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第5話 自然との対話、太陽の歩み

第5話:自然との対話、太陽の歩み


太陽(大地)は、部族の長老らしき、その顔に深い皺が幾重にも刻まれ、まるで悠久の時をその身に宿したかのような、多くの経験と揺るぎない知恵を物語る落ち着いた、しかし心の奥底まで見透かすような鋭い眼差しを持つ人物――その佇まいは、集落全体の精神的支柱であることを示していた――の、どこか温情を感じさせる計らいで、集落の喧騒から少し離れた隅にある、小さな、しかしどうにか雨や夜露をしのげる程度の、ヤシの大きな葉や、しなやかで強靭な太い蔓で巧みに、そして見事に組み上げられた質素な小屋を与えられ、そこで新たな生活を始めることになった。小屋の周囲には、色鮮やかな熱帯の花々が咲き乱れ、甘い香りを漂わせていた。

最初のうちは、言葉もほとんど通じず、彼らが日常的に口にする、焼いた魚や、見たこともない芋のような根菜、酸味のある果実といった奇妙な食事や、理解しがたい独特の習慣に戸惑うことばかりだった。言葉はまだ拙く、覚えたての単語を繋ぎ合わせた、まるで幼子のような片言でしか話せない。

部族の奇妙な習慣――例えば、月の満ち欠けに合わせて特定の日に特定の種類の魚を獲ることや食べることを厳格に禁じるという、破れば災いが訪れると信じられているタブー。あるいは、森の奥深く、薄暗い木漏れ日の中に静かに佇む、苔むした巨大な奇岩を部族の聖地として神聖視し、長老の許可なくみだりに近づくことすら許されないといった、彼らの信仰に根差した掟――にも、なかなか馴染めず、窮屈さを感じる日々が続いた。時には、言葉の行き違いや文化的な誤解から、意図せずして部族の誰かの怒りを買ってしまうことも一度や二度ではなかった。その度に、彼は深く反省し、言葉の重要性を痛感した。

しかし、彼は持ち前の、太陽のような明るさと人懐っこさ、そして誰に対しても裏表なく誠実に、相手の文化や考え方に対する深い敬意をもって接するその温かい態度で、少しずつ、しかし着実に、部族民との間にあった、見えないけれど確かに存在する心の壁を、春の雪解け水が氷を溶かすように、ゆっくりと溶かしていった。彼の笑顔は、どんな言葉よりも雄弁に、彼の純粋な心を伝えた。

彼は、見よう見まねで部族の男たちの主な仕事である、時には荒れ狂う波と格闘する危険な漁を手伝った。網の繕い方、銛の投げ方、潮の流れの読み方。前世で、父親に連れられて何度か釣りに出かけた経験や、理科の授業で習った天体と潮汐の関係についての朧げな知識が、意外な形で役立つこともあった。時には、慣れない手つきで網にかかった魚を逃がしてしまったり、ボートから海に落ちたりして笑われながらも、彼は決してめげなかった。

集落の子供たちには、まるで大きな兄のように慕われ、日がな一日追いかけられ、泥だらけになりながら一緒になって遊び、その中で、子供たちの屈託のない笑顔に励まされながら、彼らの言葉を一つ一つ、辛抱強く教えてもらうよう、積極的に頼み込んだ。子供たちは、すぐに彼に懐き、片言の言葉と身振り手振りを交えながら、島の言葉や遊びを教えてくれた。

特に、部族の子供たちや、集落の周りで放し飼いにされている、豚や鶏などの家畜、そして森の中で偶然出会う、色とりどりの鳥や、敏捷な猿、臆病な鹿といった動物たちは、太陽の不思議と人を、そして動物をも安心させる大らかな雰囲気や、彼が時折、遠い故郷を偲んで、切なげに口ずさむ異国の物悲しくも美しい旋律(それは、前世で天文部の夏合宿の際に、凛と一緒に夜空を見上げながら覚えた、星にまつわる古い、どこかノスタルジックな民謡だった。凛は、その歌の背景にある地方の伝承や自然についても調べていた)に、警戒心を解き、すぐに懐いた。まるで、彼の言葉が直接通じなくても、その温かい心、優しい波動を感じ取っているかのようだった。彼が歌い始めると、鳥たちは彼の肩に止まり、家畜たちは彼の足元にすり寄ってきた。

彼は、言葉が通じなくても、動物たちの微細な仕草や、潤んだ大きな瞳の動き、喉をくぅんと鳴らす音、尻尾の振り方から、彼らの喜びや悲しみ、恐怖といった感情の機微を、何となく、しかし確かに理解できるような気がした。それは、彼自身にも説明のつかない、不思議な共感能力だった。もしかしたら、幼い頃から動物が好きで、ペットを飼っていた経験や、様々な生き物のドキュメンタリー番組を熱心に見ていたことが、無意識のうちに彼の観察眼を養っていたのかもしれない。

森で、絡み合った木々の蔓に足を取られ、パニックに陥って必死にもがいていた、瑠璃色と深紅の羽を持つ色鮮やかな小鳥を見つけては、優しくその蔓を一本一本丁寧に解きほぐし、傷ついた羽をそっと撫で、手のひらに乗せて空へと帰してやった。母親とはぐれてしまったのか、心細そうに小さな体で震えながら、か細い声で鳴いていた子ヤギを、その微かな匂いと、母親が残したであろう足跡を頼りに、何時間も森の中を探し回り、心配そうに子を探し求める母親の元へ無事に返したりするうちに、部族の人々は彼を「少し風変わりで、突拍子もないことをするが、心優しく、何やら不思議な、動物たちと心を通わせる力を持つ、もしかしたら神々に愛された特別な異邦人なのではないか」として、徐々に、しかし確実に受け入れ始めた。彼らは、太陽の存在を、部族にとっての幸運の印、吉兆と捉え始めていた。その眼差しは、次第に畏敬の念を帯びていった。

ある日の、空が茜色に染まる美しい夕暮れ時、森の奥で木の実を拾い集めていた部族の子供たちが、森の主ともいわれ、恐れられている、鋭く巨大な牙を持つ獰猛な雄の猪に不意に遭遇し、襲われそうになるという、恐ろしい事件が起こった。子供たちの恐怖に満ちた、甲高い悲鳴が、夕暮れの静寂を切り裂いて森に響き渡った。

太陽は、小屋で漁具の手入れをしていた時、その子供たちの、尋常ではない恐怖に満ちた、切羽詰まった悲鳴を遠くに聞きつけ、瞬時にただならぬ危険を察知した。彼は、自分の身の危険など全く顧みず、手にしていた薪割用の、刃こぼれした粗末な木の棒だけを頼りに、ほとんど丸腰同然で、悲鳴が聞こえてくる方へと、心臓が張り裂けんばかりに息を切らしながら、獣道を駆けつけた。彼の頭の中には、ただただ子供たちを助けたいという、燃えるような一心しかなかった。あの無邪気な笑顔が、恐怖に歪む光景を想像するだけで、胸が張り裂けそうだった。

彼は、前世で暇さえあれば夢中になって見ていた、世界各地の自然を紹介するドキュメンタリー番組で得た知識――猪が、特定の、鼻を突くような強い刺激臭を持つ植物の匂いを極端に嫌うこと、そして大きな音や、予期せぬ動きで威嚇すると、その巨大な体躯に似合わず、実は臆病な一面を見せて逃げる習性があること――を、この絶体絶命の危機的状況の中で、まるで天啓のように咄嗟に思い出した。あの時の、落ち着いたナレーターの声が、鮮明に蘇った。その番組では、司会者が実際にその植物を使い、猪を追い払うデモンストレーションまでしていた。

幸運なことに、その番組で紹介されていた植物とよく似た、独特の強い芳香を放つ植物が、この島の森のあちこちに自生していることを、彼は以前、凛との会話で話題にしたサバイバル知識を思い出しながら森を散策していた際に、偶然発見し、その特徴的な匂いを覚えていた。

太陽は、近くの茂みに生えていたその植物の、人の腕ほどの太さの枝を、ありったけの力でへし折り、それをまるで松明のように振り回しながら、腹の底から絞り出すような、獣の咆哮にも似た大声を上げた。さらに、足元に転がっていた手頃な大きさの石と石を拾い上げ、火花が散るほど激しく打ち鳴らして、耳をつんざくような大きな音を立てることで、見事、恐怖で腰を抜かし、立ちすくむ子供たちにその鋭い牙を剥こうとしていた巨大な猪を怯ませ、混乱させ、森の奥深くへと追い払うことに成功した。猪は、一瞬ためらった後、けたたましい威嚇の声と共に、一目散に逃げていった。

その、身を挺した勇敢な行動と、自らの命の危険を顧みず、子供たちを庇おうとした無私の心は、子供たちの悲鳴を聞きつけて、武器を手に駆けつけた部族の屈強な男たちや、我が子の身を案じて半狂乱に近い状態で後から追いかけてきた親たちに、大きな、そして言葉では言い尽くせないほどの感銘と感謝の念を与え、彼の部族内での評価を、確固たる、そして揺るぎないものとして一段と高めることになった。彼らは、太陽を、部族の子供たちを救った真の勇者として、心から称えた。その夜、集落では彼を称える小さな宴が開かれた。

太陽は、この世界の豊かで、生命力に満ち溢れ、しかし時に容赦なく厳しい、圧倒的な力を見せつける自然に日々触れる中で、前世では教科書の中の無味乾燥な知識や、テレビ画面越しの、どこか現実離れした映像でしかなかった動植物の驚くべき生態、自然の摂理の計り知れない偉大さと、同時にその圧倒的なまでの恐ろしさを、五感全てで、日々肌で感じ、学んでいった。それは、彼にとって毎日が新鮮な驚きと、魂を揺さぶるような感動の連続だった。朝焼けの美しさ、スコールの後の森の匂い、夜空を埋め尽くす星々の囁き。

彼は、この島で生き抜くためには、自然と敵対し、それを支配しようとするのではなく、それと調和し、その恵みを深い敬意をもって分かち合い、そして時にはその偉大な、人知を超えた力を借りることが何よりも重要だと、心の底から、魂のレベルで考えるようになる。この島の部族が、森羅万象、あらゆる石や木、風や水にさえ神々が宿ると信じ、自然を神聖視し、その怒りを恐れる気持ちも、今なら少し、いや、深く、痛いほど理解できるような気がした。それは、決して非科学的な迷信などではない、厳しい自然の中で生き残るために先人たちが積み重ねてきた、尊い生きるための知恵なのだと。

そして、その知識と、自然と、まるで言葉を交わすように心を通わせるような、彼自身もまだ完全には理解できていない不思議な能力が、いつか必ず凛を見つけ出し、彼女と共にこの世界で生きるための、大きな、そしてかけがえのない力になるかもしれないと、かすかな、しかし確かな、そして温かい希望を、胸の奥深くに抱き始めていた。その希望は、彼の心に差し込む一筋の光だった。

夜、粗末な小屋の、ヤシの葉を編んで作られた窓から見える、日本の空とは星の配置こそ異なるが、同じように美しく、そしてどこか神秘的な、南十字星の鮮やかな、ダイヤモンドのような輝きを見上げながら、彼は凛の無事を、ただひたすらに、心を込めて祈り続けた。その星々は、まるで遠い昔に見た、彼女の澄んだ瞳のように輝いて見えた。

「凛、君もどこかで、この同じ星空を見上げているだろうか。僕は毎日、ずっと、ずっと君のことを想っているよ。どんなに離れていても、この想いだけは変わらない。必ず、また会おう。僕たちの、あの日の約束を、二人で果たすために」

言葉にならない、熱く、そして切ない想いが、大きな塊となって胸に込み上げるのを感じる。そして、いつも胸に下げている、あの古びた小さな白い貝殻のペンダントを、祈るように、そして誓うように強く握りしめ、いつか必ず再会するという、心の底からの、揺るぎない誓いを新たにするのだった。彼の、少し潤んだ瞳には、南海の空に昇る太陽のごとく、どこまでも暖かく、そして力強い、未来への希望の光をたたえていた。その光は、どんな困難も照らし、道を切り開いてくれると、彼は信じていた。


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