第9話:太陽の導き、奇跡の風と連合の礎
第9話:太陽の導き、奇跡の風と連合の礎
部族の戦士たちの、文字通り血を流す決死の奮戦にも関わらず、数において圧倒的に勝る敵の攻撃は熾烈を極め、太陽たちの村は紅蓮の炎と黒煙に包まれ、陥落寸前の、絶体絶命の危機に追い込まれていた。勇敢な仲間たちが、次々と敵の凶刃に倒れていく。その光景は、太陽の心を鋭く抉った。
太陽自身も、若い戦士を庇おうとして、敵が投げた重く鋭い投槍を受け、右肩に骨に達するほどの深い傷を負ってしまう。傷口からは夥しい量の血が流れ出し、激しい痛みと共に、意識が急速に、そして容赦なく朦朧とし始める。視界が赤黒く霞み、立っているのもやっとの状態だった。
絶望的な状況の中、太陽は薄れゆく意識の中で、愛する凛の面影――彼女の、太陽のように明るい笑顔、時には拗ねて頬を膨らませる怒った顔、悲しみに濡れた泣き顔、その全て――と、かつて二人で、星空の下、天文部のあの小さな部室で熱く語り合った「誰もが心から笑って暮らせる、本当に優しい世界を、僕たち二人で作ろう」という、決して消えることのない、魂に刻まれた熱い想いを、最後の力を振り絞るように、強く、強く胸に抱きしめた。
(凛……ごめん……約束、守れないかもしれない……僕の力が、足りなかった……)
その時、常に胸に下げていた、凛との唯一の思い出の品である、あの古びた小さな白い貝殻のペンダントが、彼の流れる汗と、傷口から滲み出る生温かい血に濡れ、まるで彼の絶望に応えるかのように、不思議な、そして確かな温もりと、微かな、しかし周囲の炎の光とは明らかに異なる、清浄で柔らかな光を、彼自身にしか感じられないほど淡くではあるが、確かに発しているように感じられた。それは、まるで凛が傍らで励ましてくれているかのような、不思議な感覚だった。
その刹那、鬨の声と剣戟の音、そして人々の悲鳴に満ちた戦場の喧騒が、まるで時間が止まったかのように、一瞬にして奇妙な静寂と共に一変する。
太陽が以前、森で猟師が仕掛けた巧妙な罠にかかり、瀕死の状態で苦しんでいたところを偶然見つけて助け、それからというもの、毎日欠かさず餌を運び、その優しい声で語りかけ、まるで言葉を交わすように心を通わせていた、この島固有の、瑠璃色や深紅、黄金色の極彩色の美しい羽を持つ、見たこともないほど珍しい鳥の大群が、あたかも太陽の絶体絶命の危機を、そして彼の胸のペンダントが放つ微かな、しかし確かな救いを求める光――あるいは、彼が傷を負ったことで発した、動物たちにしか感じ取れない苦痛の波動――を、遠く離れた森の奥深くから察したかのように、突如として戦場の上空に、まるで空を覆い尽くさんばかりに現れたのだ。
彼らは、太陽が日頃から見せる、全ての生き物への深い慈愛の念を知っており、彼を傷つける者への怒りを露わにしていた。そして、甲高く、しかしどこか悲しげで、同時に強い怒りを含んだような、鋭い警告の鳴き声と共に、眼下の、略奪に狂奔する敵陣へと向かって、一斉に、まるで訓練された戦闘機のように急降下し始めた。
鳥たちは、驚くほど統率の取れた動きで、巧みに敵兵の顔や、剥き出しの目を狙って鋭い嘴で突き、あるいは力強い翼で打ち据え、その全く予期せぬ空からの奇襲に、規律など無きに等しい敵の陣形は、瞬く間に大混乱に陥った。
「何だこれは! 空から何かが! 魔術か!?」
「鳥が、鳥が人を襲うなど、聞いたことがないぞ! あの異邦人は、やはり何かの呪いを使っているのか!」
敵兵たちは、空を指差し、理解不能な現象に対する原始的な恐怖に顔を引きつらせて叫んだ。彼らの迷信深い心は、この異常事態を凶兆と捉えた。
さらに、この異様な、まるで神話の一場面のような光景と、鳥たちのけたたましい騒ぎに呼応するかのように、部族が神聖な森の守り神として崇め、滅多に人前に姿を現さない数頭の巨大な象たちが、森の奥深くから、一斉に大地を揺るがすほどの、天変地異を思わせる怒りの雄叫びを上げながら姿を現し、その圧倒的な巨体で、眼前の敵陣へと、まるで激流が岩を砕くように、猛然と突撃を開始した。
象たちは、普段は非常に温厚で、子供たちが背中に乗って遊ぶほどおとなしい性格だが、太陽がこの島に来てからというもの、彼の、動物たちを心から慈しむ態度と、彼らが発する微細な感情の変化を敏感に感じ取る不思議な能力によって、特別な絆で結ばれていた。彼らは、太陽の危機を敏感に感じ取り、彼と、そして彼が守ろうとする村を守ろうとする、強い、そして純粋な意志を示しているかのようだった。その大きな瞳は、普段の優しさは消え失せ、仲間を傷つけられたことへの怒りに赤く血走っていた。
この予期せぬ、まるで天が味方したかのような鳥獣の「援軍」は、元々迷信深く、自然現象への畏敬の念が人一倍強い敵兵の戦意を、完全に、そして決定的に打ち砕いた。彼らは、目の前で繰り広げられる、常識では考えられない光景と、象の圧倒的な突撃によって物理的にも大きな損害を受け、「これは太陽神の怒りだ! 我々は、聖なる太陽の子に弓を引いてしまったのだ! 祟りがあるぞ! 逃げろ!」と、パニック状態に陥り、武器を捨てて、我先にと潰走していった。その逃げ足は、侵攻してきた時よりもずっと速く、見苦しいほどだった。
太陽たちの部族は、まさに九死に一生を得る形で、辛くも、しかし誰の目にも明らかな、奇跡的な勝利を収めたのだった。村は、そしてそこに住む人々の命は、救われた。
この戦いは、後に「太陽の導き」として、あるいは「太陽王の奇跡の風」として、この島だけでなく、海を越えた周辺の部族にまで、畏敬の念と共に語り継がれることになる。そして、太陽の、まるで天に愛されたかのような類稀なるカリスマ性と、彼が持つとされる自然や動物との不思議な、そして神聖な繋がり(それは、彼が日頃から育んできた絆の賜物であったが、多くの者には奇跡としか映らなかった)、そして何よりも、彼の無欲で高潔な人徳が、ついに天に通じたのだと、部族民たちの間で、深い、そして揺るぎない信仰にも似た絶対的なものとして認識されるようになる、大きな、そして決定的なきっかけとなった。
戦いの後、部族の薬師の、どこか心配そうな、しかし確かな手つきによる治療を受けながら、まだ熱の引かない体で、太陽は燃え跡の残る広場に集まった部族の者たちに、静かに、しかし力強い、未来への希望を込めた声で語った。
「皆、本当に、よくぞ耐え抜いてくれた。多くの仲間が傷つき、そして尊い命を失った。この悲しみを、我々は決して忘れてはならない。しかし、力で相手を屈服させ、支配するだけでは、本当の平和は決して訪れない。彼らもまた、我々と同じように家族を持ち、生活を営む人々だ。いつか、この憎しみや恐怖の連鎖を断ち切り、互いの痛みを知る理解と、温かい共感によって、再び手を取り合える日が来ると、僕は心の底から信じたいんだ。そのためにも、我々は強くならねばならない。だが、その強さは、他者を虐げるためのものであってはならない」
その言葉は、まだ血と硝煙の匂いが微かに残る戦場で、静かに、しかし一人ひとりの心の奥深くに、確かな温もりと共に響き渡った。多くの者が、涙を流しながらその言葉に聞き入っていた。
その太陽の、常人には理解し難いほどの高潔で、どこまでも慈愛に満ちた考え方に、部族の者たちは、最初は戸惑い、信じられないという表情を浮かべる者もいた。しかし、目の前で起きた奇跡と、太陽の揺るぎない信念に触れるうちに、次第にその言葉の深遠さと、底知れぬ温かさを理解し、彼に対して、心からの、そして絶対的な尊敬の念を抱くようになっていった。この人こそ、我々を、そしてこの島全体を、より良い未来へと導いてくれる真の指導者ではないのか、と。
この奇跡的な勝利と、太陽の揺るぎない高潔な理念は、噂となって風のように瞬く間に広まり、これまで互いに反目し合っていた周辺の多くの弱小部族に、大きな衝撃と、新たな希望を与えた。そして、太陽を中心とした、力ではなく対話と共感を重んじる平和的な部族連合の形成へと、確かな、そして大きな道が開かれていくことになるのだった。太陽の胸で静かに輝きを取り戻した白い貝殻のペンダントは、まるでその輝かしい未来を予見しているかのようだった。彼の孤独な戦いは、今、多くの人々の心を動かし、新たな絆を生み出そうとしていた。その瞳には、傷の痛みを感じさせない、南海の太陽のごとく、どこまでも暖かく、そして力強い、未来への希望の光が、より一層強く輝いていた。