第十二話 縛る者の条件
夜が、早く訪れた。
灯りは点いているのに、街は暗い。
人々の気が、重なり合い、空気を沈ませている。
ユウは、屋根の上に立っていた。
街全体の“流れ”を見るためだ。
受け気を、薄く広げる。
抵抗しない。
拒まない。
すると――
縛りの構造が、見えてきた。
縛る者の気は、蜘蛛の巣のようだった。
中心は、街の上空。
だが、直接降りてはいない。
人々の中にある
「自分を責める気」
「失うことへの恐怖」
「正しくあろうとする焦り」
そこに、糸をかけている。
「……条件付きの縛り」
ユウは、息を吐いた。
自分で自分を縛る者ほど、強く縛られる。
それが、条件。
ガランが、屋根を登ってきた。
「分かったか」
「ああ」
ユウは、視線を外さずに答える。
「縛る者は、直接は縛らない」
「人の“善意”と“後悔”を使う」
ガランが、眉をひそめる。
「卑怯だな」
「……だから、強い」
力では、壊せない。
壊せば、恐怖が増える。
恐怖は、縛りを太くする。
悪循環だ。
「じゃあ、どうする」
ガランの声は、低い。
剣を抜く覚悟が、にじんでいる。
ユウは、少し考えた。
「……条件を、満たさない」
「満たさない?」
「恐れない、じゃない」
ユウは、静かに言葉を選ぶ。
「恐れを、否定しない」
「後悔も、罪も、全部あるまま――」
ガランを見る。
「それでも、立つ」
ガランは、黙った。
理解しきれなくても、
信じようとしている。
そのとき。
街の中心で、気が集まった。
人々が、広場に集められている。
使徒ではない。
声だ。
どこからともなく、響く。
『守りたいか』
『正しくありたいか』
『失いたくないか』
人々の胸が、締め付けられる。
縛る者の“問い”。
答えた者から、縛られる。
ユウは、走った。
広場。
人々は、膝をつきかけている。
ユウは、中央に立った。
叫ばない。
否定しない。
ただ、受け気を開く。
恐怖が、流れ込む。
悲鳴が、心に刺さる。
それでも、立つ。
『答えよ』
声が、迫る。
ユウは、静かに口を開いた。
「守りたい」
ざわめき。
『ならば、縛られよ』
「後悔もある」
『ならば、従え』
ユウは、息を吸った。
「それでも――」
一拍。
「自分を、差し出さない」
空気が、止まった。
縛りが、成立しない。
条件が、最後まで満たされない。
恐怖も、善意も、ある。
だが――
自分を手放していない。
縛る者の気が、揺らいだ。
糸が、震える。
人々が、顔を上げる。
初めて、問いに答えながら、
縛られなかった。
遠くで、低い笑い声。
『……なるほど』
縛る者の声が、初めて感情を帯びる。
『条件を、崩す者がいる』
『ならば、次は――』
声が、薄れる。
『街そのものを、試そう』
気配が、引いた。
だが、終わっていない。
広場に、静けさが戻る。
人々は、立ち上がる。
誰も、勝ったとは思っていない。
だが――
縛られなかったという事実が、残った。
ガランが、ユウの肩に手を置く。
「……厄介な敵だな」
「でも、条件は見えた」
ユウは、空を見上げた。
次は、街全体が試される。
個人ではなく、
共同体として。
戦いは、次の段階へ進む。




