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その娘、カエル令嬢につき  作者: フルーツミックスMK2


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 求愛。それは異性に対して愛情を求める行為を指す。

 自然界に生きる動物において、求愛行動は交尾に導くための一連の行動に過ぎず、半ば儀式化された誇示行動である。

 それに対し、人間の場合は少し異なる。

 人は意中の相手に会話によるコミュニケーションや外見的なアピールなどを通じて相手の関心を惹きつけると、段階的なプロセスを辿って肉体的なスキンシップやその先へと辿り着く。それは人間特有の社会的な観点や、文化的な側面が影響している為である。


 そして、結婚とは愛が成就した末の結末である。愛する異性と家族となれる喜びは、当人達でしか分かち合えないものとなる。だが、貴族社会ではその理念も目的も異なってくる。


 貴族にとって結婚とは重大な役割の一つだ。未婚の令嬢は社交界で家格の維持に務めると同時に、家柄に相応しい相手を見つけては、将来的に婚姻を結びつける。これは家門の存続と繁栄の為である。貴族令嬢が社会で生きる上で、この例に漏れる事はない。


「ミルス・マーガレット嬢。どうか私と結婚して下さい」

 床に膝を着き、恍惚とした表情で手を伸ばすキース。彼は王族の血筋を受け継いでおり、家門という枠組みの頂点に位置する人物。正しく正真正銘の王子様である。

 年頃の令嬢なら誰もが隣に立ちたいと願い、求婚されたとあらば真っ先に喜びを口にする事だろう。


 しかし、彼に愛を囁かれた令嬢は、そのどちらにも当てはまらなかった。


「結婚?」

 ミルスが怪訝そうな顔で首を傾げる。彼女の表情や態度からは求婚を受けた喜びも、彼に対する憧れも感じられない。甚だ疑問といった様子だ。生まれてこの方、カエルにしか興味を持たなかった彼女にとって、彼の発言は理解し難いものだった。

 ミルスの背後から素っ頓狂な声が上がる。

「ちょ、ちょっとキース!突然何を仰っていますの!?」

 幼馴染の唐突な求婚に驚きを禁じ得ないロザンナ。手に持つ皿からはパスタが床に零れ落ちており、それを必死に止めるピアニシモスの姿にも気が付いていない様子である。


 実際に彼女だけでなく、キースの行動は多くの人の目に止まり、ようやくと捌けた人々も驚いた表情を浮かべている。


 そんな会場の雰囲気を物ともせず、彼が平然とした口調で告げる。

「何って...求婚だよ」

「そんな事は見れば分かりますわ!私が言いたいのは、何故急にミルスに求婚を迫っているのかって事ですわ!」

「理由なら先ほども述べたように、彼女に一目惚れをしてしまったからさ。社交界にカエルという浮世離れな格好をしておきながら、ミルス嬢は楚々とした美しさを持っている。そんな彼女に私は心を射抜かれてしまった」

 まるで心酔したように目を細めるキース。端正な顔が熱を帯びる様は、周りの令嬢を魅了する力を持っていたが、幼馴染であるロザンナはブレなかった。


「貴方は王太子ですのよ?そんな私的な理由で妃を選べるはずがないでしょうに」

 ロザンナが彼を嗜める。親友の容姿が美しい事に関しては認めるし異論もないが、求婚を申し込むとなれば話は変わってくる。


 キースはこの国の次期君主である。当然、彼に選ばれた妃は王太子妃となる。王太子妃は王太子の配偶者として、公務を支えながら、王室の品格を保っていかなくてはならない。公的な場での立ち振る舞いや社会的な貢献活動は勿論、他国との政治的な交流も必要とされる。

 そのような重大な役目の数々を、自由奔放な親友が担えるとはロザンナには到底思えなかった。そして、そんな極当たり前の事を、王太子である彼が理解していない筈がない。


 ──さっきは随分と逞しく成長して帰ってきたと関心したけれども、そんな気持ちも何処かへ吹き飛んでしまったわ。恋は人を盲目にすると言うけれども、こんなに短時間で変えてしまうものなの?


 幼馴染の変貌ぶりに二重の意味で頭を抱えるロザンナ。先ほど、愚かにも退場していった元婚約者の姿が頭を過るようだ。


 そんな彼女の隣で、求婚を申し込まれたミルスが一人、思考に耽る。


 ──カエルは春から夏にかけての繁殖期になると、オスの個体が鳴き声でメスを呼び寄せて求愛行動を行う。

 性別の見分け方は、喉で膨らむ鳴嚢(めいのう)の有無。繁殖期になると、親指の付け根に表れる婚姻瘤(こんいんりゅう)と呼ばれる黒くざらついたコブ。その影響で大きくなる前足の太さ。

 これらの特徴は、いずれもオスの個体にしか表れず、該当する子は全てオスだと見分ける事が可能だ。


 そして交尾のやり方だが、一般的にオスがメスの背後からしがみつく抱接(ほうせつ)と呼ばれる方法が取られる。

 ここで面白いのは、繁殖期には沢山のオスの個体が集まる為、間違えてオスがオスの個体に求愛を行ってしまう事故もあること。その場合はオスの個体が求愛音とは異なる鳴き声を上げて「自分は男だ!」と知らせる。これは解除音と呼ばれるものだが、短い間隔で「グワッ!」と鳴くので中々にリアリティーが深い。

 あと、中には誤って魚に抱接を仕掛ける個体もおり、魚は鳴くことがないので、しばらく抱き枕にされてしまう...なんて事もあるのだ。自然の営みとは奥が深いものだ。


 今の私は一人の立派なカエルのメスだ。会場の誰もが私をカエルと認識している事から見て、それは間違いない。そして私の目の前で膝を着く青年──キース王太子殿下は、私と結婚をして欲しいと言ってきた。


 ──それはつまり...そういう事なのだろうか?


「キース王太子殿下。一つ聞いてもいいだろうか...いえ、いいでしょうか?」

「砕けた口調で構わないよ。何かな?ミルス嬢」

 優しく微笑むキースを見て、ミルスが小さく頷く。

「では遠慮なく...。キース君、君は私と交尾がしたいのか?」

「こうッ!?」

 思わず蒸せるキースと、遠くで飲み物を吹き出す来賓達。中には白目を剥いて卒倒してしまっている者もいる。彼等が発言の、どの部分によってそうなったのかは本人達にしか分からない。


「こ...交尾だなんて...。私は何もそんな事は...」

「違うのか?」

「あ、いや...違わないことはないけれども、あくまでそれは最終的な段階に踏んでからで、私はまだそんな事は...」

 震える声で言うキース。彼の顔は耳まで真っ赤に染まっており、この肌寒い季節の外であれば、湯気が出ていた事だろう。彼も大胆な行動を取ったものだが、意中の相手から返ってきた発言はそれを遥かに超えるものだった。

 だが、恥じらう彼とは対照的に、ミルスが平然としたままだ。


「しかし君は私に結婚を申し込んだ。それはつまり、私との間に子孫を残したいからであって、言わば繁殖を目的として──」

「ストーップ!そこまでですわ!ミルス!」

 ミルスが淡々と話を続けていると、我慢できないといった様子で、ロザンナが間に割り込んだ。


「どうしたんだ?ロザンナ」

「どうしたじゃありませんわ!私、自分の耳を疑いましてよ」

 ロザンナが扇子で顔を仰ぎながら告げる。彼女の顔もまた、キース同様に紅く染まっていた。

 それを見て、ミルスがまたしても首を傾げる。


「キース君といいロザンナといい顔が紅いが、どうかしたのか?」

「貴女のせいでしてよ!なんて過激な発言をなさっているの!」

「過激...?私はただ、カエルの法則に則って見解を述べただけなのだが...」

「だから何でもカエルに例えるのはお止めなさいまし!」

「む、それは出来ない。カエルは私のアイデンティティーだ。カエルなくして私は存在し得ない」

「そんな訳ないでしょう!一旦これでも食べて落ち着きなさいませ」

「んむっ」

 親友の無自覚な暴走をパスタで食い止めると、少しだけ熱が引いた顔でロザンナがキースの方を向く。


「とにかくキース。ミルスに求婚するにしても、一度王家に話を持ち帰ってからにしなさいませ。この場での即決は王家の意向に反しましてよ。それに、貴方には王太子妃候補がいらっしゃるではありませんの。彼女達には何と説明するつもりですの」

「それはそうだが...。しかし、私はもう彼女しか考えられない...」


 ──やはり恋とは恐ろしいものだ。目の前で恋煩いをする少年の姿を見て、ロザンナが沁み沁み思った。

 自分より2つ年上とはいえ、彼もまだ18歳。一時の恋心に感情を左右されてしまうのも致し方がない事だ。しかし、彼はその辺の貴族とは立場も身分も違う。一つの選択が国の未来に関わってくるのだ。

 どうにかして彼の目を覚まさせる事は出来ないのだろうか。数秒考えた後、静かにロザンナは自らの額に扇子を当てた。


 そんな時だった。彼女達の背後から、よく通る低い声が届く。


「──マベルス公爵令嬢の仰る通りですぞ...。キース王太子殿下」

 再び会場内がざわつく。しかし、それは決して甘い空気によるものではなく、畏怖を含んだ嘆きによるものだった。


 重みのある足音。威厳のある存在感。場の空気を一変させる威圧感。それは老若男女問わず、この国に生きる生物が本能で感じ取ってしまうものであった。

 彼の姿に気が付いたミルスが笑顔を浮かべる。

「あっ、お父様!」

 彼女達の背後にいたのは、両腕に大量の豆製品を抱えたガストの姿だった。


 つづく

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