贄の亡くしもの
僕は死んで復活した。
復活したら、ちょうど僕のお腹の上に綺麗な目玉が載っていた。
今回の僕の物語はそこからいきなり始まってしまう。
わかりずらくて皆ごめん・・・。
僕は遺跡に住んでいる。
住んでいるというより死んでいる。
ずぅっと昔にどこかの王様か何かと一緒に死んだらしい。
というより一緒に死なされたらしい。
でも僕にその記憶は全くない。
そもそも僕の事も記憶にない。
死んだ時に記憶だけ先に逝ってしまったらしい。
薄情な僕の記憶…。
そう…僕は長らく死んでいた。
けれどここ最近僕の周りは騒がしい。
始めは確かどかんとどこかで音がした。
その後、入れ替わり立ち替わり色んな人があちこち撫で回したり、
道を敷いたり縄を張ったりしていった。
それからしばらくすると昼間は多くの人が訪れるようになった。
縄の周りから僕をちらちら見ている感じがした。
それと一緒に僕のいる箱の中にお金がポンポン投げこまれていった。
どうしてかはよくわからない。
でも一つ、また一つ僕の箱にお金が投げられていく度に僕は僕らしくなっていった。
今日の昼間……あのお金が僕の箱に入った時…あぁ……僕は僕になったなって感じがちょっとしたんだ。
でも、何だか眠くて僕はそのままうとうとしてた。
お日さまの感じはどうしようもなく眠くなるんだ。
そう思ってたらお月さまが出た。
僕の寝ている箱に丁度良い感じに白い光が差し込むんだ。
そうすると僕の頭はすっきりしてくる。
今日はいつもより何だか軽くて
気が付いたら身体を起こしてた。
本当にびっくりした。
いつも僕の目の前は天井ばかり。
そこに描かれた人の頭の数ばかり目で追っていたから、いきなり見た事もない世界が目の前に広がって僕は驚いた。
天井の絵の続きが少し先の壁に描かれていた。
暗くてよく見えないな。
あ、でもだんだん目が慣れてきた。
ふぅん……よくわからない白い獣が沢山戯れてる。
それが天の人の頭に向かって威嚇してるみたいだ。
………変な絵。
そう思った時だ。
僕は視線を感じだ。
おかしいな……夜は人が来ないのに。
僕の周りをキラキラ光る銀貨達。
きっとどこかの偉い人や尊い獣が刻まれた銀貨達。
皆一様に僕を見つめていた。
それにしても……君達はどうしてそんなに苦しそうな顔をするんだい?
僕が苦しいの?と口にしても皆硬貨の中で震えるばかりで何も言わないし。
困ったな……きらきら光ってると思ったらそれが涙な子もいるよ。
と、思ったらそれを見つけた訳で…。
見つけたというより見つめ合った感じ。
あ、ちょっぴりどきっとした。
何だろこの気持ち…。
この子はもしかして女の子?
まん丸の小さな目玉。
本物じゃないよ、偽物の目玉。
真珠の様に仄暗く光る白石と深い森の奥の静かな湖みたいに澄んだ蒼い石で造られた小さな目玉。
でもこの子は僕の事を嫌いらしい。
瞳の色がそうだと言ってる。
悲しいな……僕は少し君が素敵だと思ったのに。
そぅっと優しくつまんでみる。
もしかしたら痛いかもしれないからね。
温かくも冷たくもない小さな目玉。
何だかとても愛おしくなった。
でもこの子は僕を睨んでいる。
そんなに睨まないでほしいんだけどな……。
僕は声を上げてみた。
「誰か!誰かいませんか!!
この子の持ち主はいませんか?!
この子を知っている人はいませんか?!!」
昼間の人間達と違って、僕の言葉は空気を震わせない。
どうなんだろ……これで誰かに聞こえてるのかな??
少し不安に辺りを見ていると遠くで小さな声がした。
僕と同じだ。
空気が震えない、音に聞こえない声。
でも僕にはよく聞こえた。
だから彼を目で探していた。
うん……とりあえず見える所に彼はいないようだ……。
ここから出て探してみようか。
僕は、箱に手を掛けた。
指を折るたびにきしきしと震えが来る。
じゃらじゃらと銀貨の海が雪崩を起こす。
銀貨の面に浮かぶ幾つもの顔がざらざらと流れて行った。
それにしても随分投げ込まれたものだ。
どうやら立てそうな感じがする。
よし。
あれ、何か左足が重いな。
ん?この……それっ!
ぱきりと不思議な音がした。
あぁ……これはまずい。
銀貨を掻き分けて見てみれば僕の足が折れてるじゃないか。
あぁ……これか……。
僕の足首には、赤茶色の太い枷が嵌めこまれていた。
そこでぶらりと僕の足は折れている。
遠くで僕を呼ぶ声は今も聞こえている。
「もうちょっと待っててよ。
今僕の足が折れてしまって…見たら足首に枷が付いていて……。
どうにも動きが取れないんだ。」
僕は彼に応えた。
ん?
じゃりじゃりと変な音がする。
折れた足がどうにも重いな。
見れば僕の折れた足の上にはこんもりと銀貨の小山が出来ていた。
ざりざりざりざりと昆虫か何かのように僕の足に集まっている。
「何してるんだい?」
声をかけても銀貨達は何も言わず小山を作る。
ん~~もしかしたらこの子達はしゃべれないのかな…?
動く事も出来ない僕は、とりあえずぼんやり銀貨の動きを眺めていた。
この子達は何がしたいんだろう?
そう僕が思っていると、突如銀貨は動きを止めて、まるで意思を失くした物のようにざらざらと崩れていった。
僕の折れた足が露わになる。
見れば赤錆びた枷が崩れていた。
「君達が外してくれたの?」
銀貨は尋ねてもやっぱり何も言わなかった。
でも見ればよくわかる。
皆歯がボロボロだ。
「ありがと…。」
僕はそっとお礼を呟くと作り物の目玉を持って箱の中から外へ出た。
足が折れてるからうまく立てない。
僕はすぐにその場で転んでいた。
その拍子に僕の手から目玉が転がり落ちていく。
待って。待って。行かないで。
僕は両手で何とか僕のいた箱の台座からずり落ちた。
手首でじゃらじゃら鳴る腕輪が邪魔で邪魔でしょうがない。
僕が死んでから誰かがわざわざ付けてくれたものなんだろう…。
でも、こんなに幾つも付いていちゃとてもじゃないけど動けない。
僕は邪魔な腕輪を外して進んだ。
あぁ、この大きな宝石の付いた指輪も良くないな。
僕は指輪も全て外して進んだ。
随分身軽になったような気がする。
それでもこの裾の長い服が邪魔な事には変わりないんだけど…。
今は代わりの服もないし。
さすがに裸というのも恥ずかしいし…。
僕は僕のいた箱の台座からやっと地面まで辿り着いた。
一つ一つきちんと組み込まれた石の床のわずかなすきまに目玉が挟まってこちらを見ている。
ごめんごめん。もしかして痛かったかい?
わざとじゃないんだ。
つい足が折れてる事を忘れてたんだよ。
だってそうだろ?
普通足は立つ時折れてないんだから、ね?
僕がいくら弁解してみても、彼女は機嫌を損ねたままだった。
……でも彼女は始めからこんな目をしていたんだよね。
別に今の事を怒ったのじゃないのかも…。
くぐもった声が僕を呼ぶ。
あぁ!そうだった。
君だった。
忘れてたよ。
でももうちょっと待ってくれないかな。
君の所に行きたいんだけど、この通り立てないんだよ。
何か杖のようなものがあるといいんだけど……。
僕は辺りを見渡した。
あぁ、あれでいいじゃないか。
少し大きいものだけれど。
握るのには丁度良い燭台が立っている。
僕の台座の両端には燭台が立っていた。
どっちにしようか。
とりあえず僕は始めに目に入った左の燭台に向かって這っていった。
死んでるから。
特に息も上がらないし足が擦れて痛いとかもないんだけど。
死んでるから。
どうにも身体に力がちゃんと入らないみたいで、這っていくのに時間がかかる。
死んでても生きてても、動くって事は大変みたいだね。
獣の飾りがついた燭台。
随分造りが細かいな。
しっかり金で塗ってある。
本物なんだろうな、きっと。
それにしてもこの燭台の足。
どうにもデザインが良くない。
どうして人の顔が付いてるんだろう。
顔だけならまだいいよ。
でもその顔が大口開けて地面に噛みつくみたいにしてるのは、綺麗じゃないよ。
しかし文句をいっても始まらない。
とりあえずこの顔が僕の足の代わりになるんだから…。
僕は燭台に捕まり立ちした。
うん、何とか立てる…。
でもこの燭台結構重い。
この僕の死んだ腕で持ち上げる事が出来るのか――――
僕は燭台を押し倒すようにして一緒に倒れていた。
あぁ……駄目だった……。
ん?でも半分位に折れてくれた。
これなら僕でも使えるかも……。
僕は折れた燭台を見た。
気持ち悪い顔のついた土台と気持ち悪い顔の付いていない燭台部分。
もちろん僕は燭台部分を選んだ。
うん、これなら軽い。
これならゆっくり歩けるよ。
くぐもった声が呼んでいる。
あぁ、今行くよ。もう行けるから。
ん?あれ??あの子は?
あぁ!!地面に落としてた!!
ごめんごめん。
う~~んでも困ったな、僕の両手は塞がってるし……。
悪いけど君、口に入れておいてもいいかな?
僕は僕を睨む目玉を口に入れて歩き始めた。
変なの…・…この子を口に入れてるとあったかい感じがする。
あったかさとか、僕まだわかるんだ。
変なの……。
かつんかつんと僕は音を鳴らして遺跡を進む。
繊毛の絨毯の上をおぼつかない足取りで。
一人仄暗い灯りに照らされながら、薄ぼんやりとした頼りない影法師を引き延ばして。
巨大な石造りの箱の群れ。
獣や草木を模した宝石達。
おそらく一度も使われていない豪華な食器や武器達。
それが埃で薄汚れた硝子の箱に綺麗に収められている。
どうしてだろう……。
僕は何も感じない。
きっと僕は生きていた時、こうしたものを良く見ていたはずなのに。
懐かしさとか、そういった昔の僕につながるものを何も感じない。
それを感じない虚しさすら感じない。
本当に今の僕は空っぽだ。
くぐもった声は蛇の形をした焼き物の中からだった。
蛇の置物の周りには、兎や犬、魚や鳥など沢山の生き物の形をした焼き物が置かれている。
でも声を上げているのは蛇だけだった。
幸い硝子の箱に入っていない陶器達。
縄を張られた向こう側の地面に所せましを置かれている。
僕はゆっくり縄をまたいでその子の元へ向かった。
あぁ…駄目だ。うまくいかない。
僕は蛇の置物の周りに置かれている陶器達を折れた足でがちゃがちゃと
払い壊していた。
割れた陶器は全て中が抜けていて皆黒っぽい干物みたいなものが覗いている。
どうやら陶器の形をした生き物だったものが入っているみたい。
僕は蛇の前に腰を下ろした。
そっと蛇を両手で持ち上げる。
ちょうど蛇がとぐろを巻いてにゅっと顔を上に出しているような形。
蛇はむごむごと何か話していた。
「僕は来たよ。」
蛇は何か言っている。
でもやっぱりくぐもっているから聞こえない。
………いいのかな?
蛇の声はわからない。
……・仕方ないよね…。
僕は両腕を上に上げて蛇を地面に叩きつけていた。
石造りの遺跡に乾いた陶器の音がわずかな木霊を残して響き渡る。
僕は不思議なものを見た。
僕に目があったのなら、きっと大きく見開いていたに違いない。
砕けた陶器の中から、生きた薄緑色の蛇がにゅるにゅると現われた。
ちろちろと覗く紫色の舌。
つぶらな黄色の瞳。
僕が壊した茶色の干物とは全然違った。
「ありがとぉ~。」
蛇はのんびりと僕に呟く。
逃げるでもなく、僕を見つめてそこにいる。
「君、変だよ。どうして?
ずっとこの中にいたんでしょ?
死んでないの?」
僕は呟いた。
蛇はしるしると笑っている。
「変な事を言うねぇ、シルト。
死んでるにきまってるよぉ~。
こんなせまっ苦しい中に餌も無くて
どうやって生きていけるというの~?」
それはそうだ。
もっともだ。
でも待って……何?
僕の事をシルトといったよね?
それって僕に言ったんだから僕の事だよね?
じゃあ…僕って……
「僕……シルトって言うの?」
「貴方がシルトじゃなかったら、誰がシルトだっていうのぉ~。」
蛇が身体をくねらせる。
僕をからかうような動きだ。
うん、たぶんからかってるんだろうな。
でも言ってる事に間違いはなさそうだ。
「まぁこれだけ贄がいれば、一人くらいシルトっていうのがいるかもだけどねぇ~。」
「でも有名なシルトは貴方だけなんじゃない?」
小さな、かわいい黄色の瞳が僕を笑う。
この子は僕の事を知ってるんだ。
今も…そして僕が生きていた時の事も……。
「覚えてないなら思い出さない方がいいと思うよ~。」
蛇が僕の聞きたかった事に蓋をした。
僕は開けた口をそのままにするしかない。
……この子意外と賢い。
「つまり思い出したくないんだろうし~~。」
「……うん、そうだね。」
僕は蛇の言葉に頷いていた。
素直に頷けた。
変だけど……。
僕は自分の事にそれ程興味がなかった。
自分の心が空っぽでも、それに不安を感じる気持ちすら湧いてこなかった。
むしろ僕は自分の事より。
今この口の中にある温かい瞳の事が気になっていた。
ちょっとした僕の恋心と好奇心。
それがからっぽな僕の中に小さくあった。
「ところでなんだけど、君はこの子を知ってる?」
「うん、知ってるよぉ~。」
蛇は僕が口から出した青色の瞳に瞳を映した。
「よっく……よぉく知ってるよぉ。
シルトの棺を覗いてそれからまた歩っていったもの。」
「あっちにね~。」
そう言いながら蛇は暗く続く回廊の先をその細い黄色の尾で差し示した。
僕もそちらへ目を向ける。
けれどすぐに蛇に目を向けた。
「君はこの子の持ち主がわかるんだよね。」
「わかるね。」
「でも僕はわからないんだ。
だから君がついてきてくれると嬉しいんだけど。」
「…・…いいよ?
特にやる事もないしね。」
「本当かい?
ありがとう。」
「じゃあ、行こうかぁ。」
そういうや蛇はとぐろを解くとするすると器用に陶器を避けて縄の外へと動いて行った。
僕もあわてて瞳を口に入れると燭台を掴んでその後を追った。
また幾つかの陶器をがしゃがしゃと壊す僕。
ごめんね、皆。
蛇は僕の前を往く。
するする音もなく前を往く。
一方の僕はというとがつがつ燭台を鳴らしてざらざら折れた足を鳴らして何とも
騒々しい。
「ねぇ…君の名前は?」
「名前?無いよぉそんなの。」
「ないの?」
「無いよぉ。君らとは違うもん。」
「違うとないの。」
「う~~ん。
とりあえず僕らの間には無いねぇ。
僕らは君らと違って自分がわかるから。
言葉で自分を表さないでもダイジョブなんだよ。」
「ふぅん。
じゃあなんて呼ぼう?」
「蛇で良いんじゃない?
僕は蛇なんだし。」
「そっか。
じゃあ蛇って呼ぶね。」
「うん。」
名前が無いなんて変な蛇。
それでどうしてうまくいくんだろう。
でもそれでうまくいくなら楽だろうな。
名前を覚えないんで良いんだし。
「ねぇ!蛇。」
「何だい?」
「君はあの中で何をしていたの?」
「何も何も死んでたんだよ。
殺されたの。
生きたままあの中に入れられてねぇ~。
苦しかったよぉ。
怖かったよぉ。
しかも中々死なせてくれないんだよぉ。
口の辺りに空洞があったから。
息が出来ちゃうんだ~。
どうせ殺すならさっさと殺してくれればいいのにさぁ。
悪趣味だよねぇ。」
「どうしてだろう?」
「どうして?それが供物の「しきたり」だからだってぇ。
おかげで真っ暗で身動きもとれなくて。
お腹がどんどんすいてって死んだんだよ?
本当死ぬかと思ったよぉ~~。」
「それは大変だったね。」
僕は心の底から蛇の最期に同情した。
蛇がしるしると舌を鳴らす。
どうやら笑ってるみたいだ。
何で笑ってるんだろう?
僕変な事言ったかな?
「どうして笑うの?蛇。」
「だってシルトが大変だったなんていうんだもの。」
「それが笑う事なの?」
「うん。笑う事だねぇ。」
蛇は機嫌よさそうにまだしるしると笑っている。
僕にはさっぱり可笑しい所がわからない。
何だろう?
蛇と人だと面白い所が違うのかな?
僕は蛇の面白さがわからなかったけれど。
まぁ大変だった蛇が楽しく笑えているのならそれはそれでいいかと思った。
「おやぁ?
変な所に行ってるねぇ~。」
蛇はそういうと繊毛の絨毯から外れて石畳を上を滑りだした。
蛇の進む先には巨大な群像が並んでいる。
茶褐色の岩で出来た巨像だ。
みんな胸の前や体の横で、武器を持っている。
この遺跡を守る為に作られた兵士達なんだろう。
一つとして同じ顔がない。
一つとして同じ装飾がない。
もしかしたら、実際にいた人達を真似て作ってあるのかも…。
蛇は一つの巨像に近づいていった。
鼻のやや尖った青年兵士。
細身の剣を胸の前で構えている。
両腕に走る獣の刺青。
ん?これって僕が死んでた所の壁の白い獣じゃないかな?
何だろう。
どうもこの遺跡の人達はこの獣が好きみたいだ。
あ、左耳が欠けてる。
あ、本当に欠けてる。
元々欠けたように作ってるんだ。
「ほらここにいたよ。
シルト。来てごらん~。」
蛇の言葉に僕は近づく。
青年像の後ろの隙間。
青年像の台座の後ろに空いた壁との隙間。
僕でも十分通り抜け出来そうな大きな隙間。
そこにその子はいた。
やっぱり女の子だ。
うつぶせに倒れてる。
おしりまでありそうな黒くて長いくしゃくしゃの髪。
草編みのごわごわした服だ。
全然良いものじゃない。
まるで奴隷みたいな感じの服だ。
裾が太ももまでしかない。
細い二本の足がこちらに向けて投げ出されてる。
この岩よりも深い茶色の肌だ。
まるで何かに怯えて隠れるように倒れ込む女の子。
僕はそっと声をかけた。
「大丈夫?」
「ッ……!」
女の子は肩をびくりとさせた。
びっくりする位素早く僕に向き直る。
うん、びっくりした。
でもそれより何より女の子の顔にびっくりした。
だって目が一つもないんだもん。
女の子は小刻みに顔を動かしてる。
きっと辺りの様子を窺ってるんだ。
でも幾らそうしても目が見えないから。
たぶんきっと怯えてるんだ。
女の子は自分の身体を掻き抱きながら巨像の隙間へと後ずさりした。
僕はとっさに女の子の腕を掴んでいた。
女の子はびくりと震えて声なき声で悲鳴を上げた。
声なき声。
けれど僕の耳にはよく聞こえていた。
胸が引き裂かれるような悲しい声だ。
「怖がらないで!
ほら!君の目だよ。
これでもう怖くないよ。」
僕は口から目を取り出すと女の子の手にそれを載せた。
女の子が叫びを止める。
強張っていた身体の力も抜けていく。
ゆっくりと、自分の手の中にあるものを指先で確認していた。
何度も何度も確認していた。
女の子の口がわずかに開く。
「ありがとう・・……。」
僕は思わずどきりとした。
女の子は自分の左目の空洞に丁寧にそれを埋め込んだ。
漆黒の睫毛に彩られ作り物の瞳は命を宿す。
でも、何だか変な感じ。
確かに綺麗なんだけど…。
何だろう。
この子の漆黒の肌と黒髪にあまりこの目は合わないというか…・・。
「ありがとう……よく見える。」
片目の女の子が不器用に微笑む。
何だか見つめられると恥ずかしい。
「それ本当に君の眼?」
女の子に顔の事を尋ねるのは失礼かもと思ったけど僕は好奇心に負けて尋ねていた。
女の子が悲しそうに首を横に振る。
あぁ…そうして目を伏せている方がこの子らしく見える。
やっぱりこの子の目じゃないんだ。
「私の目は死ぬ少し前に盗まれたの。
それを探して歩ってるの。」
「盗まれた?それは酷い。
一体誰がそんな事を……?」
「……わからないの。」
「王様だよ。」
女の子と蛇は同時に答えていた。
僕と女の子は蛇を見た。
蛇はぱちぱちと瞬きをしてこちらを見ている。
「王様…。」
僕と女の子は同時に呟いていた。
何だかとっても恥ずかしい。
僕は少し照れていた。
見れば女の子も照れている。
何だろ…何だか少し嬉しい気分。
「人は随分忘れっぽい生き物なんだねぇ~。
本当に覚えてないの?
君もシルトも王様に大切なものは盗られちゃったんだよ?」
「僕も……?」
僕は僕も何かを盗まれているという事実に驚いた。
蛇は蛇でそれに気付いていなかった僕に対してとっても驚いた。
「えぇ!
何言ってるの?シルト??
君は自分の大切なものが盗まれている事にも気づいてなかったの?
信じらんないよ~。」
蛇は頭を左右に振って叫んだ。
僕は何だか気まずい気持ちになった。
確かにそれが本当だとしたら信じられない。
自分の身体のどこかが無いのに気付いてないなんて。
いくら死んでるからってそれは問題だ。
僕は自分の身体を考えた。
一体どこが無いんだろう?
見た感じどこもちゃんとそろっている。
まぁ足は折れてしまってるけどそれはさっき僕がした事だし。
もしかして僕も目かな?
僕は自分の瞳に触れてみた。
ちゃんとある。
というか僕まだ瞳があったんだ。
瞳がある?
変だな…。
あれ?変なのはそれだけじゃない。
爪も肌もちゃんとある。
まるで生きた人間みたいに僕の身体はちゃんとある。
すごい。
てっきり骨と皮だけだと思ってたのに…。
どうしてこんな身体に…。
あ、それより僕の身体の大事なもの。
そんなものどこにもないよ。
鼻も口もあるし耳もある。
指も足も揃ってるのに他に何が足りないっていうんだろう。
蛇があきれ顔で僕を見ている。
そんな顔されても僕だって困るよ。
でも、本当にわからないんだ。
そうこう僕が自分の身体を撫で回していると、片目の女の子が僕の口に手を近付けた。
「え…?」
呟く僕の口に手を差し込むと女の子はまた手を引き抜いていた。
何……?
僕はそう言ったつもりだった。
言えるつもりだった。
けれど何も言えなかった。
元から声なき声しか話せないけど。
それも出来ていない事が僕にはわかった。
何が起きたのかわからない。
僕は混乱した。
この子は僕に今一体何をしたのだろう。
僕は女の子の指先のものを見た。
僕は知った。
女の子は楕円のクリスタルの塊を持っていた。
僕は自分の口の中に手を入れる。
あぁ、なんてこった。
こんな大事な事に今まで気づいていなかったなんて。
蛇の言うように信じられないや。
僕は王様に舌を盗まれていたらしい。
女の子は僕にクリスタルを手渡す。
僕はそれを口の中に置いた。
あ、あ、あ。
僕は声なき声を出してみる。
あぁ、話が出来る。
よかったよかった。
「王様のお墓はどこにあるの?」
僕がほっとしていると女の子は蛇に尋ねていた。
蛇はその尻尾の先を口の辺りに添えて考えるようなそぶりをした。
何だかとても個性的な蛇だ。
「残念だけどわからないんだ。
ごめんねぇ。」
「そう……。」
女の子が肩を落として呟いた。
ひどく残念そうだ。
僕は自分の舌がなくても気づかない位平気なのに……。
何だかとってもかわいそう。
まぁ僕の場合見えない所だし。
女の子で顔のものが盗られたんじゃ必死になっちゃうんだろうな。
「じゃあ、一緒に探そう。」
僕は女の子を助けたくなった。
どうしょうもなく助けたくなった。
どうしてなのかよくわからない。
自分の事もわからない僕が何かをわかるはずもない。
だから考えても仕方がない。
ただこの気持ちは本当だから。
僕は僕の思ったとおりに動いてみる事にした。
女の子は作り物の蒼い瞳で驚いた眼をして見せた。
あ、そういえばさっきまで僕の事嫌い嫌いと言っていた目玉なのに今は全然そんな感じが
しない。
綺麗だけど歪な作り物の瞳。
それでもこの子はとても可愛い。
「本当?」
「うん。」
「ありがとう。」
「うん。」
僕は女の子の目を探す事にした。
「まぁここはその王様の遺跡だし。
きっと探せばすぐ見つかるよぉ~。」
蛇も女の子の目を探す事にした。
僕と女の子と蛇は薄暗い遺跡の中をぼんやりと進む。
女の子も僕と同じで自分が殺された事しか知らなかった。
突然目が覚めて自分の目が自分のものでない事に気づいたらしい。
けれど蛇が女の子の名前を知っていた。
女の子はイハンという名前らしい。
イハン、イハン。
女の子は何度も自分の名前を舌の上で転がしていた。
僕もわかるな、その気持ち。
僕もシルトが自分の名前だなんてまだ信じられないから。
片目の少女イハン。
イハンは始めから片目しか無かったらしい。
黒髪の下の右目の部分にはほっぺたそのままの滑らかさで肌が続いている。
その上には水華の朱い刺青が刻まれていた。
蛇はよくものを知っていた。
この遺跡はとても欲張りで残酷な王様のものらしい。
王様は何でも欲しがった。
お金も国も人も。
人の優れた部分も。
欲張りな王様の遺言で王様ははまるで髪飾りや腕輪でも付けるように、人の優れた部分を
身につけて棺に納められたらしい。
生まれ変わった時、その部分を始めから身につけていられるように。
随分勝手な話だと僕は思った。
どれだけ僕の舌が良いものだったのか僕は知らない。
でもこんなクリスタル一つに代えられるようなものじゃ絶対なかったはずだ。
蛇の話を聞いてやっと僕も女の子のように自分の舌を取り戻したくなってきた。
蛇も蛇でかわいそうだった。
蛇は王様が生き返った時の為に供えられていたらしい。
いつ生き返るかわからない王様の為に。
そこで決して終わる事の無かった多くの命。
それが王様の都合で殺された。
僕はイハンの瞳にはっとした。
始めに僕を見ていた時のあの色がその瞳の中に宿っていた。
そうだよね、イハン。
君も本当はそこで死にたくはなかったんだよね。
僕はイハンの瞳に同情した。
でもどうしてだろう。
僕は僕の為の怒りをどうしても感じない。
遺跡を進むと声なき声があちこちから囁かれた。
どこへ行くの?
シルトだ。
どうして動けるの?
足が折れてるよ、大丈夫?
様々、色々、思い思いに言葉が紡がれる。
僕らは声を聞くたびに王様のお墓の在りかを尋ねた。
けれど皆よくわからないと答えていた。
王様?
僕達を殺した王様??
さぁ、何処にいるんだろうね?
僕達は王様より後に供えられたから王様が何処へ行ったか知らないよ。
皆が皆口々に言う。
そっか、王様は先に何処かに運ばれてきたんだ。
「大丈夫だよ~。
ここに道を敷いた人達がきっともう見つけてくれてる。
この道をたどっていけばきっと見つかる。」
蛇が僕らを勇気づける。
うん、そうだよね。
この道をずっと辿ればきっと見つかる。
ただ太陽が出る前に見つけらればいいんだけど…。
日の光はどうも眠いし、人も沢山やってくるから。
僕らがさ迷ってどれくらい経っただろう。
いかにも王様の棺らしきものが巨大な広間の真ん中に置かれていた。
僕の箱より全然大きな箱だ。
四方を鳥の鍵爪に支えられた巨大な金の箱。
縁取りに隙間なく紅玉と碧玉が埋め込まれている。
豪華だけどあまり好きになれない。
イハンが棺に向かって駆けだした。
僕はその後を燭台を付いてゆっくりと追う。
蛇が僕の横をするすると通り過ぎて行った。
イハンが棺に手をかけようとした。
でもうまくいかなかった。
それはとても巨大な棺で、小柄なイハンでは両腕を上に伸ばしてもその縁取りに手をかけ
る事も出来なかった。
イハンが何度も飛び跳ねる。
何度も何度も何度も。
自分の瞳を求めるイハンの後ろ姿はとても切ないものがあった。
「イハン。」
僕はイハンの隣りに並ぶ。
イハンは僕を見た。
作り物の瞳を通して、イハンの苦しげな気持ちが伝わる。
あぁ、少し空が白み始めた。
もうすぐ夜明けが来る。
そうしたら僕は動けなくなってしまう。
そうして沢山人が来てしまう。
僕は腰をかがめて片手を王様の棺についた。
もう一方の手で燭台を持ち身体を支える。
「イハン。
僕の背を使って。」
「シルト。」
「早く……日が昇る前に。」
「うん……。」
イハンは僕の背に足をかけた。
女の子にこういうのもあれだけど片足の折れて死んだ僕にとってイハンはすごく重かっ
た。
イハンが僕の背を膝をついて進むたびに骨がきしむ。
痛みが無いのがせめてもの救いだった。
ちょうどイハンが棺の縁に手をかけて、僕から棺に移ろうと力を込めた時、僕の足はまた
不思議な音を立てていた。
途端、僕は完全にバランスを失った。
あぁ、ついに右足も折れちゃった。
ついていた片手を軽く押す。
僕はなす術もなく仰向けに倒れていた。
「シルトッ!」
棺の上でイハンが僕を呼ぶ。
初めて見せる心配そうな顔。
初めて僕を想ってくれた顔。
うん、これが見られたなら足の一本くらい安いものだね。
「大丈夫。
それより早く瞳を取り戻して。
人が来る前に。」
「うん。」
イハンは軽くうなづくと棺の縁へと姿を消した。
「かっこいい~。」
蛇が僕の顔の所まで来て僕をからかう。
今では蛇の方が僕より上に顔がある。
やっぱりこうして上を向いているのが一番落ち着く。
今日は少し疲れたよ。
早くあの箱に戻って眠りたいな。
僕がそうぼんやり考えているとイハンが棺から飛び降りた。
危ない!
そう思ったけれどイハンは意外と身体が強いようで僕のように折れたりしなかった。
てんっと僕の隣りに綺麗に降り立つ。
イハンは僕の方を覗きこんだ。
「イハン?」
イハンの瞳はまだ偽物のままだった。
イハンがそっと何かをつまんだ両手を僕の前に見せる。
一つはつるりと水気のある漆黒の瞳。
もう一つは赤く塗れた肉の様なものだった。
「それは僕のだ。」
僕は呟いていた。
何故か目から涙があふれた。
悲しいんじゃない。
よくわからない。
悔しいようながっかりしたような、不思議な気持ち。
イハンが軽く僕に頷く。
「そう……シルトの舌。
今戻してあげる。」
そういうとイハンは僕の口の中に手を入れクリスタルを引き抜いた。
そして本来僕のものだった赤い舌を僕の口の中に入れた。
心臓も動いてないのに、僕は自分の身体が脈打つのを感じた。
そして僕は全てを知ってしまった。
そうか……だから僕はがっかりしたような気持ちになったんだ。
僕が僕で満たされていく。
「ありがとう…イハン。
イハンも早く自分の瞳を」
邪な僕の舌がイハンを唆す。
イハンはためらわず自分の瞳を本来在るべき所へ収めた。
イハンは大きく瞳を開き、そして僕を凝視した。
うん、それがやっぱり君の目だ。
よく似合ってる。
イハンの瞳がみるみる怒りに濡れていく。
怒りが滴となってその褐色の肌を流れ落ちる。
イハンはためらわず僕の首に手をかけていた。
勿論僕は死んでいるので苦しくない。
僕の舌ばかりが別の生き物のように言葉を奏でた。
「思い出したかい?
ごめんごめん。
でも仕方なかったんだよ。
王様が望んだんだ。
君の目が欲しいって。
王様が言うんだよ?
断れる訳ないだろう?
でもね。
幼馴染の君をずっと愛してたのは本当だったんだよ。
だけどそれより何より僕は地位と金が欲しかったんだよ。
ほらやっぱり仕方なかったんだよ。」
「何が仕方なかったの。
私だけじゃない。皆シルトの事を信じてたのに。
お兄ちゃんだって……おじさんだってシルトの言葉を信じて戦ったのに……」
イハンの指が僕の首に食い込む。
両腕が震える位、満身の力を込めて。
けれど僕の舌はむしろそれがくすぐったいかのようにころころと動いていた。
「困るな。僕は嘘は言ってなかったよ?
ただ少し僕の為になるように言葉に色を付けただけ。
でも僕だって結局このザマさ。
何でもかんでも舌が回りすぎたみたいだね。
今度はこの何でもたぶらかす僕の舌も欲しいとかいいだすんだから。
本当困った王様だったよ。」
「もう……死んで。」
「もう死んでるよ。」
僕の首がまた不思議な音を立てた。
三度目の正直。
あれ?意味がおかしいね。
でもいいや、もうそんな事。
僕はもう何かを考えて喋る必要はないんだから。
天井にくり抜かれた穴から朝日が差し込む。
満ち潮のように僕らに迫る光のベール。
僕とイハンはまるで風に吹かれた砂のように音も無くかき消えていた。
朝特有の白い静寂が訪れる。
その光の中で蛇が金色に輝いていた。
するすると光の中を進む蛇。
その先に青色の目玉が落ちていた。
朝日を浴びてキラキラと輝く作り物の瞳。
蛇はしばらく舌先でその瞳をつついていたが、そのままぺろりとそれを一呑みにしていた。
「ごちそうさま。」
蛇は一人しるしると静かに笑った。
はじめましてor見つかってしまいましたか(汗)
どぉもです、銃です。
銃と書いて「チャカ」と読ませます。
はっきり言って自分文変です。
最後までお付き合いいただいた方すみませんでした。
もし機会がありましたらまたよろしくです。
ではでは…。 銃.