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自宅の庭園で咲き誇る大型の多年生草本。太い茎は力強く生い茂り、苞は筆先のように立派だ。この苞が外側に一枚ずつめくれていくと、やがては白い花が顔を出すのだが、その時が今から待ち遠しい。
私の名前はキューティス・バナナーナ。王都で果物菜園農業を営んでいるバナナーナ子爵家の長女だ。
バナナーナ家は加工販売業に心血を注いでおり、沢山の顧客達から支持を得ている。実際に我が家の製品はブランド化を果たしており、”バナナンバーナー”の果物といえば、大半の人はピンとくるだろう。
製造している果物は、比較的育てやすいイチゴやラズベリーなどのベリー類から、飼育が難しいとされる柿やライチなど様々だ。
これは余談だが、ブルーベリーは同じベリー類でも複数品種の植え付けが必要となり、土壌管理が難しいのでオススメはしない。
バナナンバーナー製の果物達は、子爵家の財力が成す広い敷地と優れた環境下で飼育されており、豊満な実りと甘美な味わいを与えてくれる。
私が特にオススメするのがバナナだ。
バナナは素晴らしい。優れた栄養バランスを誇り、一日一本食べるだけで体に様々な恩恵を与えてくれる。
整腸作用に免疫力の向上など健康に良いだけでなく、豊富に含まれるビタミンやミネラル成分が美容にも作用してくれるのだ。
その一方で飼育は神経を使うものだ。特にバナナは寒さに弱い果物なので、今時期の寒い季節には10℃以上の環境を維持するために、室内へ移しての飼育が求められる。植物は環境変化に敏感な生き物なので、僅かな機嫌を見極める事が重要となるのだ。我が子爵家の飼育員達も、日々果物達の育成に四苦八苦している。
しかし、長い苦労を経て飼育したバナナは格別だ。濃厚な甘みは癖がなく、水分が含まれた食感は弾力を残しつつも柔らかくて食べやすい。
云わば古代から伝わる果物の叡智。種無しの変異種が主流となった今でも、バナナの歴史は留まるところを知らないのだ。
ここでまた余談だが、一見するとバナナの木は巨大に見えるが、実は多年生草本なので、高さが2メートルから10メートルほどしかないのだ。寒い時期に苗を室内に移せる秘密はこれにある。
──と、自己紹介が長引いてしまったが、今日話したい事は別にある。
現在、私は王都で有名なビクトル学園に通っているのだが、同じクラスに中々に個性的な学友がいるのだ。
彼女の名前はミルス・マーガレット伯爵令嬢。
人形のように端正な顔立ちと美しいプラチナブロンドの御髪。小柄な体格は慎ましくも女性らしい肉付きをしており、その容貌は学園内でも1、2を争うほど美しい。私の憧れであるロザンナ・マベルス公爵令嬢と肩を並べるほどである。
だが実際は、美しい見た目とは真逆の個性的な性格をしており、ついたあだ名はカエル令嬢──。
その名の通り、彼女はカエルをこよなく愛しており、入学初日にはカエルの哲学を交えた個性的な自己紹介に加えて、持参したカエルを行軍させたという伝説を持っている。入学早々と私の心に強烈なインパクトを与えた令嬢だ。
そんな話題性に尽きない彼女だが、優しくて思いやりのある性格をしており、接していて楽しい令嬢である。
これはつい最近、私が学園の昼休みに自家製のバナナをクラスメイトにお裾分けした時の話なのだが。
カゴに入れた大量のバナナをミルス様の元に持っていき、「お好きなものを一つどうぞ」と言ったところ、彼女は連日の補習明けで寝ぼけていたのか、私の髪の毛を引っ張ってきたのだ。
直ぐに痛みを訴えたところ、彼女は「済まない。一番美味しそうなバナナだったからつい...」と言って謝罪してくれた。
時々、彼女の奇っ怪な行動の数々はワザとやっているのでは? と思うことがあるが、あれは無自覚でやっているのだろう。何せ表情と態度に裏表がない。俗に言う天然というやつだ。本当にお茶目で可愛らしい方だと思う。
とはいえ、たまに授業中に後ろの席でカエルの実物を鑑賞するのは止めてほしいと思う。万が一、私に向かって跳んできたら大変だ。けれど、私もバナナを我が子のように思っているので彼女の気持ちは理解出来るし、これを期にもっと彼女と仲良くなれるのではないか、と密かに期待している自分がいるのもまた事実。
というのも、彼女はあまりに希有な存在故に、接するのにしても周りの視線が気になってしまうのだ。
ただでさえ最近は、”秋季パーティで王太子殿下の告白を秒で断った”という伝説を作ったばかりなのに、子爵家の私では彼女と同じ脚光を浴びるのは敷居が高すぎる。やはり彼女と対等に接する事が出来るのは、ロザンナ様や他の公爵家の方々くらいだろう。
マーガレット伯爵家といえば、王国最強と言われている”魔王伯爵”が当主を務めている家系で、社交界でも極めて有名な存在だ。その知名度の高さもさることながら、彼は領地経営の傍ら、己の腕っぷし一つで幾つもの犯罪組織を壊滅させた実績を持つ。
その家名はロザンナ様のマベルス公爵家をはじめとする、三大貴族の方々と肩を並べても遜色ないレベル。同じ伯爵家の中でも頭が一つ以上抜きん出た存在なのだ。この事をミルス様本人が自覚しているかは不明だが、とにかく方々に甚大な影響力を持った家柄である事は間違いない。
それでも、彼女は私とも対等に接してくれる。いや、私だけに限らず平民の方々とも分け隔てることなく接するのがミルス様だ。
貴族は平民に対して差別意識を持っている人が少なくない。その為、ミルス様やロザンナ様のように、平民に偏見を持たない貴族は希有な存在なのだ。
秋季パーティで行われた婚約破棄騒動。あの時、私は憧れのロザンナ様を助ける事が出来なかった。ロザンナ様の元婚約者であるバージニア家の家格が私よりも上であったという理由もあるが、沢山の人前で発言をするという度胸が私には持てなかったのだ。
そんな中、颯爽と騒ぎを静めたのがミルス様だった。
彼女は衆人環視の中でも全く物怖じせず、証言と証人をしたて上げてロザンナ様を救った。相変わらず服装は個性的な装いをしていたが、あの時の彼女の志の高さは忘れもしない。今や、ミルス様は私の二人目の憧れの存在である。
いつか、彼女と気安く接する仲になれたら...。
そんな事を夢に見ながら、今日も私は彼女の前の席で授業を受けている。
──腸チフスと角膜ヘルペスが発症...!?
これは大変!直ぐにロザンナ様にお伝えしなくては...!
本当に私の学園生活は退屈する事がない。
つづく




