第28話 揺れの行き先
朝の街は、騒がしかった。
昨日までとは、違う。
怒鳴り声がある。
笑い声もある。
泣き声も、ある。
混ざり合って、ぶつかって、
それでも――息ができる音だった。
塔は、まだ立っている。
だが、白さは失われていた。
影ができ、
汚れが付き、
ただの「建物」になっている。
特別ではない。
カイは、塔の前に座っていた。
剣は、置いてある。
気も、張っていない。
ただ、人の姿で。
「終わったんですね」
ユウが、隣に立つ。
「……ええ」
カイは、顔を上げない。
「私の“正しさ”は」
「世界には……重すぎた」
ユウは、答えない。
慰めも、肯定もしない。
それは、もう
彼が選ぶことだから。
街の一角で、言い争いが起きる。
商人と役人。
昨日も見た光景。
だが、違う。
周囲の人が、口を出している。
「それは、やりすぎだ」
「いや、でも必要だ」
意見は、割れている。
それでも、誰も
気を奪われていない。
「……怖いですね」
カイが、言った。
「こんなに、揺れて」
「うん」
ユウは、頷く。
「怖い」
それを、否定しない。
「でも」
ユウは、街を見る。
「皆……立ってる」
倒れそうになりながら。
迷いながら。
それでも。
カイは、長く息を吐いた。
「私は……これからどうすれば」
「決めなくていい」
ユウは、言う。
「今は」
沈黙。
風が吹く。
整えられていない風。
だから、心地いい。
やがて、カイは立ち上がった。
「……私は」
「もう、選ばない」
「誰かの代わりには」
それは、誓いではない。
決意でもない。
ただの、選択。
ユウは、頷いた。
それで、十分だった。
昼前。
ユウは、街を出る。
見送りは、ない。
感謝も、称賛も。
ただ、誰かが言った。
「気をつけて」
それだけ。
街道を歩く。
受け気は、使わない。
拒む気も、境界気も。
必要な時まで。
世界の気は、ざわついている。
争いも、あるだろう。
失敗も、繰り返すだろう。
それでも――
選べる。
ユウは、空を見上げる。
雲が流れている。
形を、保たない。
だから、美しい。
彼は、もう
世界を守ろうとはしない。
正そうともしない。
ただ、
揺れに気づいた時、
立つか、立たないかを
選び続ける。
道は、続く。
終わりは、ない。
だが、結末はある。
それは、
誰にも奪われない。
誰かに決められない。
揺れながら、生きる世界。
その中を、
一人の人間が歩いていく。
静かに。
確かに。




