イキリテラシー
「じゃあ、久々の再会にかんぱーい!」
「かんぱーい!」
「おおー!」
とある夜、高校時代の友人三人が、賑やかな居酒屋のテーブルを囲んでいた。
久々の顔合わせということもあり、酒より会話のほうが進む。近況報告から始まり、仕事の愚痴やおすすめの飯屋の話を経て、会話は自然と最近の出来事へと移っていった。
「いやー、でも怖いよなあ、AEDって。おれの目の前で倒れたのがたまたま男だったからよかったけど、もし女だったら面倒なことになってたかもしれないなあ」
「面倒なこと? なんで?」
「いや、助けたあとにセクハラで訴えられるとか聞くじゃん? 困るよな。まあ、もちろん命がかかってる場面ならやるけど、いざとなると躊躇しちゃいそうだよな」
「それ、デマだから真に受けないほうがいいよ。AEDが必要な状況なら迷わず使うべきだって」
「まあ、そうだよな。ははは!」
「いや!」
突然、一人が声を張り上げた。二人は目を丸くし、そちらを見た。
「え?」
「どうしたの?」
「俺、訴えられたことあるよ」
「は?」
「え、それ本当?」
「ああ。目の前で女子高生が倒れたことがあってさ。周りはオロオロするだけで誰も動けなくて、結局俺が一人で処置したんだけど、あとでその子の親に被害届を出されちゃったんだよ。まあ、本人が説得してくれたおかげで取り下げられたけど、危なかったなあ」
「へえ……お前もAED使ったことあるんだ」
「うん、二回あるよ。一回目は若いカップルの女の子だったなあ。処置したら、彼氏が“触っただろ”って怒鳴ってきてさ。まあ、その女の子が止めに入ったけど、いやあ、あれは条件反射でこっちも手が出そうになって、そういう意味で危なかったなあ。自分は何もできなかったくせに、勝手なもんだよ。まあ、その恥ずかしさをごまかすために八つ当たりしてきたんだろうけどな。こっちとしては、たまったもんじゃなかったよ」
「そっか」
「ふーん……あ、そうそう、僕この前すごいの見たんだよ」
「ん、なになに?」
「暴走車! お爺さんが運転してて、コンビニに突っ込みそうになってさ」
「あー!」
「え、どうした?」
「なに……?」
「いや、俺もあったなあって。軽トラックが真正面から突っ込んできてさ。まったく、困ったもんだよなあ」
「え、お前、撥ねられたの?」
「そう。まあ咄嗟にボンネットの上で受け身取ったから、ノーダメージだったけどね。でもスーパーの袋がぶちまけられて、買った食材が全部アウトになっちゃったよ。ははは!」
「あー、そうなんだ」
「ふーん」
「あと、逆に俺が撥ねたこともあったなあ」
「え、人を!?」
「うん。叫びながら女の子を追いかけてる不審者がいてさ。咄嗟に車で突っ込んで止めたんだよ。そのままタイヤで押さえつけてさ。もちろん緊急時だったからお咎めなしね。ちなみに、女の子が転んで怪我してたから、お姫様抱っこして後部座席に乗せてあげたよ」
「お姫様抱っこ……」
「普通に抱えるとかでよくない?」
「警察から表彰の話もあったけど断っちゃったよ。そういうのあんま好きじゃないしね。それにあいつら、自分らも違反してるくせに取り締まりはやたら厳しいんだよねえ。サンドイッチを食べながら運転してただけで白バイに止められてさ。まあ、“裁判所で会おうか”って言ったら引き下がったけどね。俺、仕事柄裁判多いからさ」
「ほー。……あ、事件といえば、おれこの前、煽り運転に遭って――」
「はいはいはいはい! あー、あるよなあ!」
「お前もあるんだ」
「うん。おすすめの対処法は、相手のリアバンパーに軽くぶつけてスピンさせることかな。で、止まったところをゆっくり通報すればいいよ。相手はしばらく動けないから」
「いや、ぶつけるのはまずいだろ……」
「そもそも、そんなうまくいくかな」
「訓練すれば余裕。面白いくらいイージーだよ。警察はなかなか動いてくれないからねえ。じゃあ、自分でなんとかしまーすって感じ。でも、この前ちょっとやりすぎちゃったなあ。夜道で背後からいきなり殴られてさ、反射的にフルパワーで殴り返したら、相手の顎にクリティカルヒット。吹っ飛んで倒れて、救急車で運ばれてったよ。あれは逮捕一歩手前だったな。はははは! あーあ、逆に煽られたいなー」
「そっか」
「すごいね」
「自分が通報したときは全然来ないのに、人から通報されたときは秒で来るの、あれってなんで? 俺って国家的危険人物だと思われてんのかなあ。庭でモデルガンを構えてただけで通報されたり、ジェラルミンケースを持ってビルの屋上に向かっただけで通報。なんか、殺し屋に見えたみたい。黒シャツに黒スーツ姿だったからかなあ。このほうが気が引き締まって仕事の効率がアップするってだけなのに。ほんと困ってるよ」
「あー……そういえば、お前って今どんな仕事してんだっけ?」
「あ、すみませーん。唐揚げお願いしまーす」
「ああ、システム屋だよ。最新機器を車に積んで、全国あちこち飛び回ってる感じ。体にチップも埋めてるんだよ。三つね。あ、でも今日は珍しく電車で来たんだよ。お前らと飲みたいし。でも何年ぶりだっけなー、電車なんて。久々に乗ったからかな? イベントが一気に押し寄せた感じでさ。ホームで知らない女子高生に話しかけられるわ、車内で騒いでた若い連中をちょっと注意して黙らせたら拍手喝采で、フラッシュモブかと思ったよ。でも、幼稚園ぐらいの女の子が『ねえ、ママ。日本の大人も捨てたものじゃないね。将来、ああいうカッコいいおじさんと結婚したい!』って言ってさ。さすがに嘘なんて言えないよね。子供の言うことは信じてあげないとさ」
「そう……仕事って、具体的には?」
「あと、枝豆も追加でー」
「システム関連の仕事に追われっぱなしだよ。たとえばそうだな……この店にはないけど、最近はタブレットで注文を受ける店が増えてるじゃん? ああいうののシステム構築とか、陸自や病院、豪華客船の航路管理、それこそ電車の運行制御とか、まあいろいろかな。去年は特に忙しかったなあ。ライブやイベントの運営をやったり、作曲を何十曲か手がけたり、ドラマや映画の撮影に参加して舞台監督をやったり、設計やレコーディング業務、古民家再生プロジェクト、あと移住支援なんかもね。人脈が広がって仲間が増えるのはいいけど忙しくてさあ、ほんと助けてくれって感じ。いや、ほんとに」
「そう……」
「ねえ、この子かわいくない? 新人女優の」
「あー、その子ね! 懐かしいなあ。地方アイドル時代に何度も一緒に仕事したよ」
「お前には聞いてないんだけどな」
「おい、やめとけって……いや、しかしすげえな、出会いとか多いんだろうなあ。おれなんて全然だよ」
「まあ、手は出さないけどね。こっちはプロだし。当然っしょ? まあ、もし結婚式の予定ができたら、俺がブライダルプロデュースしてやろうか?」
「いや、大丈夫……」
「ちっ……」
「やめろって。あ、じゃあさ、あれは? アイドルグループの『桜並木39』。一緒に仕事したことある?」
「いや、ないな」
「ないのかよ! 仕事してるって一番言いやすいだろ。メンバー多いし」
「ただ、メンバー全員の名前言える」
「知らねえよ! なんだよ、そのイキり方!」
「イキり?」
きょとんと首を傾げる男。友人はため息をつき、言った。
「あのさ……お前、さっきからずっとイキってどうしたんだよ。昔はそんなんじゃなかったし、おれらもう三十代も後半だぞ? しょうもない嘘ばっか並べるのやめろよ」
「いや、嘘ついてるつもりはないけどなあ」
「いや、全部嘘だろうが。なあ」
「うん。ずっとウザいと思ってた」
「じゃあ、裁判する? 俺、強いけど」
「意味わかんねえよ」
「馬鹿なの?」
「あ、そういえば、出会いがないって言ってたよな? いい方法あるぞ。ターゲットの女の子に後ろから『だーれだ?』ってやるんだよ。当然知らない相手だから向こうはびっくりするよな? そこで人違いのふりしてこう言うんだよ。『あっ、ごめんね。君、可愛い友達に似てたからさ。お詫びにご飯でもどう?』って。これで楽勝。だって、『可愛い』って言われて嫌な女なんていないだろ?」
「お前、すげえな……。イキりが全然止まんねえ」
「さすがに反吐が出る」
「俺、ソリティア超得意」
「うるせえよ!」
「そろそろ出ようか」
そのとき、男が眉を上げて片手を顔の前に出した。
「あ、ごめん。特別な電話だ。わかるんだよ、体内のチップが反応してさ。いやー、ほんと忙しい忙しい。助けてくれよ」
男は軽く笑いながら席を立ち、店の隅へ移動した。
「はいはい……」
「後ろから殴ってやろうよ」
「やめろよ、一応友達だし……」
「どうせ、あの電話も嘘でしょ」
「たぶんな。はあ、昔は地味だけど真面目なやつだったのにな」
「確かに。自然が好きで、一人キャンプが趣味とか言ってたのにね。今とは真逆だよ」
「そもそも、あいつから誘ってきたのも意外だったな」
「マルチか宗教の勧誘なんじゃないの?」
「ははは、ありえるな。でもそれならもっとリアルな設定にしとけよな」
「ふふ、次は何を言い出すんだか……なんかもう、頭が疲れたよ」
ため息をつく二人を背に、男は電話口に淡々と応じていた。
「はい……はい……もうすぐ店を出て、二人を予定地点へ誘導します……はい……二人とも、ぜひ同志に……はい……この星を……必ずあなた方の手に……」




