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第8話:南海の試練、太陽の理想と迫る戦火

第8話:南海の試練、太陽の理想と迫る戦火


太陽(大地)が、照りつける陽光と、どこまでも青い海に抱かれた南海の、温暖な気候に恵まれた部族で暮らし始めてから、早くも数年の歳月が、夢のように過ぎ去っていた。今では、部族の言葉も、最初は奇妙で理解しがたかった独特の抑揚や言い回しにもすっかり慣れ、流暢とは言えないまでも、日常生活に困ることはほとんどない。数々の、時には滑稽で、時には厳格な習慣――例えば、満月の夜には特定の踊りを捧げなければならないという決まりや、海の神の怒りを鎮めるために、年に一度、最も美しい真珠を海に捧げる儀式など――にも、最初は戸惑いながらも、今では自然に溶け込んでいる。

そして何よりも、彼の、誰に対しても分け隔てなく、まるで太陽のように温かく誠実な人柄と、決して壁を作らず、相手の心に寄り添う優しさは、多くの部族民の心を掴み、「タイヤン様」と、敬愛と親しみを込めて呼ばれ、この部族にとって、なくてはならない、かけがえのない存在となっていた。彼が浜辺を散歩していると、どこからともなく現れた子供たちが、まるでひな鳥が親鳥を追うように、喜び勇んで彼の足元に駆け寄ってきて、その日の出来事を楽しそうに報告するのが日常の光景となっていた。彼が時折見せる、遠い故郷を想うような寂しげな表情に、部族の者たちは言葉にならない共感を覚え、静かに彼の心に寄り添おうとすることもあった。


太陽が、目を輝かせながら理想として語る「全ての命が、互いの存在を心から尊重し合い、大きな自然の中で調和し、誰もが生まれや肌の色、出自に関わらず、心からのびのびとした、一点の曇りもない笑顔で暮らせる、真に平和な共同体」という、この原始的で、時には厳しい掟に縛られた部族社会においては、あまりにも斬新で、壮大すぎる考えは、まだ部族全体にすんなりと受け入れられているわけではなかった。

彼は、前世で凛と語り合った「優しい世界」の記憶や、天文部の部室で読んだ、様々な理想郷を描いた物語や哲学書の一節を思い出しながら、この島の言葉で、子供たちにも分かりやすいようにその理想を語り聞かせることがあった。

古い慣習や、部族間に代々伝わる血の掟、そして人々の心に深く根差した、時には不合理な迷信を何よりも重んじる、頑固な長老たちの中には、太陽のその理想を「所詮は、流れ着いた異人の、現実を知らぬ戯言だ」「若者の、甘すぎる夢物語に過ぎない。この厳しい島で、そんな綺麗事が通用するものか」と、冷ややかに、そして危ぶむように囁き、彼の、特に若い世代に対する急速な影響力の拡大を警戒し、快く思わない者も少なくなかった。彼らは、太陽の言葉が、部族の伝統的な秩序を乱すのではないかと恐れていたのだ。特に、太陽が「他の部族とも、話し合いで分かり合える日が来るかもしれない」と語った際には、過去に何度も隣接部族に裏切られ、仲間を殺された経験を持つ古参の戦士たちから、激しい反発を受けたこともあった。


そんな、部族内に新たな価値観が芽生えつつある、ある日のことだった。

太陽たちの部族と、長年にわたり、獲物の縄張りや水源を巡って敵対関係にあり、しばしば夜陰に紛れて境界を侵しては、食料や家畜、時には女子供までをも略奪していくという、残忍な行為を繰り返してきた、隣接する好戦的で、血を見ることを何よりも好む部族が、これまでにないほどの大軍勢を率いて、太陽たちの村を奇襲してきた。

敵は、その数において圧倒的に太陽たちの部族を勝り、その情け容赦のない、残虐非道なやり方は、周辺の弱小部族に深い恐怖と、抗うことすら諦めさせるほどの絶望を植え付けていた。彼らは、太陽の部族が最近、新しい水源を見つけ、少しずつ豊かになり始めているという噂を聞きつけ、それを根こそぎ奪おうと企んでいたのだ。

何の警告もなく、闇夜を切り裂いて放たれた無数の火矢が、風に煽られ、ヤシの葉や茅で葺かれた家々の屋根に次々と突き刺さり、瞬く間に村全体を紅蓮の炎で包み込んでいく。炎の熱気と、人々の悲鳴、そして敵の鬨の声が、平和だった夜の静寂を打ち破った。


太陽は、これ以上の無益な殺し合い、憎しみの連鎖を避け、何とか話し合いでこの絶望的な危機を解決できないかと、まず対話を試みるため、部族の戦士たちの必死の制止を振り切り、一切の武器を持たず、両手を広げて無抵抗の意思を示しながら、丸腰で敵の、獣のような鋭い目をした屈強な族長の前に、ゆっくりと進み出ようとした。彼の心には、ただ平和への切実な願いしかなかった。

「待ってください! 我々は、あなた方と戦うつもりはありません! どうか、話を聞いてください! 何か誤解があるのなら、それを解きたいのです! 我々の新しい水源も、話し合えば分かち合うこともできるかもしれません!」

しかし、血に飢え、略奪の興奮に酔いしれている敵の族長は、太陽の、あまりにも純粋で平和的な言葉を、まるで弱者の命乞いとでもいうように鼻で嘲笑い、聞く耳など最初から持っていなかった。

「戯言を! 豊かになったお前たちの富は、全て俺たちがいただく! 抵抗する者は皆殺しだ!」

彼は、冷酷非情にも部下に顎で合図し、太陽に向けて、先端に蛇の猛毒を丁寧に塗り込めた、禍々しい黒光りする矢を放つよう命じた。


「タイヤン様、危ないッ!」

部族の若い戦士の一人が、咄嗟に太陽の前に飛び出し、その身を盾にした。

放たれた毒矢は、若い戦士の肩を深く抉り、彼は苦悶の表情を浮かべてその場に崩れ落ちた。幸い、矢に塗られていた毒は即効性ではなかったものの、戦士はみるみるうちに顔面を蒼白にさせ、高熱に苦しみ始める。

「しっかりしろ! 今、手当てを…!」

太陽は駆け寄り、自らの衣服を裂いて止血を試みるが、戦士の容態は悪化する一方だった。その若い戦士は、いつも太陽の語る理想に目を輝かせていた一人だった。


戦いはもはや避けられない、対話の道は完全に閉ざされたと悟った太陽は、激しい怒りと悲しみ、そして無力感に苛まれながらも、この絶望的な状況下で、村人たちを守り抜くことを決意する。

彼は、これまでの数々の経験――例えば、以前村を襲った獰猛な猪を、知恵と勇気で撃退した際の機転。あるいは、日頃、部族の若者たちに、まるで遊びのように、しかし真剣な眼差しで語っていた、個々の力は小さくとも、力を合わせることの重要性や、地形を巧みに活かした獣の追い込み方、身を守るための簡単な陣形など――その全てを、今こそ実践する時だと覚悟を決めた。太陽が以前、暇な時に砂浜に木の枝で楽しそうに描いて見せてくれた、獲物を効率よく囲むための簡単な円陣や鶴翼の陣のようなものを、若い戦士たちは必死に思い出し、それを応用しようと試みる。彼は、前世で歴史好きの凛が熱心に語っていた、少ない兵力で大軍を打ち破った戦いの話や、天文部の部室にあった戦術書を、遊び半分で眺めていた記憶を必死に呼び起こした。

部族が誇る、訓練された数頭の巨大な象兵の、城壁をも打ち砕く圧倒的な破壊力と、この島の隅々まで知り尽くした、地の利を熟知した部族の戦士たちの、ゲリラ戦にも似た巧みな戦い方を組み合わせ、数において圧倒的に劣る兵力で、津波のように押し寄せる敵の猛攻を、何とか食い止めようと奮闘する。


太陽の指示は、この混乱した戦場においては、まだ洗練された戦術というより、「皆で力を合わせて、あの狭い谷間に敵の先鋒を誘い込もう! 火を恐れる獣のように、奴らも炎と煙で混乱するはずだ!」「あの崖の上から、大きな石を落として敵の足を止められないか? 昔、凛が話してくれた落石の計のように!」といった、大まかな方針や、戦況を打開するためのヒントに近いものだった。しかし、彼の言葉には不思議な説得力があり、絶望的な状況の中でも、部族の戦士たちは太陽の言葉を信じ、その指示に従って必死に戦った。彼の冷静な声と、決して諦めない強い眼差しが、彼らに勇気を与えたのだ。


そして、太陽自身も、次々と傷ついていく仲間たちに、前世で得た基本的な衛生知識(傷口の洗浄、清潔な布での圧迫止血など)と、この島で長老から代々伝わる薬草の知識を組み合わせた応急手当を施しながら、燃え盛る炎の中、恐怖に泣き叫ぶ女子供をその温かい言葉で勇気づけ、時には自ら、手近にあった粗末な槍を取って、雄叫びを上げながら戦いの最前線に立ち続け、決して退かなかった。その、決して民を見捨てず、苦難を共に分かち合い、先頭に立って戦う若き異邦人の姿は、部族の戦士たちに、守るべき大切なものへの強い意志と、決して諦めない不屈の勇気を、魂の奥底から奮い立たせた。彼らにとって、太陽は単なる流れ者ではなく、共に生き、共に戦うべき仲間であり、そして希望の象徴となっていた。この危機を乗り越えた先に、太陽が語る「平和な共同体」があるのかもしれないと、戦士たちは炎の中で、かすかな、しかし確かな光を見出そうとしていた。太陽のためならば、この命も惜しくない、と。彼らの瞳には、決死の覚悟が燃えていた。

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