第六話 瞳
朝の光が薄いカーテン越しに差し込み、部屋の中をやわらかく照らしていた。空気は冷たかったが、エミリィの頬に触れる日差しはどこか温かかった。エミリィはゆっくりと目を開ける。ふかふかのベッドの感触に、まだ少し夢の中にいるような気分だった。横を見ると、スグリが小さく丸まりながら、穏やかな寝息を立てている。白い耳がぴくりと動き、エミリィはくすっと微笑んだ。
「……おはよう、スグリ」
小さく囁くように言うと、スグリは眠そうに目をこすりながら顔を上げた。
「ん……エミ姉……?」
「よく眠れた?」
「うん……」
スグリは少しだけ微笑むと、またベッドの中に潜り込もうとした。しかし、その瞬間――。
ガチャリ
「エミリィ、スグリちゃん、朝だよ」
ミラウが部屋の扉を開け、明るい声で呼びかける。
「朝ご飯できてるから、一緒に食べよう」
「……!」
エミリィは慌てて身を起こした。こんなふうに、誰かが朝を知らせてくれることがあまりにも新鮮で、一瞬どう反応すればいいのか分からなかった。
「……あ、ありがとうございます」
スグリもまだ眠そうだったが、のそのそとベッドから降りる。エミリィはそんなスグリの手を優しく握り、一緒に部屋を出た。リビングに入ると、ムルトルが木のスプーンを握りしめてスープをかき混ぜていた。その横でミラウがパンを並べている。
「今日は野菜たっぷりのスープと、くるみ入りのパンだよ。たくさん食べてね」
「……!」
エミリィの胸がじんわりと温かくなる。朝食があることも、家族と一緒に食べることも、エミリィにとっては贅沢なことだった。
「……いただきます」
スグリと一緒に手を合わせ、エミリィはスプーンを手に取った。スープを口に運ぶと、じんわりと体の中に温かさが広がる。
「……おいしい」
「ふふ、よかった」
ミラウが嬉しそうに微笑み、スグリが小さく瞬きをする。
「……エミ姉?」
その声にエミリィははっとし、顔を上げた。
「え?」
「……泣いてるの?」
スグリが心配そうにエミリィを見つめる。エミリィは無意識のうちに目元を手で押さえた。そこには涙の感触があった。
(……私、泣いてた?)
自分でも気づかないうちに、涙が零れていたらしい。どうして涙が出たのか、エミリィには分からなかった。ただ、胸の奥が温かくて、それなのにどこか切なくて。
「……ごめんね、スグリ。なんでもないの」
「でも……」
スグリがなおも不安げに見つめていると、ふいに後ろからミラウの声がした。
「エミリィの目、綺麗だね」
「……え?」
エミリィが戸惑いながらミラウを振り返ると、彼は柔らかく微笑んでいた。
「本当に綺麗だよ。まるで星が浮いてるみたい」
「……星?」
エミリィは驚いて瞬きをした。ミラウはポケットから小さな手鏡を取り出し、それをエミリィに差し出した。
「見てみる?」
エミリィは戸惑いながらも、鏡を受け取る。そして、恐る恐る鏡を覗き込んだ。
「……!」
そこに映った自分の瞳に、エミリィは言葉を失った。暗いはずの瞳の隅に、微かに光るものがあった。それは星のように静かに瞬いている。
「これ……」
エミリィはもう一度、目をこすった。しかし、光は消えない。
(……何、これ……?)
スグリがエミリィの顔を覗き込むようにして、小さく呟いた。
「エミ姉……それなに?」
「……分からない」
エミリィはそっと鏡を閉じた。
(この瞳は……一体何なの?)
戸惑いを隠せないまま、エミリィは静かに息を吐いた。