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無音の気術師  作者: 波浪
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第六話 街に降りる縛気

朝の市場は、いつも騒がしい。


 商人の呼び声。

 子どもの笑い声。

 行き交う人々の、雑多な気。


 ユウは、その中に立っていた。


 ――重い。


 はっきりと分かる。

 この賑わいの下に、沈んだ気が溜まっている。


「来てるな」


 隣で、ガランが低く呟いた。


 剣は帯びているが、抜く気配はない。

 正面突破では、ここでは守れないと分かっている。


「皆さん、少しずつ下がってください!」


 道場の門下生たちが声を張る。

 だが、人々は戸惑い、足を止める。


 次の瞬間だった。


 ――ずしり。


 空気が、落ちた。


「……え?」


 誰かの声。


 人々の動きが、止まる。

 足が、地面に縫い止められたように。


「体が……動かない!」


 恐怖が、一気に広がる。


 ユウの胸が締めつけられる。


 (まずい……)


 これは、道場のときより規模が大きい。

 人の数が多すぎる。


 恐怖が連鎖し、

 気が絡まり、

 巨大な“縛り”になっている。


「……美しいな」


 声が、屋根の上から降ってきた。


 男だ。

 あの、縛る者。


「恐怖は、集まるほど強くなる」


 指先が、軽く動く。


 縛りが、さらに重くなる。


 老人が膝をつき、

 子どもが泣き出し、

 母親が抱きしめようとして、動けない。


 ガランが、歯を食いしばる。


「……ユウ、俺が押す」


「ダメです!」


 ユウは即座に否定した。


「今、強い気を出したら……全部絡め取られる!」


 男が、楽しそうに笑う。


「正解だ、少年」


 視線が、ユウに向く。


「さて――どうする?」


 逃げ場はない。

 ここで折れれば、街が壊れる。


 ユウは、深く息を吸った。


 留める。

 流す。

 ぶつける。


 教えられた順を、頭の中でなぞる。


 ――違う。


 今、必要なのは。


 (分ける……!)


 ユウは、恐怖を感じている人々を“見る”。


 ではなく、感じる。


 絡まった気の束を、ほどくように。


 自分の気を、細く、長く伸ばす。


 流す気。

 逃がす気。


「……大丈夫です」


 ユウは、声を出した。


 震えているが、はっきりと。


「怖いですよね。でも……止まらなくていい」


 気が、触れる。


 一人、また一人。


 恐怖が、わずかに流れ出す。


「な……に?」


 縛る者の声に、初めて苛立ちが混じる。


 縛りが、歪む。


 巨大だった“塊”が、分散していく。


「今です!」


 ガランが、一歩前に出る。


 今度は、押さない。

 守る気。


 街の中心に、壁のように立つ。


 縛りが、完全に崩れた。


 人々が、次々に動き出す。


「動ける……!」

「逃げろ!」


 混乱の中、男は舌打ちした。


「……厄介だな」


 気配が、薄れる。


 次の瞬間、屋根の上から姿が消えた。


 騒ぎが収まったあと。


 市場には、壊れた屋台と、座り込む人々が残った。


 大きな死者は、出ていない。


 だが――


 ユウは、その場に立ったまま、動けなかった。


 全身が、重い。


 気を、使いすぎた。


「ユウ!」


 ガランが支える。


「……まだ、足りない」


 ユウは、かすれた声で言った。


「一人なら……できる。でも……」


 街全体を守るには、

 自分は、まだ弱い。


 遠くで、縛る者の気が、わずかに揺れた。


 ――次は、もっと深く縛る。


 そう告げているようだった。


 ユウは、空を見上げる。


 守りたいものが、増えてしまった。


 だからこそ。


 逃げるわけには、いかなかった。

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