第20話 模倣気術師
山道は、静かすぎた。
風は吹いている。
草も揺れている。
それなのに、気だけが整いすぎている。
ユウは、足を止めた。
前方の岩陰から、一人の男が現れる。
年齢は、分からない。
表情は、柔らかい。
柔らかすぎる。
「初めまして」
男は、丁寧に頭を下げた。
「あなたが、“受け気”の使い手ですね」
断定。
揺れが、ない。
「誰だ」
「名は、カイ」
男は、穏やかに笑う。
「私は、あなたの真似をしています」
受け気が、軋んだ。
男の気は、確かに受け気に似ている。
だが、決定的に違う。
開いているようで、
実際には――制御しすぎている。
「人は、揺れると迷います」
カイは、語る。
「迷いは、選択を生みます」
「選択は、争いを生みます」
「だから私は、揺れを“安全な形”に整える」
それが、彼の哲学だった。
ユウは、剣を抜かない。
構えもしない。
ただ、受け気を保つ。
「整えた揺れは……揺れじゃない」
「そうでしょうか?」
カイは、一歩踏み出す。
同時に、気が重なる。
視界が、歪んだ。
空気が、柔らかく包み込む。
恐怖も、痛みも、遠ざかる。
戦う理由が、消えていく。
――危険だ。
これは、安心という名の麻痺。
ユウは、初めて“後退”した。
一歩。
地面を踏みしめ、
呼吸を乱す。
受け気が、乱れた。
意図的に。
「……おかしい」
カイの眉が、わずかに動く。
「なぜ、崩す?」
「揺れは……整えるものだ」
「違う」
ユウは、息を吐く。
「揺れは、選ぶものだ」
受け気を、相手に流さない。
自分の内側へ、引き戻す。
カイは、初めて剣に手をかけた。
だが、抜かない。
気だけで、圧をかける。
模倣された受け気が、
周囲を覆う。
ユウは、立っている。
動かない。
だが、勝てていない。
受け気は、拒まれている。
初めての感触。
「あなたは、優しすぎる」
カイは、静かに言った。
「人に、選ばせるから苦しむ」
「私が、選んであげる」
その言葉で、分かった。
この男は、悪ではない。
だが――
危険だ。
遠くで、雷鳴が響く。
山の気が、揺れた。
自然の揺れ。
誰にも、整えられない。
ユウは、その揺れを受けた。
一瞬。
模倣気が、遅れた。
自然の揺れは、
計算できない。
ユウは、後退したまま、言う。
「今日は……終わりだ」
「逃げるのですか?」
「違う」
「まだ……答えが足りない」
カイは、追わなかった。
追えなかった。
受け気の“揺れ”が、
彼の整合を乱していた。
ユウは、山を下る。
初めて、胸に残る敗北感。
勝てなかった。
だが――
折れてはいない。
背後で、カイが呟く。
「次は……完成させてきます」
模倣は、進化する。
縛る者は、
学習している。
ユウは、歩きながら思う。
揺れを守るだけでは、足りない。
揺れを選ぶ強さが、必要だ。
それを、次に学ばねばならない。




