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秋季パーティの翌日。私はいつものように学園の席に着いていた。
行事明けということもあり、本来ならば今日の学園は振替で休みの日である。他の生徒達は今頃、自分達の休日を有意義に過ごしている事だろう。
だが私には登校する使命があった。理由は私の机の上に積まれた答案用紙の山にある。答案用紙に書かれている内容は全て、上半期の授業内容をまとめたものだ。
休日に勉学に勤しむなど、本業を弁えている立派な学園生の証。私のように優秀な生徒が在籍しているなど、由緒正しい学園側としても鼻が高いだろう。
──と、見栄を張って言いたいところだが、ちっとも誇れる事ではない。私が今やっているのは、不足した単位を補う為の特別授業。いわゆる補習というやつだ。
まさかこんな形で、約半年間に及ぶ欠席のツケが回ってくるとは思いもしなかった。
本当ならば、今日はペットのマロンちゃんを始めとした、カエル達のお世話をする予定だった。カエルは季節の変り目にはデリケートになる為、より一層の気を配らなくてはならないのだ。
これを今まで使用人に任せたことはなく、私は細心の注意を払って自分の手でお世話してきた。今頃、家では愛する我が子達が私の帰りを待っていることだろう。
こんな事になるのなら、授業を欠席するべきではなかった......。とは思わない。
何故ならば、あの頃の私はあれが最良の選択だと信じていたし、欠席するにしてもちゃんとした理由があったのだ。
それに、欠席したお陰で良い事もあった。それはロザンナと出会えた事だ。
こんな事を言っては彼女を理由にしているようで申し訳ないが、最初から学園に馴染めていたならば、私はあのテラスに行く事もなかっただろう。
授業をサボり、学園のテラスでカエルの思想に没頭する。きっとあの日々は私にとっては必要な礎だったのだ。
「何さっきから一人で頷いているんですかぁ?」
染み染みと、半年間に渡る過去を振り返っていると、隣の席の女生徒が声を掛けてきた。
彼女は、二つに結った桃色の髪と可愛らしい大きな瞳をしており、動物に例えるならば子豚のような外見をしている。
「何でもないよピアニャン。少し感慨に耽ってしまっていただけさ」
「補習で感慨に耽るって、どういうシチュエーションですか」
「君には分からないかも知れないが、私もオタマジャクシから変態する過程で色々とあったんだよ」
「ミルス様の言っていることはいつも意味不明ですよぉ...」
ピアニャンが呆れたように溜息を吐く。親友のロザンナも度々同じような反応をすることがあるが、私の発言はそんなにも可怪しいだろうか?
確かにカエル好きという令嬢の中では変わった趣味を持っているが、家の使用人達は私の事を変な目で見てきた事はない。
お父様とは誤解から一時期すれ違っていたが、それも今となっては和解をしているし、彼も私の趣味に関心を示している。
そうなるとやはり、私が変わっているのではなくて、彼女達が年頃の娘だから気難しいだけなのかも知れない。
「ピアニャン、焦る事はない。いつか君にも分かる日が来るさ」
「な、なんですかその達観した顔。ムカつくんですけどぉ」
私へ薄目が向けられる。しかしながら、彼女の物腰は柔らかく、本当に怒っている様子には見えない。一日で随分と丸くなったものだ。
昨夜の秋季パーティでの婚約破棄騒動。誰が言ったか、通称「星屑パーリィナイト」は、今朝の新聞の一面にも載るほど大きな事件となった。教室に来るまでも、数十名の記者が学園長室の前で人混みを作っているのを見かけたが、昨夜の一件は国内のみに留まらず、海外にまで知れ渡っているようだ。
最初はビクトル学園の知名度の高さに驚いたものだが、理由はそれだけではない。
一つはこの件にキース王太子殿下が関わったこと。
彼は時期君主として名高く、留学元を始めとする諸国で多大な支持を得ている。そんな彼が帰国して早々と、母国で通う学園での事件を解決へと導いた。
これには元々彼を支持していた人々は勿論のこと、時期君主が頼もしく成長して帰ってきたと、庶民の間でも高く評判になっている。
もう一つは、婚約破棄をされたのがロザンナだったこと。
彼女は王国三大貴族の一角、マベルス公爵家の息女だ。マベルス公爵家は幅広い事業を展開しており、その規模は海外にも強い影響を与えている。
そんな家柄の令嬢が婚約破棄をされたとなれば、一大スクープとして世界に広まっても不思議ではない。もっとも、今回の件で彼女自身に否はないため、マベルス公爵家の名誉に傷がつく心配はないだろう。
そして最後にもう一つ。これは私自身もかなり驚いたが、婚約破棄をしたナインスター君の生家、バージニア家が犯罪に手を染めていたということ。
バージニア家は、過去にした事業の失敗から多額の負債を抱えており、返済の目処を付けるために日頃から犯罪組織と関わっていたそうだ。
度重なる不当な重税や人身売買。領地を剥奪されてからも、窃盗や脅迫、裏組織との共犯にも関わっていたらしい。
私は先に帰ったので現場には居合わせなかったが、この件は秋季パーティが終わる直後に駆けつけたマベルス夫妻が調査した事で判明した。まだ余罪が出てくる可能性はあるが、昨日の今日で凄まじい手際の良さだと、お父様が関心していたのが印象深い。
すぐにバージニア家は取り潰しとなり、当主のラッキーストラトス伯爵は強制労働施設での従事が下された。息子のナインスター君も学園を退学処分となり、今朝方、遠方にある更生施設へと移送されていった。
彼等の借金は相当な額にまで及んでいたらしく、屋敷が軽く数軒は建てられる程だとか。一時的に国が負担する事となったが、バージニア親子は残りの人生を返済の為に生きなければならないだろう。
更に驚くべきことに、ナインスター君が身に付けていた胸元の星飾りは、私の実家が提携している事業で作られた装飾品だったらしい。そして彼はそれを作るために、不当に着服したお金を使っていた事も発覚したのだ。
借金云々での犯行は認められないが理解は出来る。だが、彼はそうまでして宝石が欲しかったのだろうか?
振り返ると、最後に見た彼の星の数は7つになっていた。名前を間違えた時もやけにムキになっていたし、あれは彼の心のサインだったのではないだろうか?
「もしかすると彼はナインではなく、セブンに憧れていたのかもしれないな...」
もっと早くに気がついてやれていれば、何か出来た事があったかも知れない。それこそ、ロザンナ繋がりでカエル界隈の仲間に入る可能性だって考えられた。
後悔先に立たずとはこの事だ。お父様がキース君に言っていたが、私ももっと視野を広く持つべきなのかもしれない。
「さっきから何を思い詰めた顔をしているんですかぁ?」
未熟な己を悔やんでいると、またしてもピアニャンが声を掛けてきた。
「いやなんでもないよ。人生の難しさを実感していただけさ」
「また意味不明なこと言っちゃって...。あ、ひょっとしてさっきの小テストの点数が悪かったんですかぁ?」
彼女が意地が悪そうに笑みを浮かべる。何だか面白いものを見つけた子供のようだ。
「分からないところがあるなら、特別に教えてあげてもいいですよ。私、こうみえても成績は良い方ですからね!」
「そうなのか?補習を受けているのだから、てっきりアホの子なのかと」
「これは昨日の騒動の罰として補習を受けているだけですぅ!私は暇な時はナインスター様に勉強を教えたりしてたんですからね!」
声を大にして言うピアニャン。彼女に教鞭をとる才能があったとは驚きだ。只の愛らしい小動物系女子かと思っていたが、人は見かけによらないとはこの事だろう。
「大体、人のこと言えないでしょう。ミルス様だって補習を受けているではありませんかぁ!」
「ああ、私は過去の過ちを精算すべくこの場にいる」
「またわけわかんないこと言っちゃって。格好付けたって成績は伸びませんよぉ?」
「別に成績を伸ばしたいとは思っていないのだが...」
「強がっちゃって。まさか答案用紙にカエルでも書いてるんですかぁ?」
「いや、流石にそこまではしないよ。授業でカエルに見立てるのは音楽の音符くらいさ」
一時期は音符がオタマジャクシにしか見えなくなるほど葛藤したものだが、それも今となっては良い思い出の一つだ。
そうして再び感慨に耽っていると、どういうわけか、ピアニャンが痺れを切らしたように席を立った。
「いいから私に答案用紙を見せて見なさいよっ!」
彼女が私の机に置いてある採点済みの答案用紙を奪い取る。妙にご機嫌な様子だ。そんなに他人の点数に興味があるのだろうか?年頃の娘とはよく分からない。
「さてさて、ミルス様の点数は~と......て──ええ!?何で満点なんですかぁ!?」
「こう見えて一通りの授業内容は網羅しているからね。補習を受けているのも、不足した単位を補う為に過ぎないよ」
「...せっかく勉強なら勝てると思ったのに。本当に何なのよぉ...」
指を噛んで私の答案用紙を見つめるピアニャン。心做しか、口調も昨日のものに戻っている。
──何か気に触る事を言ってしまっただろうか?彼女とは友人となったばかりだから、関係が悪化するような事態は避けたいのだが。
心配になって、徐ろに彼女に声を掛ける。
「ピアニャン、どうかしたのか?具合が悪いなら医務室まで付き添うが」
「うっさいわね!せっかくマウント取ろうと思ったのに、これじゃあ台無しじゃないのよ!」
「マウントなんて取ったところで、何にもならないと思うが」
「なんですって!?」
その一言が更に気に触れてしまったのか、彼女が私へ指を突きつける。
「おかしいわよ!何で行動の全てがアホのくせに成績良いのよ!」
「そんな事を言われても、生まれてこの方、勉強で悩んだ事はないんだ。あと人に指を指すのは駄目だぞ」
「はぁ~居るのよねぇ、稀にあんたみたいなタイプの人間って。しかも容姿まで完璧なんて嫌になっちゃうわ」
「私は完璧とは程遠いぞ。変態を遂げたばかりのカエルは危機察知能力に乏しいんだ」
「そういうところが嫌味ったらしいのよ!」
「それは...済まない?」
理不尽な叱咤にただ首を傾げる。すると、ピアニャンの怒りが更にヒートアップした。
「大体ね、そういう無自覚なところが鼻につくのよ!」
「そうは言われても...私には君が何で怒っているのか分からないんだ。そうだ、君は人に物を教えるのが上手なようだから、私が怒られている理由を教えてはくれないか?」
「むきぃぃぃ!やっぱりあんたなんて嫌いよ!」
「そんな悲しいことを言わないでくれ!私はピアニャンの事が好きだぞ!」
「う、うっさい!きゅ...急に恥ずかしいこと言うなぁ!」
担当の先生が見回りに来るまでの間、私は怒るピアニャンをそっと宥めて続けていた。
つづく




