第十五話 最適化された街
その街には、音がなかった。
鐘も、笑い声も、怒鳴り声も。
風が吹いても、衣擦れ一つ立たない。
整然と並ぶ家々。
無駄のない通り。
人々は、歩いている。
だが――
立ち止まらない。
ユウとガランは、丘の上から街を見下ろしていた。
「……綺麗だな」
ガランの声は、震えていた。
美しい。
だからこそ、異常だ。
受け気が、ざわつく。
抵抗も、混乱も、感じない。
揺れが、ない。
街に入ると、人々は挨拶をした。
「おはようございます」
同じ声。
同じ間。
同じ角度の礼。
感情が、削られている。
いや――
選択肢が、削られている。
広場。
掲示板に、紙が貼られていた。
《本日の最適行動》
・朝食は七分以内
・会話は必要最小限
・迷いは、相談窓口へ
ガランが、紙を引き裂こうとして、止まった。
剣に手が、伸びかける。
だが、斬っても意味がない。
「……住民は、従ってる」
「違う」
ユウは、低く言った。
「選んでいない」
そのとき。
子どもが、転んだ。
泣かない。
叫ばない。
ただ、立ち上がる。
周囲の大人が、同時に声をかけた。
「最適ではありません」
子どもは、頷く。
涙は、出ない。
ユウの胸が、締め付けられる。
受け気を、広げる。
だが、入ってこない。
恐怖も、後悔も、喜びも。
感情の流入口が、閉じている。
縛りではない。
もっと、深い。
「……完成してる」
ガランが、呟いた。
「縛る必要すら、なくなってる」
中央施設。
白い建物。
扉は、開いていた。
中にいたのは、人だった。
だが、目が違う。
焦点が、常に中央。
「管理者です」
淡々と、名乗る。
「街は、安定しています」
「争いも、犯罪も、ありません」
事実だ。
だが――
「……後悔は?」
ユウが、尋ねる。
「不要です」
「迷いは?」
「非効率です」
即答。
「人は、壊れていない」
ガランが、歯を食いしばる。
「……削られてるだけだ」
ユウは、管理者を見る。
「戻せるのか」
一瞬の沈黙。
それは、初めてだった。
「戻す理由が、定義されていません」
ユウは、息を吐いた。
外で、風が吹いた。
小さな変化。
受け気が、わずかに反応する。
街の端。
一人の女性が、立ち止まっていた。
掲示板を、見ていない。
空を、見上げている。
管理者が、振り向く。
「最適行動から逸脱しています」
女性は、答えなかった。
ただ、涙が一粒、落ちる。
それは、最適ではない。
だからこそ――
生きている。
縛る者の本体が、遠くで“観測”している。
最適化は、成功している。
だが――
誤差が、生まれた。
ユウは、その涙を見つめた。
受け気が、静かに広がる。
この街は、壊すべきではない。
だが、放ってもおけない。
戦いは、さらに難しくなる。
人から、
迷いを取り戻す戦い。




