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第16話:雪狼兵、胎動す、北の変革の槌音

第16話:雪狼兵、胎動す、北の変革の槌音


氷月の、まるで凍てつく夜空に輝く星々のように冷徹で、しかし的確かつ大胆不敵な提言――それは、雪華自身の安全と、改革を断行するための実力を確保するための、彼女直属の精鋭部隊創設だった。雪華(凛)は、その華奢な双肩に部族の未来というあまりにも重い荷を背負う覚悟を新たに、部族の若者たちの中から、その勇猛果敢さで知られ、何よりも雪華自身への、まるで揺るぎない信仰にも似た忠誠心の厚い者たちを、氷月の鋭い観察眼も借りながら、慎重に、そして厳選に選び出し、新たな戦闘集団――それは、後にその名を雪原全土に轟かせ、敵対する者たちを恐怖のどん底に突き落とすことになる「雪狼兵シュエランへい」の、まだ産声を上げたばかりの、しかし確かな力強さを秘めた部隊――の創設に、本格的に、そして全身全霊で着手した。

それは、この凍てついた大地に、変革の槌音を打ち鳴らす、最初の一撃となるはずだった。


彼女が目指したのは、従来の、個々の戦士の、時には蛮勇とも言える武勇や、一時の感情的な高揚感に頼り切った、あまりにも散漫で、そして犠牲の多い戦い方ではなかった。そうではなく、まるで鋼鉄の塊のような、決して揺らぐことのない鉄の規律と、一人の人間が動くかのように緻密な、そして予測不可能な連携、さらに、彼女自身が心血を注いで改良を加えた、最新鋭の装備によって、敵を組織的に、そして容赦なく圧倒する、全く新しい、そしてこの雪原の歴史上かつて存在しなかった精鋭部隊だった。

それは、彼女が、今や朧げになりつつある前世の記憶の断片――天文部の部室にあった、古代ローマの軍団組織や戦術を解説した歴史書、あるいは、文化祭の準備で調べた、日本の戦国時代の足軽隊の集団戦法に関する記述――からおぼろげに知る「軍隊」という、高度に組織化された戦闘システムという概念。統率された、揺るぎない指揮系統、個々の能力と適性に応じて明確に定められた役割分担(例えば、体格の良い者を前衛の槍衾に、敏捷な者を側面からの奇襲や偵察に、冷静沈着な者を弓による後方支援に、など)、そして何よりも、個人の力の総和を遥かに超える、集団としての圧倒的な戦闘力――それを、この、まだ原始的とも言える、血と伝統に縛られた世界で具現化しようとする、壮大かつ、そして多くの困難が予想される試みであった。


訓練は、雪華の想像を、そして参加した若者たちの覚悟を、遥かに超えるほど過酷を極めた。

凍てつく風が容赦なく吹きすさび、大地が氷と雪で覆われる極寒の訓練場で、雪華は、前世で見た歴史ドキュメンタリー番組や、夢中になって読み漁った戦記物で得た、断片的ではあるが強烈な印象を残す知識の欠片――密集方陣ファランクスによる、鉄壁の防御力を誇る槍術の基礎。弓兵が、統率された指揮の下、一斉に矢を放つことで、広範囲の敵を制圧する連携射撃の威力。そして何よりも、重い武具を身につけ、一糸乱れぬ隊列を組んでの長距離行軍と、いかなる状況下でも、ただ一つの命令一下、まるで機械のように即座に反応し、正確無比な戦闘行動を開始する、徹底した規律と服従の精神――を、常に冷静沈着な氷月の、的確な助言とサポート(例えば、訓練メニューの段階的な設定や、兵士たちの体力回復のための休息と栄養管理の提案など)を受けながら、この雪原の厳しい現実と、部族の者たちの身体能力に合わせて改良し、選び抜かれた若者たちに、文字通り血反吐を吐き、意識が遠のくほどの疲労困憊に陥るまで、徹底的に、そして一切の妥協なく叩き込んだ。

訓練では、最初は手作りの、しかし実戦を想定した重さの竹の棒や木の盾を用い、来る日も来る日も、同じ動作を、まるで体に染み込ませるかのように、何百回、何千回と反復練習によって身体に動きを覚えさせた。「一人は皆のために、皆は一人のために」という、雪華が前世でどこかで聞いた言葉を、彼女はこの部隊のモットーとして掲げ、その意味を繰り返し説いた。

雪華が、鍛冶師たちと共に知恵を絞り、改良を指示した、より長く、そして獲物の厚い皮をも貫く鋭い刃を持つ鉄製の槍。敵の攻撃を確実に防ぎ、仲間を守るための、より頑丈で軽量化された盾。そして、遠距離からでも敵の急所を正確に射抜く、高い貫通力を持つ矢じりといった、最新の鉄製の武具が、他の部族民に先駆けて優先的に彼らに与えられた。日々の食事も、まだ乏しい部族全体の備蓄の中からではあったが、彼らの、常人離れした訓練によって酷使される強靭な肉体を維持し、さらに強化するために、可能な限り栄養価の高い、貴重な干し肉や木の実、そして滋養のあるスープなどが、特別に配給された。


しかし、この、部族の歴史上、誰も見たことも、聞いたこともない全く新しい試みは、当初、部族内で多くの、そして深刻な反発と、無視できないほどの摩擦を生んだ。

「なぜ、我々が、代々この雪原で自由に獲物を追いかけてきた、誇り高き雪原の狩人でありながら、まだ若い、しかも女の指図で、まるで操り人形のように、意味も分からぬ奇妙な動きの訓練を、来る日も来る日も、飽きもせず繰り返さねばならないのだ!」

「これでは、個人の、磨き上げた武勇を存分に発揮する場も、手柄を立てて名を上げる機会もないではないか! 我々の誇りはどうなるのだ! 雪華様は我々を信用しておられぬのか!」

といった、心の奥底からの不満の声が、訓練に参加する、血気盛んな若者たちの中からすら、公然と、そして挑戦的な響きをもって漏れ聞こえてくることも少なくなかった。彼らの目には、まだ雪華の真意は見えていなかった。中には、訓練の厳しさに耐えかねて脱走しようとする者も現れたが、氷月が事前に部隊内に配置していた数名の忠実な者たちによって、それは未然に防がれた。


そして、当然のように、叔父のガルダも、この雪華の新たな動きを、決して見過ごすはずはなかった。

彼は、この精鋭部隊の創設を「雪華が、部族の、我らが祖先から受け継いだ神聖なる伝統を破壊し、自らの、まだ未熟な権力を強化するための、危険極まりない私兵集団を作り上げ、あわよくば部族を私物化し、独裁を始めるための、明確で、そして許しがたい危険な兆候だ! あの娘は、我々戦士の誇りを踏みにじり、自らの意のままに動く人形を作ろうとしているのだ!」と、長老たちの前で、あるいは集落の広場で、唾を飛ばさんばかりの勢いで、声高に、そして執拗に非難し続けた。

そして、言葉巧みに、あるいは時には脅迫まじりに長老たちを焚きつけて、この「危険な」訓練の即時中止と、雪華の、族長としての指導権の剥奪を求める圧力を、執拗かつ、時には卑劣な手段をも用いて陰湿にかけてきた。彼は、長老会議の場で、「雪華は、亡き兄上、偉大なる族長の遺言を、自分に都合の良いようにねじ曲げて解釈し、この神聖なる部族を、まるで自分の玩具のように私物化しようとしているのだ! このままでは、我々の部族は、あの娘一人の野心のために破滅するぞ!」と、涙ながらに(もちろんそれは演技であったが)訴え、長老たちの不安を煽った。


しかし、雪華は、もはや以前の、孤独と無力感に打ちひしがれていた彼女ではなかった。その瞳には、揺るぎない決意の光が宿っていた。

彼女は、ガルダの卑劣な妨害や、一部の兵士たちの不満の声にも、決して揺らぐことはなかった。彼女は自ら、毎日、誰よりも早く訓練場に立ち、誰よりも厳しい訓練メニューを、表情一つ変えず淡々とこなし、時には、反抗的な、あるいは怠惰な態度を示す若者を、その、女性らしいしなやかさの奥に隠された、細腕からは到底想像もつかないほどの、爆発的な気迫と、一瞬の隙をも見逃さない、まるで獣のような鋭い体術――それは、前世で熱中した合気道の動きを無意識に応用したものだった――で、容赦なく、そして徹底的にねじ伏せることも厭わなかった。その時の彼女の姿は、獲物を静かに、しかし確実に追い詰める、飢えた雪狼のように鋭く、そして極北の氷のように冷徹でありながら、厳しい訓練の合間に見せる、汗と泥にまみれた兵士たち一人一人への、細やかな、そして心からの気遣いや、彼らの残してきた家族への、母親のような温かい配慮は、次第に、最初は反発していた若者たちの、頑なだった心を、ゆっくりと、しかし確実に捉え、彼らの中に、雪華への、恐怖ではなく、心からの畏敬と、絶対的な信頼を育てていった。彼女は、ただ厳しいだけではない。我々を、本当に強くしようとしてくれているのだ、と。


そして、その傍らには常に、氷月の姿があった。

彼女は、雪華の、時には言葉足らずな、しかし明確な意図を、まるで彼女の心を読むかのように的確に補佐し、訓練プログラムの、より効率的で、兵士たちの負担を軽減しつつ効果を最大化するための合理化や、兵士たちの、口に出せない不満や不安を和らげるための、個別での丁寧な面談(そこで彼女は、雪華の真意と、この部隊の重要性を、論理的に、そして時には彼らの誇りをくすぐるように説明した)、そして何よりも、変化を恐れる長老たちへの、粘り強い根回しや、ガルダを中心とする反対派の、巧妙な切り崩しといった、表には決して出ることのない、しかし極めて重要な、汚れ仕事とも言える裏方としての役割を、常に冷静沈着に、そして雪華への揺るぎない忠誠心をもって献身的に果たし続けた。彼女の存在なくして、この改革は一日たりとも進まなかったであろう。


数ヶ月後、雪華が、まるで我が子を育てるかのように、心血を注いで直接指導するその部隊は、まだ総勢数百名という、部族全体の規模から見れば決して大きくはない少数ながらも、その恐るべき、そして寸分の狂いもない練度の高さと、まるで一つの生命体であるかのような一糸乱れぬ規律の正しさ、そして何よりも、雪華個人への、絶対的な、そして時には狂信的とさえ思えるほどの、燃えるような忠誠心において、部族の中で、ひときわ異彩を放つ、まさに精強という言葉がふさわしい存在へと変貌を遂げていた。彼らは、雪華の、ただ一言の命令一下、自らの命を、まるで惜しげもなく、躊躇なく投げ出す覚悟を、その若き、そして熱い胸の奥深くに、静かに、しかし固く秘めていた。

北の、どこまでも続く雪原に、新たな、そして恐るべき力が、今、まさに胎動していた。この、雪華の魂と、氷月の知恵、そして若者たちの血と汗によって鍛え上げられた部隊こそが、後に「雪狼兵」として、その名を歴史に刻むことになる、最初の、そして最も純粋な姿だった。その槌音は、やがて古い秩序を打ち砕き、新しい時代の扉を開くことになるだろう。

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