第6話 氷の心、溶かす灯火、北の盟約
第6話:雪原の生活、孤独の中の小さな変化
雪華(凛)が族長の娘として、この極寒の地で生き始めてから数ヶ月が過ぎようとしていた。
日々の生活は、前世の日本のそれとは比較にならないほど過酷で、常に飢えと寒さ、そして未知の危険と隣り合わせだった。
それでも彼女は、持ち前の負けん気と、心の奥底で燃え続ける大地との再会への一縷の望みを支えに、必死にこの世界の言葉を覚え、部族の習慣に馴染もうと努力を重ねていた。
彼女の献身的な努力――病人の看病を手伝ったり、子供たちに文字に似た記号を教えようとしたり、狩りの準備を手伝ったりすること――は、部族の一部の若い者たちの間では「雪華様は、以前とは少し変わられたようだ」「何か、我々とは違うものを持っているのかもしれない」と、戸惑いと共に囁かれ始めていた。
狩りの方法に彼女が提案した新しい罠の仕組みを取り入れたところ、以前よりも効率的に獲物を捕らえることができるようになったり、彼女が薬草の知識を活かして作った軟膏が、凍傷や切り傷の治りを早めたりと、小さな成功体験が積み重なっていた。
しかし、部族全体、特に何世代にもわたり受け継がれてきた古い慣習を絶対のものと信じ、変化を頑なに拒む長老たちを動かすには、まだまだ程遠かった。
彼らは、雪華が提唱する新たな食糧備蓄法や、集団での効率的な狩猟訓練といった、彼らの経験則からは外れた革新的な試みに対し、「祖先の知恵と、偉大なる精霊たちの教えに背く、分をわきまえぬ娘の戯言だ」と、厳しい視線を向けることも少なくなかった。
雪華の心は、焦燥感と無力感でしばしば冷え切った。彼女の提案は、部族の未来を思ってのことだったが、それが理解されないことへの苛立ちも感じていた。
そんな中で、雪華は、部族の中でも特に物静かで、他の娘たちとは少し違う雰囲気を纏う一人の女性に、漠然とした興味を抱き始めていた。
その女性は、名は氷月といい、雪華よりも数歳年上に見えた。
彼女は、部族の集まりでもあまり口を開かず、常に周囲を冷静に観察しているような、氷のように澄んだ瞳を持っていた。
他の者たちが感情的に騒ぎ立てるような場面でも、彼女だけは静かに状況を見つめ、時折、的を射た、しかし周囲には冷たく聞こえるような短い言葉を発することがあった。
雪華は、その氷月の、他とは異なる知的な雰囲気に、何かを感じ取っていたが、まだ深く言葉を交わす機会はなかった。
ただ、時折、雪華が一人で星空を見上げていると、氷月もまた、少し離れた場所から同じように空を見上げていることに気づくことがあった。
その時、二人の間に言葉はなかったが、何か通じ合うものがあるような、不思議な感覚を雪華は覚えていた。