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第13話:氷の瞳を持つ女、運命の出会いと静かなる観察者

第13話:氷の瞳を持つ女、運命の出会いと静かなる観察者


そんな、若き族長となった雪華が直面する、あまりにも厳しい試練――それは、経験不足と性別を理由にした公然たる侮蔑、そして叔父ガルダを中心とする旧守派からの執拗な権力闘争――と、彼女がその華奢な身体の内に秘める、まだ誰にも本当の意味では理解されていない非凡な可能性の輝きを、集落の片隅から、まるで凍てつく夜空に浮かぶ月のように冷ややかに、しかし他の誰よりも鋭く、そして全てを見透かすかのような観察眼で見つめている者がいた。

氷月ひょうげつ。その名が示す通り、彼女の周囲には常に近寄りがたい、人を寄せ付けない氷のような空気が漂っていた。部族の中でも抜きん出て聡明で、一度見聞きしたことは決して忘れず、複雑に絡み合った事象の中から瞬時に本質を見抜き、論理的に分析する能力に長けていたが、その鋭すぎる、時には相手の心の最も触れられたくない部分までをも容赦なく抉り出すかのような洞察力と、一切の妥協や忖度を許さない厳しい直言を厭わない性格から、周囲の者たちに疎まれ、深い孤立の中にその身を置いていた。彼女は、男たちが力と経験を誇示する部族の集会では、その才覚を発揮する機会すら与えられず、ただ黙って隅に座り、人々の愚かしくも必死なやり取りを冷徹に観察する日々を送っていた。

これまで、その類まれな才覚を認められながらも、部族の古い因習の中で燻り続けてきた氷月。彼女にとって、雪華の族長継承は、驚きであると同時に、この、まるで淀んだ水のように停滞し、旧弊と伝統という名の分厚い氷に凝り固まった部族に変化をもたらすかもしれない、ほんのわずかな、しかし見過ごすことのできない可能性の光だったのかもしれない。だからこそ、あの長老たちとの会議での雪華の孤立無援の姿は、氷月自身の長年の鬱屈した思いと重なり、彼女の心を揺さぶり、そして、これまで決して表に出すことのなかった衝動を呼び覚ましたのかもしれない。

雪華が、長老たちとの、形式ばかりで実の伴わない会議の場で、四面楚歌のように孤立し、叔父であるガルダとその取り巻きの、まるで獣の咆哮のような野卑な言葉を浴びせられ、反論しようにもその声はかき消され、どうしようもない悔しさに、血が滲むほど強く唇を噛み締めているのを、氷月は、集会場の薄暗い物陰から、まるで感情のない人形のように冷静に、しかしその実、心の奥底では複雑で、そしてどこか痛みを伴う思いで、ただじっと目の当たりにしていた。

(このままでは、あの娘も、かつての自分と同じように、その才を潰される。だが、あるいは……この娘ならば、何かを……。あの瞳の奥の光は、単なる若さ故の理想論ではない。何か、我々には計り知れぬものを見据えている…)

氷月は、ガルダの、一見勇ましく、そして力強い言葉がいかに浅薄で、その実、自己の権力欲と、部族の富を独占しようとする卑しい利益しか考えていない、空虚なものであるかを、誰よりも正確に見抜いていた。そして、そのガルダに安易に同調する長老たちの、変化を恐れるだけの保身の醜さにも、静かな怒りを覚えていた。

そして、雪華の、今は絶望と無力感に揺れる瞳の奥に宿る、まだ磨かれていない原石のような、しかし一度磨かれれば比類なき輝きを放つであろう確かな光彩と、この貧しく、そして厳しい環境で生きる民を、心の底から思う純粋で、そして汚れのない心、さらに彼女が、まるで天啓を受けたかのように時折見せる、この原始的な部族の者とは到底思えぬほどの、深く、そして多角的な思考の片鱗に、強い、そして抗いがたいほどの興味と、ある種の、もしかしたら同族嫌悪にも似た共感を覚えていた。雪華が夜な夜な何かを書き留めている羊皮紙の存在も、氷月は遠目に気づいており、その内容にも密かな関心を寄せていた。

その夜、まるで雪華の絶望と、そして氷月の内に秘めた決意とが呼応したかのように、天候は荒れに荒れ、猛烈な吹雪が、まるで世界の終わりを告げるかのように、視界の全てを白く染め上げ、天幕を激しく揺さぶり、引き裂かんばかりに唸りを上げていた。一歩外に出れば、息もできないほどの雪と風が容赦なく叩きつけ、数歩先の視界すら奪われる。そんな、尋常ではない、何かが起ころうとしているかのような夜だった。

その嵐の中を、氷月は、まるで幽鬼のように音もなく、雪華の小さな天幕を訪れた。彼女は、この吹雪を、自らの異質な存在を隠し、雪華と密かに接触するための好機と捉えたのかもしれない。

吹雪が、獣の咆哮のように天幕を激しく叩き、引き裂かんばかりに揺さぶる音が、ランプの頼りない灯りだけが照らす薄暗い天幕の中に漂う、二人だけの、張り詰めた、そしてどこか運命的な、息も詰まるほどの緊張感を、さらに、そして不気味なほどに高めているかのようだった。

「雪華様……このような夜更けに、突然申し訳ございません。雪狼の氷月と申します。今宵の会議の様子、物陰より拝見しておりました。お一人で、あれほどの屈辱と無力感に耐えられ、さぞかしお辛かったことと、お察しいたします。ですが、嘆いていても状況は変わりません。あなた様は、本当にこの部族の未来を背負う覚悟がおありですか?」

氷月の声は、まるで凍てつく冬の夜空に、遠く、そして冷たく輝く星のように静かで、一切の感情の起伏を、その滑らかな表面には感じさせなかった。しかし、その声の奥には、どこか雪華の心情を正確に理解し、そしてその覚悟を試しているかのような、不思議な、そして鋭い響きがあった。

雪華は、突然の、そして全く予期していなかった来訪者に、驚きと警戒心で一瞬言葉を失いながらも、彼女の、まるで磨き上げられた黒曜石のように冷たく澄み切った、しかしどこか人間離れした深淵を覗き込むような瞳の奥に、尋常ならざる、そして底知れない知性の鋭い光と、何かを深く、そして徹底的に見極めようとする、強い、そして揺るぎない意志を感じ取った。

この女は、一体何者なのだろうか。敵か、味方か。それとも、ただの気まぐれか。いや、この嵐の中をわざわざ訪ねてくるからには、相応の理由があるはずだ。

「……氷月、と申したか。このような嵐の夜に、何の用だ。まさか、あなたも、あの者たちと同じように、私を嘲笑いに来たのか? 今の私には、この部族を導く力など、何一つありはしないと。その目で、そう言いたいのか」

雪華は、心の奥底で渦巻く絶望と疲労感を悟られまいと、努めて冷静な、しかし隠しきれない苛立ちと警戒心をその声に滲ませ、しかしその瞳の奥には、どこか藁にもすがるような、かすかな、そして切実な助けを求めるような光を宿しながら、氷月の次の言葉を、息をのんで、まるで運命の宣告を待つかのように促した。

氷月は、雪華の、まるで傷ついた小動物が必死に威嚇するような、痛々しいほどに刺のある言葉にも、眉一つ動じることなく、その美しい、しかし能面のように冷たい表情を崩さず、ゆっくりと、しかし一言一句に淀みなく、まるで凍てついた川の水が、静かに、しかし確実に流れ出すように、静かに口を開いた。

そして、先程の会議での、長老たちの、保身と旧習墨守に終始した議論の、その根本的な矛盾点や、感情論と憶測ばかりが飛び交う非論理性。ガルダの、一見もっともらしく、そして力強く聞こえる言葉の裏に巧妙に隠された、権力への浅ましいまでの渇望と、彼がいかに部族全体の将来ではなく、自己の短期的な利益のみを追求しているかという、冷徹で、そして容赦のない分析。さらに、雪華が今、若き指導者として抱えている問題の、その複雑に絡み合った、まるで解きほぐせない知恵の輪のような本質と、それを解決するための、具体的で、そして時には、既存の常識を覆すような大胆不敵とも思えるいくつかの方策を、まるで熟練の医者が病巣を正確に切り開いていくかのように、的確かつ冷静に、そして一切の容赦なく、雪華の目の前で鮮やかに、そして論理的に解き明かしてみせた。

その言葉の一つ一つは、まるで鋭利な氷の刃のように、雪華のこれまでの甘い認識や、無力感に打ちひしがれていた心を容赦なく切り裂き、しかし同時に、彼女がこれまで漠然と、そして手探りで抱いていた部族への問題意識や、改革への漠然とした想いを、明確な、そして具体的な、行動可能な計画へと変えていく、不思議な、そして力強い光を持っていた。

それは、雪華にとってまさに、暗闇の中で何日も彷徨った末に、初めて一筋の、しかし確かな光明を見たかのような、強烈な、そして魂を揺さぶるほどの衝撃的な体験だった。

この女は、もしかしたら、この孤独な雪原で、私の唯一の、そして最強の理解者になるのかもしれない。

雪華の胸に、そんな、まだ信じられないような、しかし確かな予感が、外で荒れ狂う猛吹雪の音と共に、静かに、しかし力強く芽生え始めていた。二人の孤独な魂が、今、この極寒の夜に、初めて、そして運命的に交わろうとしていた。

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