第22話 壊すための呼吸
夜明け前。
空は、まだ決めきれていない色だった。
ユウは、崖の上に立っている。
下には、霧。
落ちれば、戻れない。
だが――
それでいいと思った。
受け気が、乱れている。
これまで、開き、受け、流すことだけをしてきた。
拒まない。
整えない。
壊さない。
だが、それでは守れなかった。
「……拒め」
自分に、言う。
受け気が、揺れる。
拒むことは、恐怖だ。
相手を、否定することだから。
息を、吸う。
深く。
だが、整えない。
乱れたまま、吐く。
胸が、苦しい。
これが、選ばない呼吸。
崖の縁に、座る。
霧の中から、過去の気が立ち上る。
祈りの村。
笑顔の子ども。
倒れた体。
受けきれなかった現実。
「優しいだけじゃ……ダメだ」
受け気を、閉じる。
完全にではない。
一方向だけ。
外からの流れを、遮断する。
初めての感触。
冷たい。
気が、ぶつかる。
自然の気。
風。
岩。
重力。
これまで、受けてきた。
今日は、受けない。
足元の石が、転がる。
崖下へ、落ちていく。
ユウは、見送らない。
気を、伸ばさない。
助けない。
それは、残酷だった。
だが――
自分で選んだ。
胸が、痛む。
受け気が、悲鳴を上げる。
それでも、閉じる。
拒む。
境界を、作る。
その瞬間。
気が、反発した。
押し返す力。
今まで、なかったもの。
これは、攻撃ではない。
拒絶だ。
「……これが」
息が、震える。
「拒む気……」
立ち上がる。
体が、重い。
受け気が、変質している。
柔らかさの中に、芯が生まれた。
だが、代償は大きい。
心が、削れる。
拒むたび、孤独が増す。
それでも――
逃げられない。
遠くで、気が近づく。
人の気。
一つ。
警戒している。
霧の中から、老婆が現れた。
杖をつき、背を丸めている。
「……受け気の子かい」
声は、かすれている。
だが、強い。
「壊し始めたね」
見透かされている。
「その先は、戻れないよ」
「戻らなくていい」
ユウは、答える。
迷いは、ある。
だが、逃げはない。
老婆は、笑った。
「なら、教えることがある」
「拒むだけじゃ、いずれ折れる」
「壊すなら……支えも要る」
彼女の気は、奇妙だった。
受け気でも、模倣でもない。
古く、荒れて、
それでも、立っている。
「私は、境界気の使い手」
老婆は言う。
「開くでも、閉じるでもない」
「立つための気だ」
ユウの受け気が、反応する。
拒み続ければ、孤立する。
開き続ければ、奪われる。
その間に――
境界が必要だった。
空が、白み始める。
夜明け。
選び直しの時間。
「教えてください」
ユウは、頭を下げた。
初めて。
完全に。
老婆は、頷く。
「いいだろう」
「だが、楽じゃない」
「境界を持つ者は……孤独だ」
ユウは、崖を振り返る。
霧は、まだ深い。
だが、足場は見え始めていた。
旅は、次の段階へ。
受けるだけの者から、
立つ者へ。




