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第14話:二つの魂の共鳴、北星の下の誓い

第14話:二つの魂の共鳴、北星の下の誓い


氷月の、まるで鋭利な氷の刃で分厚い闇を切り裂くかのように、冷徹なまでに的確な分析は、雪華がこれまで、漠然と、そして孤独に感じていた、この、伝統という名の硬い殻に閉ざされた部族が抱える、根深く、そして複雑に絡み合った構造的な問題点――それは、過去の栄光にすがり、変化を蛇蝎のごとく恐れる古い慣習への盲目的な固執、未知なるものへの原始的な恐怖心、そして、巧妙に隠蔽されてはいるものの、確実に存在する一部の権力者による、部族全体の富と力の不公平な独占――を、一切の曖昧さを許さない、明確な、そして容赦のない言葉で、雪華の目の前に、まるで解剖図のように鮮やかに浮き彫りにするものだった。それは、目を背けたくなるような厳しい現実であったが、しかし、そこからしか真の変革は始まらないのだと、雪華は直感的に理解した。

氷月の言葉は、雪華が天文部の部室で読んだ歴史書に描かれていた、変革期を迎えた数多の文明が直面したであろう課題と、奇妙なほどに符合していた。

雪華は、氷月の、まるで幾千もの星の運行をも読み解くかのような、卓越した、そしてどこか人間離れした知性と、物事の表面に惑わされることなく、その奥底に潜む本質を、一瞬にして鋭く、そして的確に突き刺す洞察力に、深い、そして畏敬の念すら伴う感銘を受け、彼女に対して初めて、心の奥底からの、何の打算もない純粋な信頼と、そして、同じ孤独を知る者同士が分かち合う、ある種の同志愛にも似た、熱く、そして力強い感情を抱き始めていた。

この、氷のように冷たい仮面の下に、燃えるような魂を隠し持つ女性は、あるいは、自分の、この途方もなく困難で、そして誰にも理解されないであろう戦いにおける、最大の、そして唯一の理解者となり、そして、この八方塞がりの絶望的な状況を打開するための、何ものにも代えがたい、かけがえのない力となりうるのかもしれない。そう思うと、雪華の胸には、久しぶりに温かい希望の光が差し込んできたかのようだった。

「氷月……あなたの言葉は、私の心の靄を吹き払ってくれたわ。あなたは、どうすれば、このがんじがらめの状況を、本当に打開できると思う? 私に、この、父が愛した部族の民のために、一体何ができるというの? 私は……私は結局、ただ無力なだけの、夢見る小娘なのでしょうか……。私が持つ知識は、この世界の者には到底理解しがたい、異質なものばかりなのかもしれない…」

雪華の声は震え、その瞳には切実な問いと、わずかな不安が滲んでいた。

氷月は、まるで永遠とも思えるような、しかし実際にはほんの数瞬の沈黙の後、その、これまで感情の色を映すことのなかった氷のような瞳に、初めて、まるで内側から灯ったかのような、熱く、そして強い光を宿らせ、静かに、しかし揺るぎない確信に満ちた声で、ゆっくりと、そして力強く答えた。

「雪華様が、真にこの雪狼シュエラン部族の長として、民の魂の拠り所として認められ、そして、この厳しい雪原の民を、確かな未来へと導くためには、残念ながら、お言葉だけでは到底足りませぬ。民が、その目で見て、その肌で感じ、そしてその心で信じられる、具体的な『力』――それは、冬の飢えから民を救う経済力であり、隣接する部族の脅威から民を守る軍事力であり、そして何よりも、雪華様ご自身に対する、民からの、揺るぎない信頼という、目には見えぬが最も強固な力――と、そして、その力によってもたらされる、具体的な『成果』――それは、日々の生活の確かな向上であり、子供たちの笑顔であり、外敵からの絶対的な安全の確保――を、誰の目にも明らかな、否定しようのない形で、一度や二度ではなく、繰り返し、繰り返し、粘り強く示し続けることが必要不可欠です。そして、そのためには、既存の古い慣習や、凝り固まった旧弊に一切囚われることのない、全く新しい発想と、それを、いかなる困難や抵抗にも屈することなく、断固として実行する、雪華様ご自身の、鋼のような揺るぎない意志が、何よりも求められます。雪華様には、その、常人にはない素養が、そして何よりも、この部族を、この大地を、心の底から愛する清らかな心がおありだと、この私、氷月は、信じております。叔父君であられるガルダ様のような、変化を恐れる旧守派からの、執拗で、時には卑劣な抵抗は、必ずや避けられませぬが、民の、特に若い世代の確かな支持を得ることができれば、彼らとて、その声を永遠に無視することはできなくなるでしょう。あなたのその『異質な知識』こそが、我々の武器となりうるのです」

雪華は、氷月の、冷静沈着でありながら、その奥に熱い情熱を秘めた言葉の中に、自分自身が抱える、言葉にできなかった孤独の影と、そしてそれを打ち破り、何かを、この世界で何かを成し遂げようとする、静かだが、まるでマグマのように心の奥底で燃える、強い、強い意志を感じ取った。この人もまた、自分と同じように、この世界で戦っているのだ。そう思うと、不思議と勇気が湧いてきた。

彼女は、意を決し、氷月に、自分の最大の秘密を打ち明ける覚悟をした。それは、この異世界で、誰にも話したことのない、あまりにも荒唐無稽な物語だった。

「氷月……あなたにだけは、話しておきたいことがあるの。信じてもらえないかもしれないけれど……私は、この世界の人間ではないのかもしれないの」

雪華は、自分が時折、夢か現か判然としないままに断片的に思い出す「前世」という、この世界の誰にも理解できないであろう、しかし彼女にとっては紛れもない真実である知識――それは、天文部の部室の本棚にあった、遠い異国の歴史書や技術書に記されていた、少ない力で大きな効果を生む効率的な道具の作り方、獲物の習性を利用した集団での狩猟方法、厳しい冬を乗り越えるための食糧の長期保存技術、そして何よりも、個々の武勇ではなく、組織的な規律と連携によって圧倒的な力を発揮する「軍隊」という、この部族には存在しない概念、さらには、争いを未然に防ぎ、公平な社会を築くための「法」や「制度」といった、統治の根本に関わる考え方――について、まだおぼろげで、言葉にするのも難しい部分も多かったが、しかし、内に秘めた熱意を全て込めて、まるで憑かれたように、夜が白み始めるのも忘れ、一心不乱に語り始めた。彼女は、これらの知識が、どこから来るのか自分でも完全には説明できないが、それでもこの部族の役に立つと信じていることを、涙ながらに訴えた。

氷月は、雪華の、まるで異世界の物語を聞いているかのような、奇妙で、しかし聞けば聞くほど驚くほど合理的で、そして実践的な価値を持つ知識の数々に、最初は戸惑い、眉をひそめながらも、次第にその瞳に、これまで見せたことのないほどの強い興味と、知的な興奮の色を浮かべていく。雪華が語る「軍隊」の概念――厳格な規律、緻密な連携、専門的な戦闘集団――は、個々の戦士の勇猛さにのみ頼る、この部族の伝統的な戦い方とは全く次元の異なるものであり、氷月の、常に新しい知識と論理を渇望する知的好奇心を、激しく、そして根底から刺激した。

(そうか…だから彼女の言葉は、時折、この世界の常識を超えた深みと合理性を持つのだ…「前世」…信じがたい話だが、目の前の彼女の存在そのものが、その証なのかもしれない…)

それは、この、常に内外の脅威に晒されている弱小な部族が、厳しい自然環境と、好戦的な隣接部族の、いつ終わるとも知れない脅威の中で生き残るための、そして、雪華がその遥か先に見据えているであろう、まだ誰にも語っていない、より大きな目的――それは、もしかしたら、この世界全体の変革に繋がるのかもしれない――を達成するための、想像を絶するほど強力無比な、そして決定的な武器となりうる可能性を、明確に秘めていた。氷月の頭脳は、雪華の言葉を驚くべき速度で吸収し、分析し、そしてこの部族の現実にどう応用できるかを、既に猛烈な勢いでシミュレーションし始めていた。

そして、雪華が、ふと我に返ったように言葉を切り、夜空に、まるで道しるべのように一際強く、そして冷たく輝く北の一つポラリスを見上げ、遠い、遠い故郷の地にいるという「かけがえのない、大切な人」――大地のこと――との再会を、その白い頬を濡らす涙を必死に堪えながらも、しかし隠しきれない想いと共に、声を震わせ、途切れ途切れに願う、そのあまりにも切実で、そして純粋な想いを語った時、氷月の、これまで鉄の仮面のように冷静沈着だった表情が、わずかに、しかし誰の目にも明らかに、人間的な温もりをもって揺らいだ。

彼女は、雪華の、どんな困難にも屈せず、ただひたすらに前を見据える瞳の奥に宿る、純粋で、しかし何ものにも屈することのない、まるで極北のオーロラのように美しく、そして燃えるような強い光に、自らの、誰にも理解されることなく、長年閉ざされてきた孤独な運命と、その奥底に秘めた、まだ諦めきれない希望の残滓を、無意識のうちに重ね合わせたのかもしれない。

「雪華様……あなたの、その魂からの叫び、そしてその計り知れない知識の源泉…お話、確かに拝聴いたしました。常人には信じがたいことかもしれませんが、私は、あなたの言葉を、そしてあなた自身を信じます。あなたが、本気でこの、淀みきった雪狼部族を変え、そして、その先にある、あなたが目指す大きな目的――それが、今はまだ私には想像もつかないほど壮大なものであれ――を、必ずや成し遂げようとなさるのであれば、この私、氷月は、この、誰にも必要とされなかった命に代えても、あなた様を、全身全霊でお支えいたします。あなたのその『異質な知識』を、この雪原で花開かせるための土壌となりましょう。あなたの剣となり、あらゆる敵を切り払いましょう。あなたの盾となり、いかなる困難からもあなた様をお守りいたしましょう。そして、あなたの進むべき道を、この知恵と知識をもって照らし続ける、決して消えることのない灯火となりましょう」

氷月は、その言葉と共に、雪華の前に静かに、そして厳かに膝をつき、その美しい額を、凍てつく大地に深々と、絶対の忠誠を誓うかのように下げて、そう言った。その声には、もはや一片の迷いも、冷たさもなかった。ただ、熱い、そして揺るぎない決意だけが込められていた。

その、予期せぬ、そしてあまりにも力強い誓いの言葉は、雪華の、長年の孤独と絶望で凍てつき、感覚を失いかけていた心に、まるで春の陽光が降り注ぐかのように、確かな、そして言葉にできないほどの温もりと、何ものにも代えがたい、未来への勇気と、そして生きるための希望を与えた。

二つの、それぞれ異なる形で孤独を抱え、しかし同じように非凡な魂を持つ女性は、この、全てが凍てつく極寒の地で、天上に冷たく輝く北の星々の下、まるで古の儀式のように、運命的な、そして息をのむほどに美しい共鳴を果たしたのだ。

雪華は、ようやく、この広大で、そしてあまりにも過酷な異世界で、初めて、心の底から信頼し、全てを分かか-ち合える、かけがえのない最初の仲間を得たのだった。

それは、彼女の孤独な戦いに差し込んだ、あまりにも眩しい、希望の光だった。

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