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〜お茶会〜。それは貴族令嬢にとって、欠かせない行事の一つである。参加者は一期一会の出会いを楽しんでは交流を深める。いわば文化の空間と言える。
お茶会では身分や社会的地位が重視され、格式が尊重される場である。従って、身分の低い者が高い者からの誘いを受ける事は名誉といえる。
それは伯爵令嬢であるミルスにとっても例外ではない。
彼女の家柄は五等爵の第三位にあたる伯爵家だが、平等を謳うビクトル学園内では一学生の身分に過ぎない。そんな彼女が学園を統括する責任者からお茶の誘いを受けるなど、願ってもないことである。
しかし、あくまでもミルスの頭の中は冷静だった。
──これは新手の罠か?
曲がりなりにも貴族社会に生きる身として、それが嗜みの一つである事は熟知している。学園長からお茶会の打診を受けるなど、今後の学園生活や内申にも大きな影響をもたらすだろう。でも普通、このタイミングでお茶に誘うものだろうか?
私は彼女──リリィちゃんとキース君が逢瀬をしているところを、突然のダイナミック入室で妨害した。いわば二人の恋路を邪魔した者だ。そんな相手へ好意的な感情を抱くだろうか?
答えは否だ。
恐らく、これは彼女からの挑戦状。気を許していると見せかけて、私の態度が学園に相応しいか見定める気なのだろう。となれば、私がここで取るべき行動は慎ましくお断りを入れることだ。
甘い。甘いぞ!リリィちゃん!
いくら貴女が最強のモウドクフキヤガエルだとしても、私とて変態を遂げたアマガエルなのだ。咄嗟の機転も利かせられぬほど青くはない!
「大変有り難いお誘いですが、もっぱら私は真水しか飲まない人間でして...」
「あらそうなの?残念だわ。せっかく王都で買ってきたシュークリームがあったのに...」
「ぜひ頂きます」
気が付いたら即答していた。その変り身の早さは、ある意味で機転が利いているとも取れる。
──お父様ほどではないが、私は甘い食べ物が好物なのだ。万人へ幸福を届ける幸せの象徴──それが甘い食べ物だ。
しかも王都のシュークリームといえば、早朝から並ばないと買えないほど人気の高い代物。昔に一度だけお父様が早馬で買ってきた事があったが、あれは本当に絶品だった。あの味わいをもう一度体験出来るのならば、ここは流れに身を任せるのも一興というもの。
リリィちゃんが綺麗に整頓された机の上、書類の横にある呼び鈴を鳴らす。数秒もしないうちに学園長室の扉が開いた。
「お呼びでしょうか?」
現れたのはメガネを掛けた若い女性だった。服装は落ち着いた色合いのスーツを着こなしているが、学園の教員としては見覚えのない人である。
大方、学園長の秘書か何かだろう。流石は王国随一の名門学園。秘書までいるとは驚きだ。
「彼女達にお茶の用意をお願い。あと今朝買ってきた洋菓子も頼むわね」
「畏まりました」
短いやり取りを経て、秘書の女性が退室する。
お父様の仕事を補佐するロブさんもそうだが、こういう人達を見ていると、私もいつか専属の侍女が欲しいと思ってしまう。我が家の使用人は殆どが年配という事もあり、私にはまだ決まった侍女が付いていないのだ。
皆が私の事を可愛がってくれるし、現状で何も不便は感じていないが、カエルパークを築いた暁には右腕が必要になってくる筈だ。施設の運営等がグッとやりやすくなるだろう。
今度時間がある時にでも、お父様にお願いしてみようかな?
プカプカと膨らむ喉袋を見ながら、まだ見ぬ未来の事に思いを馳せる。正面から興味をそそられた声が上がった。
「へえ。もっと活発なのかと思ってたけれど、案外カエルって大人しいのね」
「そんな事はありませんよ。さっきまでこの子は脱走劇を繰り広げていましたから」
「ダイナミック入室、だったかしら?面白い表現よね」
リリィちゃんがクスクスと笑う。何が面白いのか分からないし、ジャックが大人しいのは貴女がモウドクヤドクガエルだからなのだが、間違えても口には出来ない。表面上は笑ってはいるが、学園長の立場からすると粗相は見過ごせない筈だ。ここはボロを出さずに取り留めのない会話で応戦しよう。
「リリィちゃんはカエルが好きなんですか?」
「うーん、好きでも嫌いでもないわ。でもそうねぇ...ミルスちゃんが好きなら、私もほんの少し興味が湧いたかも知れないわね?」
「ほう...」
お茶目なウィンクが向けられる。実に当たり障りのない回答。まるで本心が読み取れない。やはりそう簡単にボロは出さないか。
しかし彼女の会話術は大したものだ。いつの間にかこちらを「ちゃん」付けで呼んでいるし、趣味にスッと入り込んできた。距離感の詰め方が絶妙だ。人の懐に入り込むのが上手いのだろう。現王妃の教育係を務めていただけある。その洗練された立ち振る舞いには嫉妬心すら覚えてしまう。
私も彼女のような技術を持っていれば、入学当初の失態やお父様とのスレ違いも無かったかもしれないのに──。
などと考えたところで、過去は変えられない...か。
私は今を生きるしかないのだ。
「ふふ、コロコロ表情が変わって面白い子ね」
言われてハッとする。いつの間にか思想に耽り、私の方がボロを出しかけていたようだ。
──リリィちゃん、なんて恐ろしい子だ。圧倒的な経験値の差を見せつけては、その上で自らは手を下さず相手の自爆を誘うか。あまりにも自然な搦め手だったため、危うく彼女のペースに持っていかれるところだった。
今一度気を引き締め直さなくては。イメージはお父様のように逞しく。
「あらら、急に怖い顔になっちゃったわ。せっかく可愛らしかったのに」
「私にお世辞は通用しませんよ。カエルは野生の感で嘘が見抜けるのです」
「嘘ではないわよ?本当に可愛らしいと思うわ。その大きな碧色の瞳なんて、あの子にそっくりだもの」
「何を言われようとも、私の心の灯火は──って、あの子?」
「ええ、そうよ」
リリィちゃんが目を細める。一瞬鋭い眼光を魅せてきたのかと思いきや、それは何かを懐かしんでいるような表情だ。
はて、この学園に私に似ている人物など居ただろうか?
首を傾げて記憶を遡るも、思い当たる節がまるでない。
他人の空似では? と、声を唸らせていると、彼女が静かに告げる。
「リベット・トレイター子爵令嬢」
「えっ...」
その名前に、思わずソファーから腰が浮いてしまう。
最も身近にありながら、今は疎遠となってしまっている人物──私のお母様の名前だ。
「母をご存知なのですか?」
「勿論よ。だってリベットちゃんは、私が教鞭を執っていた頃に指導した子の一人だもの」
「なんと...」
驚愕、とまではいかないが、驚いてしまう。まさかお母様がビクトル学園の、しかも第五代学長の教え子だったとは...。
何気ないつもりだったが、知らぬ内にお母様と同じ進学先を選んでいたのか。血は争えない、とはこういう事を指すのだろう。
──しかし、お母様の学生時代の話。娘としては気になる。
「お母様はどんな生徒だったんですか?」
「そうね、その話はお茶でも飲みながらしましょうか」
リリィちゃんがそう言ったタイミングで、秘書の女性がトレイに入ったお茶とシュークリームを持ってきた。
静かに机上へ置かれたお茶には湯気が立ち上っている。ほうじ茶だろうか、焙煎で生まれたような香ばしくも甘い香りが鼻を劈く。冬が間近に差し掛かった身体には有り難い一品だ。
そしてその隣にどんと陣を構えるのは、王都が誇る人気のシュークリーム。拳大以上の大きさに、ふっくらとした丸みのある被写体。その姿は昔見たままだ。
一体、この丸の中にどれだけのクリームが詰まっているのだろうか? それは食べてみてのお楽しみだ。極上の甘さはお茶の苦みとさぞ合うことだろう。
お父様の事を考えると、ここでシュークリームを持ち帰ると喜ばれるのかも知れないが、お茶会でそのような行動は適さない。ここは私がお父様の分までありがたく頂こう。
しかしここで疑問が発生した。
机上に運ばれてきたお茶は三つ。シュークリームの数も三つ。一人分多くないだろうか?
「リリィちゃん、お茶とシュークリームが一人分多くないですか?」
「別に多くないわよ?」
「え?だってこの場には...」
そこまで言いかけて、ようやく私はこちらを悲しそうな目で見ている青年の姿に気が付いた。
「あっ...キース君...」
「......やあ、ミルス嬢。やっと私に気が付いてくれたね」
すっかり忘れてた。
つづく




