第27話 完全な整合
朝が来た。
だが、街は目覚めていなかった。
音はある。
足音。
声。
生活の気配。
それらが、同じ調子で流れている。
乱れが、ない。
ユウは、違和感を覚える。
受け気を使わなくても、分かる。
これは……完成している。
広場に、人が集まっていた。
誰も、怒らない。
誰も、泣かない。
ただ、穏やかに笑っている。
塔が、立っている。
昨日までは、なかった。
白く、滑らかで、影が薄い。
その頂から、気が降り注ぐ。
完全な整合。
「始まったか」
ユウは、呟く。
誰も、塔を恐れていない。
危険だと感じる者もいない。
安心が、保証されている。
選ばなくていい世界。
ユウは、近づく。
境界気を張らない。
拒む気も、使わない。
ただ、存在する。
だが、足が重い。
気が、絡みつく。
優しい重さ。
立ち止まりたくなる。
「ユウ」
声がした。
塔の前。
カイが、立っている。
「これが……答えです」
彼の声は、疲れていた。
「誰も、傷つかない」
「迷わない」
「争わない」
ユウは、街を見る。
子どもが、転んだ。
泣かない。
立ち上がり、また歩く。
痛みは、ある。
だが、意味が、ない。
「これは……生きてない」
ユウは、言った。
強くはない。
ただ、確かに。
「生きていなくてもいい」
カイは、答える。
「壊れなければ」
沈黙。
塔から、気が強まる。
ユウの胸が、締め付けられる。
拒めば、敵になる。
受ければ、溶ける。
ユウは、座った。
地面に。
武器も、技も、使わない。
「……何を」
カイが、戸惑う。
「立たない」
ユウは、答える。
「今日は……立たない」
完全な整合は、対抗点を失った。
押し合う相手が、いない。
だが――
支点も、なくなる。
塔の気が、わずかに揺れた。
整合は、常に相対が必要だった。
対立が、ないと――
維持できない。
「やめてください」
カイの声が、揺れる。
「立たなければ……私は……」
「選ばせて」
ユウは、言う。
「あなた自身を」
塔の気が、乱れる。
完全であるほど、脆い。
揺れを許さない構造は、
揺れに耐えられない。
街の中で、誰かが言った。
「……なんか、変じゃない?」
最初の疑問。
次に、別の声。
「安心……だけど……」
言葉が、続かない。
整合が、崩れ始める。
一気ではない。
選択の隙間から。
カイは、膝をつく。
「私は……間違っていたのか」
「間違いじゃない」
ユウは、立ち上がる。
今度は。
「ただ……選び切りすぎた」
塔に、亀裂が走る。
音は、小さい。
だが、確かだ。
人々の表情が、変わり始める。
戸惑い。
不安。
そして――安心ではない何か。
生きている揺れ。
カイは、顔を覆った。
初めて、泣いた。
音を立てて。
ユウは、近づかない。
抱きしめない。
境界に、立つ。
塔は、崩れなかった。
ただ、降り注ぐ気が止まった。
完全な整合は、終わった。
世界は、不完全に戻る。
ユウは、街を見渡す。
ここから先は――
彼の仕事じゃない。
道は、まだある。
選択は、続く。




