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第17話:試練の冬、迫りくる牙と雪華の覚悟

第17話:試練の冬、迫りくる牙と雪華の覚悟


例年よりも、まるで世界から全ての温もりを奪い去るかのように早く、そして一度牙を剥けば決して容赦しない、全てを凍てつかせ、生命の息吹さえも止めてしまうかのような、苛烈を極める厳しい冬が、雪華たちの部族が細々と暮らす、広大で、そしてどこまでも続く雪原を、まるで白い死神のように音もなく襲った。天は、絶え間なく重く厚い鉛色の雲に覆われ、太陽の光はもはや届かず、世界は白と黒、そして灰色だけのモノクロームの世界へと変貌していた。降り積もる雪は、日毎にその深さを増し、かつては獲物が駆け巡っていた狩場を、完全に、そして絶望的に閉ざし、部族の、元より決して豊かではなかった食糧備蓄は、まるで底なし沼に吸い込まれるかのように、急速に、そして確実に底を突き始めていた。

雪華が、寝る間も惜しんで導入を試みていた、燻製や塩漬けといった新しい食糧保存法も、まだその効果を十分に検証できるほどの時間も材料もなく、試験的な段階に過ぎず、その効果も限定的で、飢えに苦しむ部族全体の膨大な需要を満たすには、あまりにも、そして悲しいほどに到底至っていなかった。彼女は、前世の知識だけでは乗り越えられない、この世界の厳しい自然の現実を痛感していた。

容赦なく骨身に染み渡る凍てつく寒さと、内臓が締め付けられるような耐え難い飢えが、人々の心に、じわじわと、しかし確実に焦りと、先の見えない不安、そしてやがては全てを諦めてしまうかのような、暗く冷たい絶望を植え付け、部族内には、いつ爆発するとも知れない不穏な、そして息苦しい空気が、まるで濃い瘴気のように重く漂い始めていた。あちこちの天幕からは、空腹を訴える子供の泣き声や、病に倒れた老人の呻き声が、絶え間なく聞こえてきた。


そんな、部族が心身ともに最も脆弱で、抵抗する気力さえも失いかけている時期を、まるで飢えた狼が獲物の弱り切るのを待ち構えていたかのように、狙い澄ましたかのように、長年、雪華たちの部族と、水源や獲物を巡って血生臭い小競り合いを繰り返し、その残忍極まりない戦いぶりと、飽くことを知らぬ略奪行為で、周辺の弱小部族から、まるで疫病神のように恐れられていた隣接する好戦的な部族「黒牙族」が、これまでにない、数千の屈強な兵力を擁して、大規模な、そして殲滅を目的としたかのような襲撃を仕掛けてきた。

彼らは、雪華たちの部族の、この冬の苦境を、巧みに送り込んだ密偵を通じて、手に取るように正確に察知し、この千載一遇とも言える絶好の機会に、わずかに残された貴重な食糧と、そして抵抗する力のない女子供を、根こそぎ、文字通り一人残らず略奪し、部族そのものを地上から消し去ろうと企んでいたのだ。黒牙族の族長は、雪華の亡き父の代からの、積年の恨みを抱く宿敵であり、雪華の、若くして族長となったその急速な台頭と、彼女が進める、これまでの常識を覆すような新しい改革の噂――特に、精強な「雪狼兵」を育成しているという情報――を、苦々しく、そして脅威と感じ、その、まだ小さく、しかし危険な芽を、今のうちに、徹底的に、そして容赦なく摘み取ろうと考えていた。

「雪華とかいう小娘、偉大なる父の後を継いだというが、所詮は女。戦の恐ろしさも知らぬひよっこよ。ましてや、あの雪狼兵とやらも、まだ雛鳥に過ぎぬ。この機に、部族ごと潰してくれるわ!」と、黒牙族の族長は、出陣の際に、己の力を誇示するように豪語していたという情報が、雪華の耳にも届いていた。


雪原を駆ける見張りからの、顔面蒼白で、言葉も途切れ途切れの、血相を変えた急報――「黒牙族、大軍勢にて来襲! 間もなく、日没と共にこの谷に到達します!」――を受け、静まり返っていた部族内は、一瞬にして、まるで蜂の巣を突いたようなパニックに陥った。

これまで部族の意思決定を担ってきた長老たちは、あまりの事態の深刻さに狼狽し、右往左往し、ただなすすべもなくうろたえ、震える声で祖霊の名を呼び、天に向かって意味のない祈りを捧げるばかりだった。その姿は、かつての威厳など微塵も感じさせず、ただ憐れであった。「もはやこれまでか…」「祖霊よ、我らをお見捨てになるのか…」と、絶望的な言葉が彼らの口から漏れた。

叔父のガルダは、「これみろ! 言わんこっちゃない! 雪華の進める、あの得体の知れぬよこしまなやり方が、偉大なる祖先の霊の、そして雪原の神々の怒りを買い、このような、部族始まって以来の未曾有の災いを招いたのだ! 全ては、あの忌まわしい小娘のせいだ! 今こそ、我々が立ち上がり、古き良き伝統を取り戻さねば、部族は滅びるぞ!」と、ここぞとばかりに、まるで狂ったように雪華を声高に糾弾し、人々の、恐怖と絶望に歪んだ顔に、さらに不安と、そして憎悪の炎を扇動した。彼の目には、この混乱に乗じて雪華を失脚させ、自らが族長の座に就こうという、浅ましい野心が燃え盛っていた。一部の、彼に同調する戦士たちは、武器を手にガルダの周りに集まり始めていた。


しかし、その混乱と喧騒の中心で、雪華は、驚くほど冷静だった。

彼女の、透き通るように白い、美しい顔には、恐怖や絶望の色は微塵も浮かんでいなかった。ただ、その大きな瞳には、まるで燃え盛る炎のような、決して消えることのない闘志と、自らが、この部族の長として、民の命と未来を守り抜くという、鋼のように強く、そして揺るぎない決意が、静かに、しかし力強く宿っていた。彼女は、この日のために雪狼兵を鍛え上げてきたのだ。

「氷月、落ち着きなさい。あなたの目にも、この状況が見えているはず。敵の正確な数は? 兵力構成、装備の水準、そして指揮官は誰か、今、我々が把握している情報は、些細なことでも構わない、全て報告を。時間は限られているわ」

雪華の声は、周囲の、パニックに陥った人々の泣き声や怒号を、まるで清流が濁流を押し流すかのように鎮める不思議な力を持って、凛と、そしてどこまでも力強く、凍てつく空気に響き渡った。


「はっ。およそ、我々が今、実働可能な兵力の倍、約二千と推測されます。主力の多くは、雪原での機動性に優れた軽装の騎馬隊で、弓を得意とする者が多く、その素早さと遠距離からの攻撃力は侮れません。指揮官は、おそらく黒牙族族長の長男で、勇猛果敢さでは知られるものの、まだ若く、経験の浅い戦士でしょう。彼らは、我々のこの冬の困窮と、内部の混乱に乗じ、短期決戦で一気に雌雄を決しようと狙ってくるはずです。我々には、この地の利がありますが、決して油断は禁物です。彼らの飢えた目は、我々の全てを欲しています。ガルダ殿の不穏な動きも、警戒が必要です」

氷月の報告は、一切の感情を排した、簡潔かつ、そして恐ろしいほど的確だった。彼女の冷静さが、雪華にとって唯一の救いだった。


雪華は、その報告を聞きながら、血が滲むほど強く唇を噛みしめ、しばし目を閉じて何かを深く考えるかのような沈黙の後――その脳裏には、前世で読んだ、寡兵で大軍を打ち破った戦術の数々や、天文部の仲間たちと夜通し語り合った、絶望的な状況でも決して諦めない英雄たちの物語が駆け巡っていた――その鋭い、しかしどこか慈愛に満ちた視線を、腹心の、そして唯一の友である軍師に向け、そして、まるで運命のサイコロを投げるかのように、決然と、そして厳かに命を下す。

「雪狼兵、ただちに出陣の準備を! 我々の、研ぎ澄まされた牙と爪の鋭さを、あの、我らを侮る愚かな者たちに、骨の髄まで見せつける時が来たのだ! そして、氷月、あなたは、残された部族の民――特に、抵抗する力のない女子供と、足の弱った老人たち――を、私が以前から指示していた、万が一の時のための安全な場所へ、迅速に、そして誰一人取り残すことなく避難させなさい。集落の奥にある、あの、以前から目星をつけていた、防衛にも適した複雑な洞窟群だ。食糧と水も、可能な限り運び込みなさい。これは、私からの、族長としての、命令です。必ず、民を守り抜きなさい。ガルダの動きも…牽制を」

その言葉には、もはや一片の迷いも、弱さもなかった。


それは、数ヶ月前に生まれたばかりの、まだ産声を上げたばかりの雪狼兵にとっての、あまりにも過酷で、そして絶望的とも思える初陣であり、そして何よりも、雪華の、若き指導者としての真価が、部族全体、いや、この凍てつく北の雪原に生きる全ての民に、そして天にさえも問われる、まさに運命の、そして歴史的な瞬間でもあった。

彼女の、まだ華奢な双肩には、部族の、数多の民の命と、そして未来の全てが、あまりにも重く、そして厳然と、のしかかっていた。

吹雪は、ますますその勢いを強め、まるで彼女たちの覚悟を試すかのように、雪原を白く、白く染め上げていった。雪華は、天幕から一歩踏み出し、その冷たい風雪を顔に受けながら、遥か南の空にいるであろう大地を想い、そして静かに、しかし力強く呟いた。「見ていて、大地。私は、ここで生き抜いてみせる」

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