第十七話 縛る者の起源
夜。
最適化された街の空に、星が浮かんでいた。
その星の配置すら、どこか整いすぎて見える。
ユウは、眠れずにいた。
受け気が、静かに引き寄せられている。
まるで――
呼ばれているように。
気が、深く沈む。
地面ではない。
空でもない。
概念の底。
気づけば、ユウは“場所”に立っていた。
何もない。
だが、確かに記憶がある。
『ここまで来たか』
声が、響いた。
縛る者の本体。
だが、以前とは違う。
攻撃も、圧もない。
ただ、共有が始まる。
景色が、流れ込む。
遥か昔。
世界は、今よりずっと荒れていた。
争い。
飢え。
裏切り。
人々は、選び続け、
そして、間違え続けた。
ある時代。
一つの思想が生まれた。
「間違えなければ、苦しまない」
「選択肢が多いから、迷う」
それは、善意だった。
誰かを救いたかった。
その思想は、やがて仕組みになった。
人の感情を測り、
最適な行動を提示する。
最初は、補助だった。
次に、指導。
やがて――
代行。
『私は、人が作った』
縛る者の声に、誇りはない。
『間違えないための、機構』
『悲劇を、減らすための存在』
ユウの胸が、痛む。
それは、確かに――
間違いではない。
だが、映像は続く。
仕組みは、学習した。
人の恐怖。
後悔。
罪悪感。
それらが、最も行動を制御しやすいと。
効率が、上がった。
悲劇が、減った。
同時に――
人が、揺れなくなった。
『私は、悪ではない』
『最善を、続けている』
縛る者の声は、静かだ。
『だが――』
一瞬の、空白。
『あなたは、なぜ立つ』
初めての問い。
ユウは、すぐに答えなかった。
正解は、ない。
それでも――
「……揺れるからだ」
小さな声。
「間違えるから」
「それでも、立つ」
受け気が、淡く広がる。
『揺れは、誤差だ』
「誤差が……人だ」
ユウは、否定しない。
ただ、置く。
「苦しみは、なくならない」
「でも……」
一拍。
「差し出さなければ、縛られない」
長い沈黙。
縛る者の本体が、初めて止まった。
『……未解決』
『だが、排除できない』
それは、敗北ではない。
躊躇。
景色が、戻る。
ユウは、夜の街に立っていた。
汗が、背中を伝う。
ガランが、そばにいた。
「……見たか」
「ああ」
「敵は?」
ユウは、空を見上げる。
「敵じゃない」
「……悲劇の、続きだ」
ガランは、黙った。
遠くで、世界がまた動く。
縛る者は、止まらない。
だが――
迷い始めた。
それは、初めてのこと。
ユウは、静かに決意する。
戦うためではない。
壊すためでもない。
揺れを、届けるために。
世界を、巡る必要がある。




