月灯さす生徒会室にて 〜シンボリルドルフ短編〜
昼間の喧騒は鳴りを潜め、あるのは座席に向かい合うウマ娘と1人のトレーナー。
急遽舞い込んできた書類達を片付け終わり、いい所で買ったであろう仄かに甘い香り漂う紅茶を口に含む。
普段はこんなお高い銘柄には全くお目にかからないので、正直美味しいという事実しか頭を巡らなかったが、
とりあえず美味しいならそれで良いではないだろうか?
「すまないね、君にここまで突き合わせるつもりはなかったんだ……
だが、おかげで随分と作業が捗ったよ。感謝する。
お礼というわけではないが、今ある1番いい茶葉で入れさせてもらった。口に合うといいのだが、どうだろう?』
「気にしないで、好きでやっていることだから。
それに頂いた紅茶、すごく美味しいよ。
ありがとう」
「それはよかった。まだ追加もあるから遠慮せず味わってくれ」
「じゃあお言葉に甘えて、もう1杯だけ頂こうかな」
空になったカップに、まだ湯気が微かに立ち込める紅茶が注がれる。
人知れず校内でくつろぐ体験は、自身が学生時代に経験したちょっとした優越感にどこか似ている。
思い出にふけっていると、ルドルフから優しい口調で話しかけてくる。
「本当に気に入ってもらえたようで何よりだ。よければ茶葉をいくつか渡そうか?」
「流石に悪いからいいよ。
実のところ、美味しいのはわかるけど味の違いはよくわかってなかったりするし」
「本来紅茶やコーヒーは嗜好品だ。当人が楽しめているなら味の違いが分からなくても問題はないさ。
確かカフェも似たようなことを言っていたな。ではまた、次の機会にでも」
お互いに半分ほど飲んでから、今度は自分の口からふと気になった話題を問いかける。
「そういえばルドルフって学園の会長業務でいつも忙しそうだけど、具体的にどんなことをしているんだ?」
「基本的には一般的な学校と同じだな。
主に行事の下準備や運営だ。
違うところといえば協賛企業との会合、全国区で有望なウマ娘がいた場合にスカウトすることだろうか」
やはり想像よりもかなりの量をこなしている
ただでさえレース、トレーニング、食事面や精神面のケアと挙げればキリがない程にウマ娘はやることが多い。
国内トップのトゥインクルシリーズで勝ち続けることを前提にしているなら尚更だ。
この両立は並大抵の負担ではない。ルドルフだからこそ成り立っているのだろう。
少し考え、重くなる口をためらいがちに開く。
「なあルドルフ……激務なところ申し訳ないんだが、生徒会業務の内容をまとめたものを作成してもらえないだろうか?
簡単に羅列するだけでいいんだけど」
「それは構わないが、どうするつもりなんだ?」
「もちろん可能な範囲でだけど、手伝わせてほしいと思ってる」
「ふふ。ありがたい申し出だが、トレーナー業務も相当の仕事量だろう?
今の生徒会メンバーで業務は問題なく回っているよ、今回はレアケースと言っていい。
余計な心配をかけてしまったかな……」
「そんなことはないけど……」
「なに、生徒会業務のまとめは作成次第君に渡すさ。それにまた今回のようなことがあった時は助けてくれるんだろう?」
「ああ、もちろん!」
ーー次の日ーー
トレーナー室で雑務作業をしていると、コンコンと軽やかなノック音と共にルドルフが入室してくる。
「やあトレーナー君、今いいだろうか?」
「うん、大丈夫」
「昨日頼まれていた生徒会業務についてまとめておいたので、目を通してもらってもよいだろうか?」
「え……もうできたの?
それにこんなに分厚いのに…」
「ああ、丁度良く前会長が残していた資料があってね。
私なりに少し手は加えたが内容は保証するよ」
「なるほど…」
あまりの早業に目を白黒させていると、ルドルフは笑みを少し堪えながら
「では、私はこれで失礼するよ。
またトレーニングの時間に」
足早にトレーナー室を後にすべく歩き始める。
「仕事が早くて助かるよ、ありがとう」
静止し、少し振り返りながら「ああ」と低い声色で返事をする彼女の表情は、どこか年相応なものであった気がした。
気合を入れなおし、早速貰ったファイルから計画表を修正する。
同じ立場で、同じ視座に立って2人の夢を実現すると決めたのだ。
後ろから支えるのでなく、横に立って一緒に歩を進めてこそ彼女のトレーナーに相応しいだろう。
負けじと作業に熱が入る。
今年は平年よりも気温が高いようだ。




