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無音の気術師  作者: 波浪
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第十話 戻るという選択

山を下りる朝は、霧が深かった。


 足元が見えない。

 だが、ユウは立ち止まらなかった。


 迷いは、もうない。


 胸の奥で、受け気が静かに息をしている。


 それだけで、十分だった。


 街が見えたとき、違和感に気づく。


 音が、少ない。


 人の気が、重なっていない。


 以前なら、雑多な感情が渦を巻いていたはずだ。


 今は――

 押し潰されたように平坦。


「……始まってる」


 ユウは、歩調を速めた。


 門の前。


 衛兵が、動かない。


 倒れているわけではない。

 立ったまま、目を虚ろにしている。


 気が、縛られている。


 だが、以前よりも巧妙だった。


 強引ではない。

 逃げ場がない。


 ユウは、そっと近づく。


 流さない。

 壊さない。


 ただ、受ける。


 衛兵の恐怖、焦り、混乱。


 それらを、自分の中に通す。


 気が、絡まらない。


 次の瞬間、衛兵の肩が、わずかに揺れた。


「……あれ?」


 目に、光が戻る。


 ユウは、何も言わず、門をくぐった。


 受け気は、縛りをほどかない。


 縛りが、保てなくなるだけだ。


 街の中心。


 人々は、言葉少なだった。


 笑顔が、ない。


 誰かの視線を、常に気にしている。


 縛る者の気は、街全体に薄く広く張り巡らされていた。


「……気づかれない縛り」


 以前の自分なら、暴れていた。


 今は違う。


 ユウは、ただ歩いた。


 受け気を、広げながら。


 抵抗しない存在は、縛れない。


 人々の気が、少しずつ揺らぐ。


 息が、深くなる。


 広場で、懐かしい気配を感じた。


「ユウ……?」


 振り向くと、ガランが立っていた。


 剣は、帯びていない。


 目は、険しい。


「戻ってきたのか」


「……ああ」


 一瞬の沈黙。


 ガランは、歯を食いしばった。


「街は、もう限界だ」


「縛る者が、上にいる」


 ユウは、頷いた。


「分かってる」


 ガランは、ユウを見つめる。


 以前のような、警戒はない。


 だが、期待もない。


「お前は……戦えるのか?」


 ユウは、首を横に振った。


「分からない」


 正直な答えだった。


 ガランは、苦笑する。


「変わったな」


「……壊れなくなっただけだ」


 それで十分だと、ユウは思っていた。


 そのとき。


 空気が、締め付けられた。


 広場の端で、人々が一斉に膝をつく。


 縛る者の気。


 今度は、はっきりしている。


「見つかったか」


 ガランが、拳を握る。


 ユウは、前に出た。


 逃げない。

 抗わない。


 ただ、立つ。


 見えない圧が、全身を押す。


 骨が、鳴る。


 だが、気は崩れない。


 縛りが、引っかかる。


 初めてだ。


 縛る者の気が、迷っている。


 どこにも、結びつけられない。


 ユウは、静かに言った。


「……ここにいる」


 宣言でも、挑発でもない。


 存在の提示。


 圧が、ふっと緩んだ。


 ざわめきが、戻る。


 人々が、息を吸う。


 ガランが、目を見開いた。


「今の……」


「始まりだ」


 ユウは、空を見上げた。


 雲の向こうに、確かな視線を感じる。


 縛る者は、知った。


 縛れない存在が、戻ってきたことを。


 戦いは、形を変えて始まろうとしていた。

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