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「城内の方が騒がしいような...」
「大丈夫。気の所為よ」
耳に届く喧騒を気にしていると、王妃様が上品な笑顔を向けた。その手には、使用人に淹れさせたばかりの紅茶が湯気を立てており、上品な香りと仕草が見事に一致している。
「ミルス嬢、寒くはないかしら?」
「はい、大丈夫です」
彼女に案内された場所は本当に外だった。外と言っても寒くはない。むしろ温かいくらいだ。
透明なガラス張りの天窓と側窓。両屋根型の形状は一戸建ての家のような広さを持っており、明るく開放的な空間を作り出している。
「温室庭園のご感想は如何かしら?」
王妃様が尋ねてくる。室内には様々な植物が生育されており、天窓から差す太陽の日差しを浴びて、どれも生き生きとしていた。
庭師と思わしき中年の男性が一人、植物に水やりをしている。
これらの植物は全て彼が担当しているのだろうか?
「そうですね......残存兵力はあまり芳しくないですが、長い目で見ればまだイケるかと」
「庭師の頭じゃなくて庭園を見てくれる?」
間違えた。つい目を惹く頭部だったもので、庭園よりもインパクトが強かった。
気を取り直して、王妃様の質問に答える。
「見事な設備ですね。このような技術改革を間近で見たのは初めてです」
「ガストみたいな言い回しをするのね。見た目は真逆なのに、流石は父娘だわ」
そんなつもりはなかったのだが、お父様の口真似が出てしまっていたようだ。無意識とは恐ろしい。
けれど、父に似ていると言われて悪い気はしない。
「そう言って頂けると恐縮です。父は私の最も尊敬する人ですので」
「ふふっ、ガストが聞いたら卒倒しそうな言葉ね」
王妃様がくすりと笑う。事情は分からないが、彼女はお父様の事をよく知っているようだ。
王国の華と名高い王妃と交流があるなんて、やはりお父様は素晴らしい人物だ。娘として鼻が高い。
ちょっとした優越感に浸っていると、急に王妃様が真剣な表情を作った。
「ミルス嬢、まずは改めて謝罪をさせて頂戴」
「えっ、 謝罪ですか...?」
「秋季パーティでの一件、本当にごめんなさいね。愚息に代わって謝罪させてもらうわ」
王妃様、そして御付きの護衛騎士と使用人が揃って頭を下げる。これには驚きを隠せない。王妃が一介の令嬢に頭を下げるなど、前代未聞の出来事である。
大広間でも謝罪は受けたが、あの場にはお父様も居たので形式上に則ったものだと、あくまで部外者の気分でいた。
しかし、これは私個人へ向けられた謝罪だ。
「あ、頭を上げて下さい」
「我々王家は今回の件で、マーガレット伯爵家並びに貴女個人へ賠償をする予定よ。貴女の望みを言って欲しいの」
どうやら王家の人間は思った以上に義理堅いようだ。それだけ王太子の起こした行動は大きいものなのだろう。
──参った。こんな時はどうすればいいのだろうか。
正直、私は全く気にしていない。
キース君の突飛な行動など、ナインスター君が起こした婚約破棄騒動に比べれば、オタマジャクシとヒキガエルほどの差がある。
むしろ秒で告白を断った事で、キース君に同情の目を向ける生徒達がいた程なのだ。それに加えて賠償など請求しては、完全にこちらが悪者ではないか。
しかし、何らかの要望を述べなければ、王妃様は納得しないだろう。
私は考える。どうにかこの状況を収められないかと考える。
沈黙の中、辺りに聞こえるのは庭師が水を撒く音だけだ。
やがて、彼が花の花粉で蒸せた頃、私は一つの結論を出した。
「王妃様。これを」
私は席を立って王妃様の隣に移動すると、白いドレスの胸元から一枚のハンカチを取り出す。
「これは...?」
王妃様が怪訝そうに首を傾げる。彼女に差し出したのは、カエルの刺繍が施されたハンカチだ。もちろん、ちゃんと洗濯済みである。
「それを差し上げます。大事に使いなさい」
「......??」
ロザンナ、そしてピアニャン。二人にも同じものを渡した記憶が蘇る。私は自分が信頼するに足ると思った人物にのみ、このハンカチを渡している。
そう──云わば友好の証なのだ。
「これで王家の罪は払拭されました」
「......よく分からないのだけども、これで許してくれるってことかしら?」
「はい、賠償など気にしなくとも良いのです。私は初めから何も気にしていませんので」
「......そう」
王妃様が渡されたハンカチを見つめる。国を代表する王妃なだけあり、その眼差
しは何かを見定めているようだ。
ハンカチの刺繍の柄はモウドクフキヤガエル。
先日、学園でリリィちゃんに遭った日に編んだものだ。この日の為に密かに忍ばせていた。弟子の彼女には相応しい種類のカエルだろう。
「......デュフ!謝罪をするつもりが、まさか逆に物を頂いてしまうなんてね。あははは!おっかしい!」
「お気に召しましたか?」
「ええ...ええ...!とっても気に入ったわ。ありがとうね、ミルス嬢」
王妃様が今日一番の笑顔を浮かべて言う。いつの間にか、御付きの護衛達も笑いを堪えている。
「礼には及びません。それよりも、そのハンカチで涙を拭きなさい」
「はい、拭きますっ」
目元にハンカチを当てて、王妃様が泣き笑いする。
何が面白いのかは分からないが、かくして、私の思惑は実を結んだようだ。
「はあ〜、最初はガストみたいに堅苦しい子なのかと思ったけど、こういうところはリベットにそっくりね。キースは惜しい子を逃したわ」
「私にはカエルの研究という使命がありますから。キース君と交尾をするわけにはいかないのです」
「あっはっはっは!」
お腹を抱えて笑う王妃様。御付きの使用人は顔を真っ赤にしているが、こちらも彼女達の胸の内は不明だ。
「ミルス嬢。言い忘れていたけど、今日のお召し物は素敵ね」
「ありがとうございます。本当ならばカエルの着ぐるみで参城したかったのですが、使用人に止められてしまいまして...」
最初は正装ということで初お披露目も兼ねて、先日学園の友人であるピアニャンから貰った、カエルの着ぐるみ一式で参城しようと思った。
しかし、侍女の皆から「それだけはやめてください」と強く言われたので断念したのだ。何故かお父様は乗り気な様子だったが。
「...もうこれ以上笑わせないで...っ...お腹が痛いわ...」
「年頃の娘とは難しいものですね」
「ええ...本当にねっ...!...デュフ!」
暫く笑い止まない王妃様と御付きの人たちを眺めながら、紅茶の甘くて濃厚な味わいを楽しむ私であった。
つづく




