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案の定、城の大広間は広かった。
大広間なのだから当然ではないか。と思うかも知れないが、間取りの規模が一般的な邸宅とは掛け離れている。
エントランス同様の金箔の天井画に、数々の調度品を設置して余りあるスペース。その広さを身近なもので例えるならば、学園のホールに匹敵するだろうか。
しかし、出色しているのは、それら絢爛な様子ではなく──。
「双方、よくぞ来てくれた。待っていたぞ」
大広間の中央、ロングテーブルの先から声が掛かる。
そこにいたのは、色とりどりの装飾が施された椅子に座る人物。ミルスはひと目見て、彼がそうなのだと理解した。
艷やかな金髪に若干伸びた顎髭には高貴さと威厳が表れているが、柔らかな温厚そうな表情が、不思議と対面する者を安心させる。
スコルピア王国第86代目国王、デューク・アシュフォード。スコルピア全土を支配する人物である。
「急に呼び立てて御免なさいね」
彼の隣には、妻であるイレーネの姿もある。
艶めく黒髪に整った外見は非常に美しく、社交界で見かけるどの淑女よりも際立っている。まるで浮世絵離れしたような風格は容姿端麗というよりも、仙姿玉質といった方が適切だろう。
大広間には、甲冑に身を固めた数名の近衛騎士の姿もあった。
銀色のプレートには細かな傷がいくつも刻まれており、彼等が歴戦の猛者である事を証明している。
しかし、そんな歴戦の彼等を持ってしても、より存在感を発揮しているのはデュークとイレーネだろう。
「ご無沙汰しております。国王陛下並びに王妃殿下」
ガストが右手を胸に当てて、軽く握った左手を腰の後ろに回して頭を下げる。
本来であれば、国王の前では一度跪いて、彼の許しを得て初めて発言可能となるのだが、公式の場ではないので省略されるようだ。
それを悟り、ミルスも父に倣って小さくカーテシーをする。特に咎められる事はなかった。
「久しぶりだな、ガスト。元気そうで安心したぞ」
「陛下も、ご壮健のようで何よりです」
ガストが軽く身を乗り出す。どうやら二人は面識があるらしい。
改めて、父の偉大さを痛感するミルスであったが、彼等の雰囲気は親しげとは言い難いものだった。
「我が邸に新書が届いた時は何事かと思いましたぞ。お陰様で愛娘と食べた、『秋の三色風味、栗と芋と茸の競争パスタ。~アボガドとトマトを添えて~』のおかわりをする気も失せてしまいました」
「栗と芋の......何だって?」
「秋の三色風味、栗と芋と茸の競争パスタ。~アボガドとトマトを添えて~です」
「随分と洒落たものを食べているんだな...それはそうと──騎士が警戒するから、殺気を少し抑えてくれ」
デュークが、剣の柄に手を伸ばす近衛騎士を手で制す。いかに面識がある間柄といえど、王を警護する歴戦の近衛騎士には、魔王の出す威圧感に反応せざるを得なかった。
「そうは申されましても、これが小生のデフォルトなのです。諦めて下さい」
「そんなデフォルトがあってたまるか。全く......娘の事となると、周りが見えなくなるのは変わらないな」
「褒め言葉として受け取っておきましょう」
口の減らない臣下を横目に、デュークが軽く溜息を吐く。
すると、そんな彼のすぐ隣に、いつの間にかミルスが近づいてきていた。
「ミルス...?」
彼女の視線は国王であるデュークではなく──。近衛騎士へ向けられていた。
「どうかしたのかい?」
「あ、いえ...部屋に入った時には微動だにしていなかったから、てっきり置物かと思ったのですが...ちゃんと生きた人間だったんですね」
ジッと甲冑姿の騎士達を見つめるミルス。
興味津々の純粋な眼差しには、歴戦の騎士達もたじろぐしかなかった。それを見たデュークが吹き出す。
「洗練された動きだろう?我が国の騎士は特別な訓練を受けているから、滅多な事でもない限りは微動だにしないのさ」
「そうなのですか?まるで夜行性のカエルのようですね」
「カエル......? はっはっは!カエルか!これはいい!確かに似ているかもしれないね」
ユニークな例えに、デュークの笑いもより深まる。
「......ちょっと、あなた。そんなに笑っては、騎士の方々に失礼で...デュフッ!」
咄嗟にイレーネが夫の手綱を握ろうとするが、彼女もまた、覆い隠した扇子の向こうで笑いを堪えきれなくなった。
つづく




