろ」


 静かな命令。


「今のお前は、壊れかけている」


 ユウは、何も言えなかった。


 否定できなかった。


 守れなかった夜が、

 胸の奥で、重く沈んでいる。


 ――強くならなければ。


 だが、どうやって?


 答えは、まだ見えなかった。


 縛る者の影は、

 さらに深く、街に根を下ろしていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ