第29話:臥龍の噂、一条の希望の光と運命の導き
第29話:臥龍の噂、一条の希望の光と運命の導き
太陽(大地)が築き上げた「太陽の連合」が、南海の島々に、まるで昇る朝日のように確固たる、そして希望に満ちた地位を築き上げ、その平和と繁栄の輪が、まるで水面に広がる波紋のように、日増しに、そして着実に拡大しつつあった頃。中原から訪れる渡来人たちは、連合の豊かさと安定に目を見張り、口々にその素晴らしさを語った。
しかし、彼らがもたらす情報は、必ずしも喜ばしいものばかりではなかった。遠く大陸、西に位置する広大な益州の地から、その牧である劉璋の統治が、日に日に、そして救いようのないほどに混迷を深め、そこに住まう民衆の、塗炭の苦しみと、未来への深い絶望が、もはや限界点に達し、いつ大規模な反乱が起きてもおかしくないという、あまりにも憂慮すべき、そして聞き過ごすことのできない情報が、太陽のもとへ、南海と大陸を往来する商人や、戦乱を逃れてきた渡来人たちを通じて、頻繁に、そして生々しくもたらされるようになった。
劉璋は、その父の築いた広大な領地と豊かな財産を受け継いだものの、残念ながら為政者としての才覚には乏しく、臆病で、そして決断力に欠ける暗愚な君主であった。渡来人の元官僚は、かつて劉璋に仕えた経験を語り、その無能ぶりを嘆いた。
彼は、国の大事であるはずの政治を、一部の、言葉巧みに彼に取り入り、私利私欲にまみれた、口先だけの側近たちに完全に任せきりにし、自らは宴と女色に溺れる日々を送っていた。その結果、領内では、役人による汚職と、法の目を潜り抜ける不正が、まるで蔓延る伝染病のように横行し、罪のない民衆は、法外なまでに重い税と、まるで際限のないかのように続く無意味な労役に、文字通り、その生き血を最後の一滴まで絞り取られるかのように、呻き苦しんでいた。
益州は、本来、四方を険しい山々に囲まれ、中央には肥沃な平野が広がり、その豊かな物産から「天府の国」と称えられるほど、資源に恵まれた、まさに天が与えたもうたかのような土地でありながら、その多大な恩恵は、そこに住まう民衆には全くと言っていいほど届いていなかったのだ。彼らの食卓には、粗末な穀物の粥と、わずかな塩漬けの野菜が並ぶのが常であり、子供たちは栄養失調で痩せ細り、老人たちは、絶望の中で静かに死を待つばかりであった。中には、飢えのあまり、我が子を売ったり、あるいは自ら命を絶ったりする者さえいるという、悲惨な話も伝えられた。
太陽は、交易商人たちが語る、その益州の民衆の、あまりにも悲惨で、そして救いのない状況を耳にするたび、心の奥底から、まるで燃え盛る炎のような強い義憤と、同じ人間として、彼らの苦しみを見過ごすことは断じてできないという、熱く、そして抑えきれないほどの使命感に駆られた。彼は、前世で凛と共に見た、貧困や紛争に苦しむ人々のドキュメンタリー番組を思い出し、胸を痛めていた。
そして、この、本来豊かであるはずの地を、現在の、あまりにも非道な圧政から解放し、そこに住まう罪なき民衆を、その塗炭の苦しみから救済することができたならば、それは、彼が目指す、中原への大きな、そして決定的な足掛かりとなり、そして何よりも、彼の心の奥底で、片時も忘れることなく焦がれ続ける、愛する凛との再会への道も、具体的に、そして現実的に開けるかもしれないと、彼は、冷静な頭脳で、現実的な戦略を練り始めた。益州を安定させ、そこを基盤とすれば、中原の戦乱にも介入し、凛を探すためのより広範な情報網を築けるかもしれない。
しかし、広大で、そして四方を、まるで天然の城壁のように険しい山々に囲まれた、まさに天然の要害である益州を攻略するには、腹心である岩牙の、獅子奮迅の武勇と、彼が率いる精強無比な象兵の圧倒的な力だけでは、残念ながら不十分であり、それらを最大限に活かし、そして最小限の犠牲で勝利を掴むための、卓越した知略と、戦場全体を俯瞰できる広大な戦略眼を持つ、心から信頼できる軍師の存在が、絶対に不可欠であると、彼は、これまでの経験から痛感していた。力だけでは、真の平和は訪れないのだと。彼は、渡来人たちから中原の英雄たちの話を聞くたびに、彼らを支える優れた軍師たちの存在の大きさを感じていた。
太陽は、連合内外の、様々な知識や経験を持つ賢者や、遠く中原の地から、戦乱を逃れて南海にやって来た、高い教養を持つ知識人たちに、謙虚に、そして真摯に助言を求め、各地に潜む、まだ世に知られていない有能な人材の噂に、まるで渇いた旅人が水を求めるように、熱心に、そして注意深く耳を傾け続けた。彼は、自らも中原の地図を広げ、渡来人たちから地勢や各勢力の情報を聞き取り、夜遅くまで思索に耽ることも少なくなかった。
そんな折、大陸の中央部、荊州と呼ばれる地の、さらに片田舎、隆中という、風光明媚で、しかしほとんど人の訪れない場所に、「臥龍」(地に伏し、まだ天に昇らぬ龍)あるいは「伏龍」(同じく、時期を待つ龍)と、畏敬と神秘の念を込めて称えられる、まだ年は若いが、その内に秘めた才知は計り知れず、古今東西のあらゆる書物に通じ、天文地理に深く通暁し、複雑怪奇な天下の形勢を、まるで掌を指すように正確に見抜き、そして、国家の治乱興亡の理を、誰よりも深く究めているという、諸葛亮孔明という名の、まさに類まれな、そして伝説的な賢人が、世俗の喧騒を離れて隠棲しているという、半ば伝説のようでありながら、しかし複数の、そして信頼できる情報源(その中には、かつて荊州に滞在し、諸葛亮と僅かながら交流のあったという学識高い渡来人も含まれていた)から、奇妙なほど一致して語られる噂を、太陽は耳にする。
その渡来人は語った。「孔明殿は、若輩ながらその学識は底知れず、天下国家を論じるその様は、まさに大賢の風格。しかし、彼は『我が志を真に理解し、民のために身を捧げる覚悟のある主君でなければ、この草廬を出ることはない』と常々口にしておられます」
彼は、まだ誰にも仕官することなく、自ら畑を耕し、晴耕雨読の日々を送りながら、書物を読みふけり、静かに、そして着実に時代の到来を待ち、自らの、その計り知れない力を真に試すに足る、そして何よりも、私利私欲ではなく、民の幸せを心から願う、高潔な理想を持つ主君の出現を、ただひたすらに待っているとも言われていた。
太陽は、その「臥龍」という、神秘的で、そしてどこか運命を感じさせる異名と、俗世を離れて隠棲しながらも、天下国家の行く末を深く憂い、民の苦しみを我が事のように思うという、その人物の、あまりにも高潔で、そして共感に満ちた姿勢に、強く、そしてまるで魂が共鳴するかのような、運命的なものを感じ、その心を、抗いがたいほどに惹かれた。
(民のために身を捧げる覚悟のある主君…そして、民の幸せを心から願う理想…それは、まさに僕が目指しているものだ。この人ならば、僕の、そして凛との夢を理解してくれるかもしれない)
もし、この、まだ見ぬ人物こそが、自分が、心の底から、そして魂の奥底から探し求め続けていた、真の軍師であるならば、どんな困難を冒してでも、どんな犠牲を払ってでも、彼を迎え入れ、共に酒を酌み交わし、そして夜を徹して理想を語り合いたい。太陽の、これまでどこか先の見えなかった暗い胸の内に、一条の、しかし力強く、そして全てを照らし出すかのような、眩い希望の光が、まるで暗雲を切り裂いて差し込んできたかのように感じられた。
彼は、信頼する腹心の岩牙に、連合の、そして部族の留守を固く、固く託し、自ら、その諸葛亮孔明を三顧の礼をもって訪ねることを、周囲の驚きと、そして一部の長老たちの「王が自ら、素性も知れぬ隠者を訪ねるなど、危険極まりない」という反対を押し切って、敢えて決意する。
それは、多くの部族を束ねる連合の王の身でありながら、たった一人の、まだ名もなき、そして会ったこともない賢人を求めて、未知の、そして今まさに戦乱の嵐が吹き荒れようとしている、危険極まりない異郷の地まで、数ヶ月にも及ぶであろう、長大で、そして困難な旅に出るという、まさに前代未聞の、そしてある意味では無謀とさえ言える、極めて危険な行動だった。
岩牙は、太陽の決意の固さを知り、反対はしなかったが、その身を案じ、自らも同行したいと申し出た。しかし太陽は、岩牙に連合の守りを託すことの重要性を説き、少数の護衛と共に旅立つことを選んだ。
太陽の心には、この、まだ見ぬ賢人との出会いが、自らの、そして「太陽の連合」の未来を、そして何よりも、彼の生きる意味そのものである、愛する凛との再会を、大きく、そして決定的に左右するという、強い、そしてもはや誰にも止めることのできない、抗いがたい運命の導きを、確かに、そしてはっきりと感じていたのだ。
彼の心は、既に、遠く荊州の片田舎、隆中の、静かな草廬へと飛んでいた。その旅が、どれほど困難で、そして危険なものであろうとも、彼には、行かねばならない理由があった。それは、彼の魂が求める、ただ一つの道だったのだ。