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魔王の威圧感にたじろぐ兵士を横目に、ミルスが父ガストに手を引かれて城内に入ると、そこには外観以上の景観が広がっていた。
白い内壁に金と青の鮮やかな色彩。金箔の天井には精巧なシャンデリアが飾られており、立ち並ぶ王室の肖像画や骨董品の数々が、相乗的に美しさを生み出している。まさに美的センスが炸裂した空間であった。
そのあまりの豪華絢爛な様に大広間と錯覚してしまうが、ここは玄関に過ぎない。
まだ戦争が行われていた頃、この城は軍事力と権威を示す城塞として機能していた。注意深く覗くと、随所に細かな名残りが残っている。
しかしながら、幾度と近代的な改装を経ることで、離れにある王宮と大差ない造りへと進化を果たしていた。
大理石の床に敷かれた赤い絨毯を見て、ミルスがぽつりと呟く。
「......王城とは凄い所なのですね、お父様」
まるで別次元の世界に迷い込んでしまったようだ。
これには流石のミルスも心を奪われる──...。
──ここでカエル達を解き放ったら、さながらカエルの楽園と化しそうだ。
......と思われたが、今日も彼女は平常運転である。
「...ふむ、以前に来た時よりも派手になってるな。相変わらず目に優しくない場所だ」
ガストが顔を顰める。圧巻の光景を前に感激するでも、興奮するでもなく。
マーガレット父娘が胸に抱いたのは風変わりな感想だった。何処までも常識を逸した父娘である。
そのまま彼等が派手な内装に目を配っていると、正面から複数の使用人を伴った金髪の青年が出迎える。
「やあ、マーガレット伯爵にミルス嬢。待っていたよ!」
キース王太子殿下である。
「スコルピア王国、次世代の太陽へご挨拶を申し上げます。この度はお招き頂き、誠に有難う御座います」
「はは、畏まるのはよしてくれ。今日はこちらが呼び出した非公式の場だからね」
キースが苦笑して言う。王城は貴族流儀を重視する最先端の場所であるが、生まれ育った生家という事もあり、今日の彼は白いシャツに黒いベストという比較的ラフな格好をしている。
その一方で、ガストとミルスは誠実な黒いスーツに清楚な白いドレスと、公の場に出ても恥じない装いをしていた。
早速、キースがミルスの服装に目をやる。
「ミルス嬢。この前の秋季パーティでの服装も可愛らしかったけど、そのドレスもよく似合っているね」
「寛容なお言葉、ありがとうございます。キース王太子殿下に賛辞を頂けるなど、光栄の至りにございます」
綺麗なカーテシーに洗練された受け答え。その姿は正しく純白清廉な淑女のものだった。
しかし、それを見たキースが苦笑いを浮かべる。
「...ミルス嬢。さっきも言ったように今日は非公式の場だ。出来れば、いつものように友人として接してはくれないだろうか?」
「え?」
縋るような瞳が向けられる。その訴えかける表情は切なさげで、母親譲りの端正な顔立ちが庇護欲を際立てている。確かに、今の彼は公の場とは異なる態度をしているようだ。
──まるで金色の大型犬だな。......さて、どうしたものか。
ミルスが横目で父を見る。彫りの深い顔は目元が覗えないが、徐ろに頷いたのが分かったので、彼女は王太子殿下に倣うことにした。
「ではお言葉に甘えて──...キース君、今日はお邪魔させてもらうぞ」
「ああ...!是非とも羽を伸ばしていってくれ」
満面の笑みを向けるキースと、微笑むミルス。実に絵になる二人組である。
一時は一悶着があったものの、今はお互いに気心の知れた友人関係に収まっている。それを傍にいるガストも感じ取っていた。
「キース王太子殿下。早速で恐縮なのですが、陛下の元へ案内して頂いても?」
ガストの言葉でキースが我に返る。
「ああ、そうだったね。私とした事がうっかりしていたようだ。父上と母上は大広間でお待ちだ。案内するから、二人共着いて来てくれ」
「宜しくお願い致します」
キースの後に続くマーガレット父娘。
──王太子自らが案内をするのか。
そう考えるガストだったが、これも彼なりに、先の一件での謝罪の意を込めた行動なのだろう。そう結論付けた。
キースの案内の元、豪華な廊下を歩いていく。すると、ガストが隣にいた筈の娘が、随分と後ろにいる事に気が付いた。
「どうしたのだ?ミルスよ」
「......パパ」
不思議そうに見つめる父の姿を見ながら、ミルスが静かに一言だけ告げる。
「歩きにくい」
「「......」」
ドレスの裾を摘みながらも、裾を踏みつけて歩くミルス。慣れない装いに悪戦苦闘している様子だ。
その縋るような庇護欲の唆る表情に、ガストとキースが同一の感想を胸に抱くと、徐ろに彼女と歩幅を合わせた。
つづく




