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第31話:雪原の覇者、南への視線と北方に蠢く棘

第31話:雪原の覇者、南への視線と北方に蠢く棘

雪華(凛)は、部族内の反対勢力を完全に抑え込み、氷月という絶対的な信頼を置ける軍師であり盟友を得て、精強な私兵集団「雪狼兵」を育成し、北の広大な雪原において、その覇者としての地位を名実ともに確固たるものとしていた。彼女の統治は、前世の記憶の断片――天文部の部室にあった歴史書や、文化祭の準備で調べた古代文明の社会システムに関する知識――と、氷月の現実的な知恵を融合させたもので、厳格かつ合理的であった。

計画的な食糧生産の安定化(限定的ながらも、彼女が前世で見た寒冷地農業のドキュメンタリーを参考に、この地の気候に適した作物の試験栽培を開始したり、狩猟・採集の効率を上げるための道具の改良や、獲物の生態調査に基づく計画的な狩猟区域の設定)、改良された鉄器による武具と農具の質の飛躍的な向上、そして何よりも部族の法と規律の確立は、周辺の小部族にとって羨望と、同時に無視できない畏怖の対象となっていた。彼女が定めた「雪狼の掟」と呼ばれる一連の規則は、盗みや裏切りといった共同体の秩序を乱す行為には厳罰を、一方で部族への貢献や優れた働きには正当な報酬を約束し、部族内の無用な争いを減らし、生産性を高める効果を生んでいた。これは、後の「華陽律典」の萌芽とも言える、彼女なりの法治への第一歩だった。

しかし、雪華の鋭い視線は、常に凍てつく北の地平線のさらに南、広大で混沌とした、そして血で血を洗う戦乱が続く中原へと向けられていた。そこには、彼女が魂の片割れと信じ、片時も忘れることのできない幼馴染・大地がいるかもしれないという、消えることのない、そして日増しにその輝きを増す希望があった。そして、その希望を現実のものとするためには、より強大な軍事力と、中原の複雑な情勢に直接影響を与えうるだけの確固たる勢力基盤が必要だと、彼女は痛感していた。「この北の地で力を蓄え、いつか必ず南へ…」その想いが、彼女を突き動かしていた。

氷月は、雪華の胸の内――大地への焦がれるような想いと、乱世を平定せんとする野心――を誰よりも深く理解しつつも、冷静に現状を分析し、性急な南下は、築き上げたばかりのこの北の拠点を危うくし、破滅を招く危険性があると強く進言した。

「雪華様、我々の力はまだ北方に限定されており、その基盤も、ようやく形になったばかりで盤石とは言えませぬ。中原の諸侯は、我々とは比較にならぬほどの膨大な兵力と、数百年という長きにわたる歴史の中で培われた、底知れぬほどに複雑な権謀術数に長けております。まずは、我々の背後を完全に固め、長年の懸案であり、常に我々の脅威であり続けてきた北方遊牧民との関係を安定させることが、喫緊にして最重要の課題かと存じます。彼らを放置すれば、我々が南に目を向けたその僅かな隙に、必ずや背後を鋭く突いてくるでしょう。それは、雪華様の覇業にとって致命傷となりかねませぬ。彼らとの間には、武力だけでなく、交易や外交といった『実利』を伴う関係を築くことも視野に入れるべきです」

氷月は、遊牧民たちが鉄製品や穀物を渇望しているという情報も付け加えた。

雪華は、氷月の言葉の正しさと、その分析の的確さを認め、その理路整然とした進言に静かに頷いた。彼女もまた、前世の歴史で、背後の憂いを断たずに大望を果たそうとして失敗した英雄たちの例をいくつも知っていた。そして、まず長年の脅威であり続け、部族の民に多くの苦しみを与えてきた烏桓うがん鮮卑せんぴといった北方遊牧民部族への対策を、本格化させることを決意する。彼らは卓越した騎馬技術と、個々の勇猛さを誇り、しばしば雪華たちの部族の村々を襲撃し、食糧や家畜、そして時には人々を略奪してきた。この「北方に蠢く無数の棘」を排除、もしくは巧みに制御下に置かなければ、安心して中原へその鋭い牙を向けることは到底できない。

「わかっているわ、氷月。焦りは禁物。まずは足元を固め、北方の脅威を取り除く。それが、いずれ大地に繋がる道だと信じて…そして、彼らとの関係も、ただ敵対するだけではない道を模索しましょう」雪華は、決意を新たにした。彼女は、遊牧民の優れた騎馬技術や、彼らが持つ広大な草原の知識にも、密かな関心を抱いていた。それらは、将来的に雪狼兵をさらに強化するためのヒントになるかもしれないと考えていた。

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