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無音の気術師  作者: 波浪
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第十三話 縛られない街

朝。


 鐘は鳴らなかった。


 誰かが止めたわけではない。

 鳴らす意味を、皆が迷っていた。


 不安と静けさが、街を包む。


 ユウは、広場の中央に立っていた。


 台も、演壇もない。


 ただ、人の中に立つ。


 人々が、集まってくる。


 顔は、硬い。

 だが、逃げてはいない。


 ユウは、声を張らなかった。


「……俺は、守れない」


 ざわめき。


 ガランが、一瞬だけ眉を動かす。


「正しくも、できない」


 人々の視線が、揺れる。


「怖いし、後悔もある」


 誰かが、息を呑んだ。


 ユウは、続ける。


「それでも、立っている」


 沈黙。


 縛る者の気が、街の上で動いた。


 様子を、見ている。


「縛る者は――」


 ユウは、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「“答え”を欲しがる」


「守るのか、従うのか」


「正しいのか、間違いなのか」


 人々の胸が、ざわつく。


「……答えなくていい」


 空気が、変わった。


「怖いなら、怖いままでいい」


「迷ってるなら、迷ったままでいい」


 ユウは、人々を見る。


 一人ひとりに、視線を向ける。


「決めつけない」


「自分を、差し出さない」


 小さな、頷きが生まれる。


 誰かが、深く息を吸う。


 そのとき。


 子どもが、一歩前に出た。


 手を、ぎゅっと握っている。


「……こわい」


 震える声。


 周囲が、息を止める。


 縛る者の気が、わずかに強まる。


 ユウは、目線を合わせた。


「うん」


 否定しない。


 叱らない。


 ただ、受ける。


「こわいまま、ここにいていい」


 子どもは、頷いた。


 気が、絡まらなかった。


 次に、老人が前に出る。


「……後悔してる」


 過去の選択。

 守れなかった人。


 縛りの糸が、伸びる。


 だが――


 老人は、膝をつかない。


「それでも、生きてる」


 気が、震えて、ほどけた。


 次々と、声が上がる。


「不安だ」

「間違えたかもしれない」

「正しくなかった」


 誰も、正当化しない。

 誰も、結論を出さない。


 ただ、あるまま。


 縛る者の気が、明確に乱れた。


『……愚かだ』


 空から、声。


 だが、力がない。


『決めぬ者は、弱い』


 ユウは、静かに答えた。


「決めないんじゃない」


「差し出さないだけだ」


 街全体に、受け気が広がる。


 一人の力ではない。


 共鳴だ。


 糸が、切れ始めた。


 音はない。


 だが、確かに。


 縛りが、成立しなくなっている。


 縛る者の気が、後退する。


『……次は、違う形だ』


 声が、消える。


 空が、軽くなった。


 人々は、まだ不安そうだ。


 だが、立っている。


 それだけで、十分だった。


 ガランが、剣に手をかけ――

 そして、離した。


「……今日は、抜かない」


 ユウは、頷いた。


 それが、正しいかどうかは分からない。


 だが、縛られない選択だった。


 夕方。


 鐘が、鳴った。


 誰かが鳴らした。


 合図でも、命令でもない。


 「今日を終える」ための音。


 街は、まだ脆い。


 だが――

 一つになったわけではない。


 縛られなくなった。


 それが、始まりだった。

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