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無音の気術師  作者: 波浪
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第24話 境界を破る者

 風が、止んでいた。


 止んだのではない。

 止められている。


 ユウは、その異変を境界気で感じ取った。


「来たね」


 老婆が、杖を強く突く。


 地面に、細かな亀裂が走る。


「境界を、理解した者だ」


 森の奥から、足音がする。


 一定。

 迷いがない。


 やがて、姿を現した。


 ――カイ。


 以前より、気が違っていた。


 柔らかさは消え、

 整合だけが残っている。


「久しぶりです」


 カイは、丁寧に頭を下げた。


「あなたが、境界を学んだこと……分かります」


「とても、美しい」


 ユウは、前に出る。


 老婆は、下がった。


「これは……お前の戦いだ」


「境界に立つということは」


 カイは、語り始める。


「誰かを、必ず拒むということ」


「ならば、最初から私が選ぶ方が……優しい」


 模倣気が、展開される。


 だが、以前のような包み込みではない。


 押し潰す整合。


 揺れが、許されない。


 ユウは、境界気を張る。


 立つ。


 押し返す。


 だが――

 削られる速度が、速すぎる。


「学習しました」


 カイの声は、冷たい。


「境界は、固定点です」


「なら、周囲を動かせばいい」


 空気が、歪む。


 地面が、沈む。


 境界そのものが、ずらされる。


「っ……!」


 ユウの膝が、落ちる。


 拒む力も、受ける力も、足りない。


 境界気が、悲鳴を上げる。


「あなたは、優しすぎる」


 カイは、近づく。


「境界に立つ覚悟があるなら……」


「孤独を、選び切るべきだ」


 ユウは、理解した。


 カイは、迷っていない。


 だから、強い。


 だが――

 それは、他者の選択を捨てた強さ。


 老婆の気が、微かに触れる。


 だが、助けない。


 助けられない。


 ユウは、境界気を解いた。


 完全に。


 防御を、捨てる。


「……何を」


 カイが、初めて戸惑う。


 受け気を、わずかに開く。


 拒む気を、わずかに残す。


 その中途半端。


 不完全な立ち方。


「選ばない」


 ユウは、息を吐く。


「選ばせる」


 自分の揺れを、晒す。


 恐怖。

 迷い。

 負ける覚悟。


 すべて。


 模倣気が、乱れた。


 整合が、追いつかない。


 不完全さは、計算できない。


 だが――

 勝てない。


 それでも。


 カイは、剣を抜いた。


 初めて。


「……あなたは、危険だ」


「揺れは、広がる」


「それでもいい」


 ユウは、立つ。


 倒れながら。


「揺れは……生きている証だ」


 剣が、止まる。


 カイの腕が、震える。


 一瞬だけ。


 ほんの一瞬。


 その隙で、老婆が割って入った。


 杖が、地を打つ。


「ここまでだ」


「これ以上は……殺し合いになる」


 カイは、剣を納めた。


 悔しさは、ない。


 ただ、理解できない顔。


「次は……完全にします」


 そう言い残し、去っていく。


 ユウは、倒れ込む。


 全身が、痛い。


 敗北だ。


 明確な。


 老婆が、そばに座る。


「負けたね」


「……はい」


「でも」


 老婆は、空を見る。


「壊されなかった」


「それは、勝ちだ」


 ユウは、目を閉じる。


 境界は、破られた。


 だが、立つ理由は――

 残っている。


 遠くで、世界の気が揺れた。


 小さく。

 だが、確かに。


 どこかで、誰かが、

 選び始めている。

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