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第四話 ようこそ

冷たい朝の光が路地裏に差し込み、エミリィとスグリを包み込んだ。二人は寄り添うように、まだ寒さの残る空気の中で静かに過ごしていた。スグリの体温がエミリィの肩に伝わり、ほんの少しの安心感を与えてくれる。だが、心の中にはまだ、あの悪夢のような声がこだましていた。決してそんなことにはさせない、とエミリィは再び心の中で誓う。スグリを守りたい、その一心で。


「エミ姉?」


スグリの声が、ぼんやりと眠そうに響く。エミリィは少し顔を上げると、スグリがまだ目をこすりながら、眠そうにこちらを見つめていた。


「どうしたの?」


「……なんだか、すごく怖い夢を見た気がする」


スグリは少し困ったように首をかしげる。


「怖い夢?」


「うん……誰かが、わたしを……」


言葉を途切れさせるスグリの表情が一瞬固まる。何かを思い出したかのように、彼女は目を伏せた。


「……あれは、ただの夢だよ」


エミリィはそう言いながら、スグリの肩を軽く撫でた。


「うん……そうだね」


スグリは小さく頷き、その後、しばらく黙ってエミリィに寄り添っていた。二人の間に流れる静かな時間。だが、エミリィは心の中で迷いが晴れないのを感じていた。


「エミ姉、わたしたち、これからどうすればいいんだろう…」


スグリが不安そうに聞く。エミリィは少し悩んだ後、小さく息を吐く。


「……分からない。でも、きっと、わたし達なら大丈夫だよ」


スグリはほんの少しの間、黙っていた。やがて、静かに頷くと、エミリィの胸に顔を寄せてきた。


「うん、そうだね。わたし、もうひとりぼっちじゃない」


その言葉を聞いて、エミリィの胸が温かくなった。スグリが微笑んだその瞬間、エミリィはようやく心の中に少しの希望を感じることができた。


(わたし達は、きっと大丈夫)


そう思った。だが、その思いを胸に抱いたまま、エミリィは突如、視界の隅で何かが動くのを見逃さなかった。


「……?」


一瞬のうちに、エミリィは立ち上がり、周囲を警戒するように見回した。スグリもそれに気づき、身をこわばらせる。


「エミ姉……?」


「……誰か、いる」


その時、路地裏の奥からかすかな足音が聞こえた。誰かが近づいてきている。だが、視界の中にはその姿を捉えることはできない。エミリィはスグリを守るために、一歩前に出る。その身をかばうように、スグリが後ろに隠れる。


「……来る」


エミリィは低い声で呟き、立ち尽くしていると、路地の奥からその影が現れた。


「……お嬢ちゃんたち、こんなところで何してんだ」


暗闇の中から現れたのは、粗野な声の男たちだった。少し荒れた服を着た者たちが、エミリィとスグリに向かって近づいてくる。彼らの目は、明らかに二人を狙っている。


「2人だけか……」


その言葉に、エミリィは身構える。スグリを守らなければならない。心の中で何度も繰り返しながら。


(でも……こんな男たちに、どう立ち向かえば……)


「何も、持ってないよ」


エミリィは冷静を装って言った。だが、男たちはその言葉に笑いながら、さらに近づいてくる。


「知ってるか?アルビノは高く売れるんだよ」


男の一人が手を伸ばし、スグリの腕を掴んだ。スグリの長い耳が怯えるように垂れるのが見える。その瞬間、突然背後から声が響いた。


「その手を放せ」


エミリィが振り返ると、見知らぬ少女…少年?が立っていた。彼は女性的な顔付きで、何かの力を感じさせる雰囲気を持っていた。その手に緑色の光を灯し、周囲の空気をぴんと張り詰めさせる。


「さっさと消えろ」


ミラウの声は冷徹で、ただの脅しとは違った。男たちは一瞬、驚きと戸惑いの表情を浮かべる。


「誰だお前?」


「面倒を起こしたくないだろう。今すぐ、どこかへ去れ」


ミラウが一歩踏み出すと、男たちは一気に後ろに退いた。彼の周囲から発せられる緑の力が、まるで風のように彼らを押し返していた。男たちはしばらく黙った後、ひとりが呟いた。


「クソ、覚えてろ!」


男たちが去ったのを見て、エミリィは肩の力を抜き、ようやく深呼吸をすることができた。まだ心臓がドキドキと高鳴っているが、スグリの手をしっかりと握りしめながら、彼女はふと振り返った。


「た、助けてくれて、ありがとうございました…」


ミラウは微笑み言った。


「気にしなくて大丈夫。ちっちゃな子が危ない目に遭ってるのを見過ごせなかっただけだよ」


その優しい言葉に、エミリィは思わず心が温かくなるのを感じた。彼の優しさが、まるで冷え切った体に暖かい毛布をかけてくれるようだった。


「でも、どうしてここに?」


ミラウは少し考え込み、やがて答えた。


「ちょうど近くに用事があってね」


エミリィはその偶然に感謝しつつ、ふと考え込む。今まで誰も自分たちを守ろうとしてくれなかった。でも、この人は違った。少しの勇気で二人を守ってくれた。


「ありがとうございます、本当に。でも、私たち、どうしたらいいのか…」


スグリの言葉がエミリィの心に響いた。二人には行く場所も、頼れる人もいない。そんな不安が胸に広がった。ミラウはそれを察したのか、少し考えてから言った。


「2人とも、もしよかったら僕のところで暮らさない?僕の家はここよりは広いし、食べるものもある。危険な場所にいるより、安心できる場所にいた方がいいでしょう?」


その言葉に、エミリィは驚きと感謝の気持ちが入り混じった。


「本当に、いいんですか?」


「もちろん。僕も君たちがどうしてこんな危ない場所にいるのか分からないけど、少なくとも僕の家なら、安心して暮らせると思う」


その言葉にエミリィは目を潤ませた。今まで、どこにも頼れる場所がなく、ただ一人で生きるしかないと思っていた。しかし、ミラウがそんな自分たちを受け入れてくれると言ってくれたのだ。


「ありがとうございます…」


スグリもその言葉を聞いて、エミリィに寄り添いながら小さく頷いた。


「わたしも、行ってみたい…」


ミラウは微笑んで頷く。


「それじゃあ、行こうか」


「…またな」


突然、耳元でまた風が鳴いた。思い出したようにエミリィが振り返ると闇が寂しげな雰囲気をまとっていることに気付いた。


「ここを離れるのは別にいい。だが、自分を無闇に傷付けるなよ。これは、私から、お前への最後の忠告だ。」


そう言うとその声はさっぱりと消えてしまった。


(…もう会えないのかな)


そう思いながらもミラウの案内で、エミリィとスグリは森の奥へと進んでいった。木々の間を抜けるたびに、街の喧騒は遠ざかり、代わりに静寂と風のざわめきが耳を満たす。道なき道を進みながら、エミリィはスグリの手をしっかりと握りしめていた。


「大丈夫?」


ミラウが気遣うように振り返る。エミリィは小さく頷いた。


「少し…不安だけど、大丈夫」


「良かった。もうすぐ着くよ」


やがて、木々の隙間から古びた家が姿を現した。木造の外壁は年月を感じさせるが、しっかりと手入れされている。屋根には花が生え、小さなランタンが軒先で揺れていた。


「ここが僕の家だよ。まあ、少し古いけど…」


ミラウは軽く肩をすくめながら扉を開いた。中から、ふわりと甘い草の香りが漂ってくる。部屋の中は広々としており、棚には乾燥させた植物が並び、奥には大きな木製のテーブルが置かれていた。すると、部屋の奥から重い足音が響いた。


「……あぅ……」


薄暗い影の中から現れたのは、背の高い少女だった。短い青色の髪をふわりと揺らし、両手を壁にそっと揃えている。彼女の肌は青白く、被っているおかしな形の帽子には札が貼られていた。


「ルト、ただいま」


ミラウが優しく声をかけると、ムルトルはゆっくりと顔を上げた。


「……おかぇり」


言葉にならない声を漏らしながら、ふらふらとミラウに近づき、じっとエミリィたちを見つめる。その大きな瞳には、不思議な温かみがあった。


「この子たちは…えっと…」


「え、エミリィです!こっちは妹のスグリ…!」


ムルトルはゆっくりと瞬きをし、それからぎこちなく頷いた。


「……ようこ…そ……」


短い言葉だったが、その声は優しく、どこか安心感を与えるものだった。スグリは少し驚いたようにエミリィの袖を握りながら、小さく呟いた。


「……おっきい……」


ミラウはくすっと笑い、屈んだムルトルの頭を軽く撫でた。


「ムルトルは大きいけど、すごく優しいんだ。自慢の妹だよ。あ、僕も名乗ってなかった。僕はミラウ!」


ムルトルはゆっくりとエミリィとスグリの前に膝をつき、少し考えるようにした後、そっと手を差し出した。


「……なかよし、ね?」


それは不器用ながらも、精一杯の歓迎の意思だった。エミリィはその手を見つめ、やがて自分の手を重ねるように握った。


「……よろしくお願いします」


「…うん!」


ムルトルは満足げに、にこりと微笑んだ。

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