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第19話:勝利の代償、新たな絆と消えぬ亀裂

第19話:勝利の代償、新たな絆と消えぬ亀裂


数時間に及ぶ、それはもはや戦いという言葉では生温い、互いの存在そのものを賭けたかのような、凄絶せいぜつで、そして血なまぐさい激闘の末、ついに、あれほどまでに傲慢ごうまんで、そして圧倒的な勢いを誇っていた黒牙族の騎馬隊は、その鋭い牙をことごとく折られ、先頭に立っていた指揮官たちが次々と雪狼兵の精密な攻撃の餌食となり、統率を完全に失って、まるで頭を失った大蛇のように、混乱と恐怖の兆しを隠せなくなってきた。狭い谷間は、敵味方の死傷者と、暴れる馬、そして血の匂いで満ちていた。

雪狼兵は、この、血と汗と涙で掴み取った千載一遇せんざいいちぐうの、そして二度と訪れないかもしれない好機を、決して逃すはずはなかった。

「総員、反撃ッ! 奴らに、雪狼の真の怒りを思い知らせよ! 倒れた仲間の無念を、その槍に込めよ!」

雪華の、凛として、しかしどこか悲痛な響きを帯びた鋭い号令が、血煙舞う戦場にこだました。

その号令一下、これまで鉄壁の守りで耐え忍んできた雪狼兵たちは、まるでせきを切った激流のように、あるいはおりから放たれた飢えた狼の群れのように、一斉に反撃に転じた。その勢いは凄まじく、これまでの防戦一方の展開が嘘であったかのように、疲弊し、恐怖にかられ、そして何よりも指導者を失って戦意を喪失しかけていた黒牙族兵は、雪狼兵の、怒りと悲しみを込めた猛攻の前に、なすすべもなく次々と討ち取られ、あるいは武器を捨てて逃亡し、ついに全面的な、そして見苦しいほどの敗走を始めた。

雪狼兵は、しかし、その逃げ惑う敵兵の背中を、執拗しつように、そして容赦なく追撃し、敵に壊滅的な、再起不能とさえ思えるほどの損害を与え、二度とこの聖なる地に、その汚れた牙をくことができないように、徹底的に、そして冷徹に叩きのめした。それは、怒りではなく、未来を守るための、悲しいけれど必要な行為だった。雪華は、深追いを戒めつつも、敵の戦力を可能な限り削ぐことを優先した。

夕陽が、まるで流された血をいたむかのように、西の空を茜色あかねいろに染め上げる頃、戦いはようやく終わりを告げた。

広大な雪原は、その神々しいまでの夕陽に照らし出され、おびただしい数の、折り重なるように倒れた黒牙族兵の血と、そしてまた、勇敢に戦い、尊い命を散らした雪狼兵たちの流した血で、赤黒く、そして禍々(まがまが)しいまでに染まっていた。風が、鉄錆かなさびの匂いと、死の匂いを、静かに、そして重く運んでいた。

雪狼兵たちは、これが自分たちの初陣であり、しかも、誰もが絶望的だと感じていた圧倒的な戦力差を覆しての劇的な、そして奇跡的な勝利に、しばし呆然ぼうぜんとした後、天をくような、あるいは魂の奥底から絞り出すような、歓喜の雄叫おたけびを上げた。疲労も忘れ、互いの肩を叩き合い、涙を流して勝利の味を噛みしめる者、力尽きたように雪の上に座り込み、ただ虚空くううを見つめる者、その反応は様々だったが、誰もが、この勝利がもたらした安堵感と、生き残ったことへの感謝の念に包まれていた。

しかし、その歓喜の輪の中心に立つ雪華の、雪のように白い顔には、勝利の喜びよりも、深い、深い哀しみの色が、まるで消えない影のように浮かんでいた。彼女の、澄んだ大きな瞳には、今もなお、勇猛果敢に戦い、そして故郷と仲間を守るために、その若き命を、まるで惜しげもなく散らしていった、かけがえのない仲間たちの、血と泥にまみれた、しかしどこか安らかな表情が、鮮明に焼き付いていたからだ。

雪狼兵もまた、その輝かしい勝利の陰で、半数近くが大小の傷を負い、そして決して少なくない数の者が、二度と家族の元へ帰ることのない、冷たいむくろとなっていた。彼女は、戦いの最中、自らも負傷しながら仲間を庇い、息絶えていった若い兵士の名を、一人一人、心の中で呼びかけていた。勝利の代償は、あまりにも、そして耐え難いほどに大きく、そして重かった。

彼女は、一人一人の、今はもう動かない兵士の顔を、その脳裏に、そして魂に深く、深く焼き付け、彼らの、あまりにも早すぎる犠牲を、決して、決して無駄にはしないと、そして、彼らが命を懸けて夢見たであろう、誰もが安心して暮らせる平和な未来を、この手で必ず実現すると、血の滲むような唇を噛み締め、固く、固く心に誓った。その誓いは、彼女の新たな、そしてより重いかせとなるだろう。氷月がそっと彼女の肩に手を置くと、雪華は初めて、堰を切ったように涙を流した。

傷ついた身体を引きずるようにして集落に戻ると、避難していた民衆は、雪狼兵の、血と埃にまみれながらも誇らしげな勇姿と、そして何よりも、この絶望的な戦いを勝利へと導いた雪華の、神々しいまでの卓越した指導力を、熱狂的に、そして心からの感謝と畏敬の念を込めて称賛し、彼女たちを、部族を救った真の英雄として、堰を切ったように溢れ出す涙ながらに、そして歓声と共に迎えた。

これまで、何かと理由をつけて雪華に反発し、その斬新な改革を陰に陽に妨害してきた長老たちも、この、誰の目にも明らかな圧倒的な勝利と、そして雪狼兵の、まるで伝説の戦士たちのような恐るべき強さを目の当たりにし、もはや反論の言葉も見つからず、ただ沈黙し、その場に立ち尽くすしかなかった。彼らの顔には、驚愕と、そして隠しようのない恐怖の色が浮かんでいた。彼らは、雪華が持つ力が、もはや自分たちの手に負えるものではないことを悟ったのだ。

叔父のガルダは、まるで苦虫を百匹ほど噛み潰したかのような、歪んだ、そして醜い顔で、雪華から、まるで汚物でも見るかのような憎悪と軽蔑の視線を逸らし、混乱する群衆の中に、こそこそと紛れてその姿を消した。彼の、ねじ曲がった心には、雪華への、燃えるような嫉妬と、底知れない憎悪、そして何よりも、彼女の持つ得体の知れない力への、本能的な恐怖が、より一層深く、そして取り返しのつかないほど歪んだ形で、まるで呪いのように刻まれたことだろう。彼は、このままでは終わらせないと、闇の中で静かに牙を研いでいた。この、部族内に生まれた亀裂は、もはや容易には修復できない、深刻なものとなっていた。

雪華は、民衆の熱狂的な歓迎にも冷静さを失わず、まず、戦いで傷ついた負傷者たちの手当てを、何よりも最優先で指示し、氷月と共に、自らも休むことなく、その小さな手で懸命に治療に当たった。彼女の前世の知識――天文部の部室にあった救急医療の本や、サバイバル時に役立つ薬草の知識――と、この地の薬草の知識を組み合わせた治療法は、多くの兵士の命を救った。「今は喜んでいる場合ではない。一人でも多くの命を救うこと、それが生き残った我々の務めだ」と、彼女は静かに、しかし毅然と言い放った。

そして、戦死した者たちを、部族の古くからの伝統にのっとり、最大の敬意と、そして深い哀悼あいとうの念をもって、一人一人、丁重にとむらった。その魂が、安らかに祖霊の元へと還れるように、と。彼女は、戦死者の家族一人一人に声をかけ、その手を握り、共に涙を流した。

その後、生き残った雪狼兵たちを、静まり返った集落の中央広場に集め、燃え盛る篝火かがりびの揺らめく光の中で、雪華は、静かに、しかしその一言一言に、万感の想いと、指導者としての覚悟を込めて語りかけた。

「皆の、言葉では言い表せないほどの比類なき勇気と、この部族への、そして仲間への揺るぎない、そして尊い献身に、私は、族長として、そして一人の仲間として、心の底から感謝する。皆の、命を賭した働きのおかげで、我々は、この愛する部族を守り抜き、そして、未来への、か細いかもしれないが、確かな希望を繋ぐことができた。しかし、決して、この勝利に酔いしれ、そして忘れるな。我々の戦いは、まだ、ほんの始まったばかりなのだ。この勝利は、もしかしたら、新たな、そしてより困難で、過酷な試練の始まりでもあるのだということを。我々は、さらに強く、さらに賢く、そして何よりも、さらに結束を固めなければならない。そして、二度と、二度と、今日のような形で、かけがえのない仲間を失わないために。亡くなった者たちの魂に誓おう。我々は、彼らの犠牲を無駄にはしない」

その言葉は、戦いの興奮と疲労の中にあった兵士たちの心に、まるで冷たい水が注がれるように、しかし同時に、新たな決意を促す熱い炎のように、深く、そして重く刻まれた。彼らは、雪華と共に戦い、そして生き抜くことを、改めて、そしてより強く、その魂に誓った。

この、あまりにも多くの血と、そして数えきれないほどの涙が流された初陣を通じて、雪華と、彼女が育て上げた雪狼兵、そして常に彼女を支え続けた氷月との間には、もはや言葉では言い表すことのできないほどの、まるで鋼のように強く、そして血を分けた家族のような、どこまでも温かい、特別な絆が生まれていた。それは、共に死線を乗り越えた者たちだけが分かち合える、絶対的な信頼と、揺るぎない連帯感だった。

雪華は、この、あまりにも大きな代償を伴った勝利を、決して無駄にすることなく、そのかてとして、部族をさらに強くし、そしていつか必ず、必ずや大地と再会するであろうその日までに、彼を、そして彼と共に歩む人々を守れるだけの、そして彼と共に、あの日の夢であった新しい世界を築けるだけの、確かな力を手に入れると、凍てつくような、しかしどこまでも澄み切った北の星空の下で、改めて、そして固く、固く心に誓うのだった。その誓いは、彼女の孤独な魂を支える、唯一の、そして最も熱い道しるべとなるだろう。

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