第十八話 旅立ち
朝靄が、街を包んでいた。
音は、少し戻ってきている。
足音。
小さな話し声。
まだ不揃いで、ぎこちない。
だが――
選ばれている音だった。
ユウは、門の前に立っていた。
荷は、少ない。
剣も、飾りもない。
受け気は、胸の奥で静かに脈打っている。
それで、足りた。
「行くのか」
ガランが、背後から声をかける。
剣は、帯びている。
だが、以前ほど重く見えない。
「ああ」
「戻ってくるか?」
ユウは、少し考えた。
「……分からない」
正直な答え。
ガランは、笑った。
「それでいい」
街の人々が、少しずつ集まってくる。
見送りではない。
送り出しでもない。
ただ、そこにいる。
誰も、期待を押しつけない。
誰も、答えを求めない。
それが、何よりありがたかった。
最適化された街の女性が、人混みの中にいた。
表情は、まだ硬い。
だが、目は動いている。
「……間違えたら」
彼女は、躊躇いながら言った。
「また……泣いてもいいですか」
ユウは、頷いた。
「うん」
「泣いても、立っていればいい」
彼女は、深く息を吸った。
それは、最適ではない呼吸だった。
だからこそ――
生きていた。
門が、開く。
外の道は、続いている。
安全でも、正しくもない。
ただ、未知だ。
ユウは、一歩踏み出す。
その瞬間。
受け気が、街と切れなかった。
繋がったまま、伸びていく。
別れではない。
距離が生まれただけ。
道の先。
山影の向こうで、世界の気が揺れている。
別の街。
別の選択。
別の誤差。
縛る者も、動いている。
より強く。
より巧妙に。
だが――
迷いも、広がっていた。
ガランが、最後に言った。
「剣で届かないなら……」
「気で、立て」
ユウは、振り返らなかった。
手を、軽く上げただけだ。
道は、静かだった。
だが、孤独ではない。
揺れは、もう一人のものではない。
世界のあちこちで、
小さな“選ばない選択”が芽吹いている。
ユウは、歩く。
壊さず、
縛られず、
答えを急がず。
揺れを、届けるために。




