第26話 揺れが届いた街
街は、騒がしかった。
だが、うるさいのとは違う。
音の種類が、増えている。
笑い声。
怒鳴り声。
泣き声。
混ざっている。
整っていない。
それなのに――
息苦しくない。
ユウは、街の門をくぐる。
受け気は、使わない。
境界も、張らない。
ただ、歩く。
広場では、口論が起きていた。
「税が重すぎる!」
「いや、必要だ!」
役人と、商人。
周囲の人々は、逃げない。
聞いている。
選ぼうとしている。
ユウは、端に立つ。
関わらない。
だが、立ち去らない。
その位置が、境界だった。
やがて、誰かが言った。
「……話そう」
怒鳴っていた商人が、声を落とす。
役人も、息をつく。
揺れは、残る。
だが、消さない。
ユウの胸が、わずかに熱くなる。
これは……彼が何かした結果ではない。
揺れが、伝播しただけ。
街を進むと、壁に落書きがあった。
雑な字で、こう書かれている。
『決めるのは、俺たちだ』
その言葉に、受け気が反応する。
開かない。
だが、否定もしない。
宿で、噂を聞いた。
「最近さ……」
「“安心を配る導師”が来なかったんだ」
「前は、すぐ現れたのに」
カイの影。
だが、薄い。
彼の整合が、届かない場所が増えている。
夜。
街外れの丘で、ユウは立つ。
風を、受ける。
拒まない。
整えない。
そこへ、足音。
聞き覚えのある気。
カイだ。
「あなたのせいです」
挨拶もなく、言った。
「揺れが、制御できなくなっている」
「僕は、何もしていない」
「それが、問題だ」
カイの声は、苛立っていた。
「あなたは、存在するだけで揺らす」
二人は、向かい合う。
剣は、抜かれない。
気も、張られない。
だが、緊張はある。
「なぜ、立ち続ける」
カイが問う。
「勝てないと、分かっているのに」
ユウは、少し考える。
「……立たない日も、ある」
「今日は、立ちたい」
カイは、黙った。
それが、理解できない。
彼は、常に選んでいる。
常に、決めている。
「世界は、整えなければ壊れる」
カイは言う。
「揺れは、争いを生む」
「争いは……選択の失敗だ」
ユウは答える。
「揺れそのものじゃない」
沈黙。
街の音が、二人を包む。
混ざり合った音。
不完全な調和。
カイは、視線を逸らした。
「……次が、最後だ」
「私か、あなたか」
「違う」
ユウは、静かに言う。
「選ぶのは、世界だ」
カイの気が、揺れた。
初めて。
ほんの、ほんの一瞬。
「それでも……」
言葉が、続かない。
整合が、追いつかない。
カイは、背を向けた。
「終わらせます」
それだけ言って、去る。
ユウは、追わない。
今は、追わないと選んだ。
丘の下。
街の灯りが、瞬いている。
誰も、正解を知らない。
それでも、決めようとしている。
ユウは、深く息を吸う。
次は、戦いではない。
終わらせるための対話。




