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「ああ、こんなに笑ったのは久しぶりだ。キースから時々話は聞いていたが、お前の娘は本当に面白いな」
国王が目元を拭いながら言う。彼の隣では、王妃がまだ震える扇子で顔を隠したままだ。
──そんなに面白いことを言っただろうか?
ミルスは思う。甲冑で全身を覆っている騎士の顔は不明だが、大広間ではお父様以外の人間が笑っていた。王族は笑いのツボが浅いのかもしれない。
やがて、人一倍ツボに入っていた王妃が佇まいを取り戻すと、大げさに一つ咳払いをした。
「おっと、いかん。つい話が脱線してしまったな」
それを受けて、国王も本来の威厳を取り戻す。
「本日、そなた達を呼び立てたのは他でもない。愚息の一件の謝罪をさせてもらいたかったのだ。マーガレット伯爵並びに御息女ミルス嬢、本当に済まなかった」
国王をはじめとする、大広間の全員が頭を下げる。
非公式の場とはいえ、王族が揃って頭を下げるなど前代未聞の出来事だ。これには流石のガストとミルスも面を食らってしまう。
「頭をお上げ下さい。既に謝罪は王太子殿下本人の口から頂いておりますので必要ありません」
順々に頭を上げる姿を見て、ガストが胸を撫で下ろす。相手の出方次第では嫌味の一つや二つでも言ってやろうかと思っていたが、これほどの誠意を示されては、そんな気も失せてしまった。
「それよりも、婚約者候補であるラズベリー公爵家とパープル侯爵家は何と?」
「特に関与しないそうだ。学園での催しの一環として水に流すと...」
「そうでしたか。それならば小生としても安心です」
「ああ、今回ばかりは先方の裁量に救われたな」
国王が息を吐き、隣にいる息子を一瞥すると、直ぐに視線をミルスへと向けた。
「ミルス嬢、今回はうちの愚息が迷惑を掛けたね。留学を終えたばかりか、どうにも気が緩んでいたようだ。ただ、根は決して悪い子ではないんだ」
デュークが穏やかな顔で言う。騒ぎを引き起こした本人は居た堪れない心情をしているが、父親としては、十分に反省している息子に言及する事はなかった。
それは王妃も同様だった。
「もし、あなたさえ良ければ、今後もキースと仲良くしてあげて欲しいの」
国王夫妻から向けられる暖かい眼差し。人の親の気持ちはミルスにはまだ分からないが、二人とも息子を慮っている事は理解出来た。
そして、彼女は似たような心情も知っていた。
──仮に、私のカエル達が粗相を働いたとすれば、彼等と同じように庇っているだろう。きっと彼等にとって、キース君はカエルのような存在なのだ。
ミルスがそっと胸に手を当てると、精一杯の笑顔を浮かべる。
「勿論です。キース君は私の大切な友達ですから」
「...ありがとう」
穏やかな笑顔を浮かべる国王夫妻と涙ぐむキース。そして、ガストが後ろで鼻を高くする。
伯爵令嬢とは思えないほど、堂々としたミルスの振る舞いと寛容さに、周囲の人間は目を惹かれざるを得なかった。
「──ところで」
場が和んだところで国王が切り出す。彼の視線は勿論、ミルスへと向けられていた。
「ミルス嬢はマーガレット夫人に瓜二つだな」
「ええ、本当に可愛らしいわ。まるで小さなリベットね」
席を立ち上がり、ミルスの元へと近づく国王夫妻。顎に手を当てて、まじまじと観察する国王の姿は、近衛騎士から見ても珍しいものだった。
一方でミルスは、前にも似たような事を言われたな。と考えると同時に、博物館で珍しい展示品を見かけた人達のようだ。などと独特の感想を抱く。
「リベットにもこんな可愛らしい時期があったのよね。今じゃあんなに逞しくなってしまったけれども」
「お母様をご存知なのですか?」
「ええ、知っているわ。リベットとはビクトル学園での同期だもの」
「なんと...」
ミルスが驚く。ビクトル学園生であった事は学園長から聞いていたが、王妃殿下と同期だとは知らなかった。彼女が感慨深そうにしていることから見て、結構親しい間柄にあったのだろう。
人知れず、ミルスの中で母親の株が上がった。
「母が大変お世話になりました。 王国の華と呼ばれる王妃殿下と同じ学び舎に立てた事、本人もきっと光栄に存じている事と思います」
ミルスが綺麗なカーテシーを決めて言う。そこで堪えきれなかったのか、王妃が震える手を伸ばす。
「きゃー!この子ったらお上手ね!本当に可愛らしいわ〜!」
「うみゅっ!?」
ミルスの体が王妃によって抱き締められる。旧友そっくりな容姿もあるのだろうが、王家には女児がいない事から、彼女の母性が刺激された模様だ。
「さっきの毅然とした振る舞いもそうだが、実にしっかりした子だな。本当にお前の子なのか?」
「ミルスは間違いなく小生の子ですが? なんなら鑑定書をお持ちしましょうか?」
「冗談だ。そんなに目くじらを立てるな」
「聡いところなど小生にそっくりでしょう。最近では小生の言葉遣いも真似ているのですよ。本当に目に入れても痛くない愛娘です」
「分かった分かった。圧迫感が凄いから少し離れよ。そしてまた騎士が警戒しているぞ」
忙しない男性陣と、和気あいあいとする女性陣。ミルスは王妃が落ち着くまでの間、ひたすら抱き締められたままだった。
つづく




