昔話
ジン視点
辞書よりも分厚いファイルを1枚1枚捲っていく。
ブラッド内にいる全員分の顔写真や身長体重。
趣味や過去など、あらゆる個人情報が載っている。
スノードロップは優秀だ。
入社出来るのは中々に難しいと聞く。
その中でも〝四天王〟になるのは極限られている。
赫の覇者、藍の皇帝、翆の王者、黎の支配者。
試験は一年に一度あり、空きが埋まるまで募集を続ける。
基本誰でも参加出来る。
だが合格者が出る年の方が稀だ。
キーカードを使って開く扉が音を立てる。
「ただいまぁ」
「お帰りセイン」
「うぃ」
相変わらずの妹である。
薄い金髪に大きなつり目。
昔とはまるで違う。
あの事件から彼は少し。
本当は結構かもしれないけど変わってしまった。
あくまで表向きの面だけど。
キャスターが着いた椅子から立ち上がる。
ちょうどセインがガスマスクを外したタイミングで、彼の頭を撫でた。
冷たい。
「何だよ兄さん」
「よく無事で帰ってきたなと」
「こー見えても強いんだから」
口から笑いが漏れる。
「それもそうだな」
頭から手を離し、座っていた椅子に戻る。
後ろから可愛い足音も近づいてきた。
「今どんな感じ?」
「各々(おのおの)親交を深めているみたいです。にしてもセイン様、精神的ケアって」
フレアは感情が読み取りにくい。
妹曰く、そんなこともないらしいのだが。
彼は近くにあった丸椅子に腰を下ろした。
杉もそれに習って尻を引っつける。
「後から訴えられても困るじゃん」
それだけじゃないと、杉以外の俺と彼は思った。
意外と人情深い。
「訴えられるって……どこの心配してるんですか」
「社内の心配だよ〜。大体そーゆーのって負ける確率高くない?」
「そうなんですか?」
「多分ね。知らないけど」
そう言って勢いよく立ち上がり、高い音が鳴り響く。
「どこ行くんですか?」
杉がジトっとした目を瞬かせる。
「お菓子買ってくる。糖分補給は大事大事」
いつの間につけたのか、彼はガスマスク越しにニコッと笑った。
「なんかリクエストとかある〜?」
「じゃあクッキー。ジャムついてるやつね」
ここはちゃっかり乗っておこう。
「セイン様の好きなやつで」
「無効。杉は?」
「へっ」
彼はこういう時、遠慮をする。
暫く考えた後に、小さく口を開いた。
「グミがいいです」
「おっけ〜。すぐ戻る」
「セイン様、やっぱり俺も行きます。杉、頼んだ」
フレアは少しズレた眼帯を直し、彼の後を追った。
正しい判断だと思う。
モニターに視線を移す。
特に代わり映えはしない。
画面には2人の行動状況が映っているだけ。
「ねぇ杉。セインのこと……どう思う?」
何故だか急に聞きたくなった。
彼は目をパチリと開け、顎に手をつく。
「掴みどころがないなぁとは思うけど……あっいやぁうーん……」
「どうかした?」
妖怪は必死に悩み悩み、言いにくそうに口を開いた。
「その……四肢無神様って……誰が付けたんですか?」
なんだそれか。
「セインがつけたんだよ。ちょっと変わってるのかな。俺は思わないけど」
「えっ自分で!?」
椅子がガタッと音を立てる。
彼は純粋だ。
純粋すぎるが故に、壊れてしまわないか少々心配ではある。
「あれは確か……」
今から6年前。
普段は立ち入らない場所に脚を運んでいた。
3回ノックをして入室許可を待つ。
「兄さん?いいよ」
まだ一言も喋っていないのに分かるとは……。
勘が鋭いのか違うのか未だに知らずにいる。
扉を開けると、王冠を被った妹がいた。
「セイン、入社おめでとう」
手に持っていた箱を彼に渡す。
「ありがと兄さん。開けていい?」
「あぁ」
その時は確か手袋をしていなかった。
スポッと音が鳴り、花の香りが漂う。
花屋に行った時に見つけたボックスフラワーだ。
「おぉ。センス良い」
「何だその感想」
クスッと笑ってしまった。
そこに別の足音がコツンっと響く。
ガチャりと扉が言った。
「手ぇ無い!」
2人して振り返ると、少し暗い赤髪を1つに纏めている魔族が居た。
赫の覇者〝モスキート〟。
彼女は結構デリカシーがないことで、他の組内では有名だった。
けれど面倒見がよく、頼めば基本なんでもしてくれるらしい。
「お前新入りだよな!?大丈夫かよそれ……って冷たっ!」
「まぁ……見えないだけでありますからね」
「へぇ〜すっげぇな!あっお前の弟か!凄いな!」
モスキートはセインの手をがっしりと握り、眺めている。
圧が強い。
ちょっと苦手なタイプだな。
内心押され気味な俺とは違い、彼は繋がっている手を上に上げた。
「何か異名とかあるんですか?」
王冠が少しずれる。
「私か?たまに聞く噂では確か……魔王?だっけ?」
「鬼の魔王ですね」
「それだ!」
いきなり腕を掴まれて、短い悲鳴が出る。
それにセインが微かに笑った。
長い前髪で隠れた目が細くなっている。
「僕にも何か欲しいなぁ……あっ」
彼は手を伸ばし、ペンと紙を取る。
セインがいる場所と棚がある場所は40cmぐらい離れていた。
これを見ると、いたたまれない気持ちが体を支配する。
あの時傍にいれば。
もっと早く気づいていれば。
タラレバな後悔しか出来ずに拳を握り締める。
「出来た、」
紙には〝四肢無神様〟と書かれている。
俺は何となく不愉快だった。
「もっと他にもいいのがあるんじゃないか?」
「2人は四肢無って聞いて……どう思う」
冷ややかな双眸が俺達を捉えて逃がさない。
喉の奥が熱されたように声が出なかった。。
モスキートは胸を張り、力強く言葉を放つ。
「簡単に倒せそうだな!」
「だよねぇ……インパクトはあるかもだけど……それ以外何もなさそうだよねぇ」
ニヤリと口角が上がる。
誰に向けているかも分からない、嘲笑を含みに含んだ顔は昔と変わらない。
……怖い。
彼に眠る潜在意識が怖い。
「兄さん?どうかした」
ハッとして彼を見捉える。
表情はいつものように穏やかであった。
ゆっくりと視界に光を入れると、杉が口を開いた状態で固まっている。
そんなに驚く話だっただろうか。
「あの……おら全部の意味を汲み取れてないんですけど」
「つまり自分以外を欺くために付けられた異名ってことだね」
「おぉ……意味あるんですか?」
どうだろう、と言いかけて止めた。
意味と問われるとセインは違うと答えるだろう。
多分、彼は本来の〝藍の皇帝〟を知っている。
誰から聞いたか……。
あの神様しかいないな。
白々しくモニター画面には、変なものが混じっていた。
「これ、あの子じゃないか」
勢いよく立ち上がったせいで、キャスター付きの椅子が体から離れていく。
「あの子?」
あけおめ、ことよろ、やばたにえん
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【おまけ】
〝モスキートと話すセイン〟
「なぁ聞いてくれセイン!」
「どうしました、モスキートさん」
「ガラスってなんで壊れるんだ!」
「物だから壊れるんですよ」
「でもセインが触っても壊れないだろ?」
「まぁ好かれてますからね」
「どうやったら好かれるんだ!」
「まず力加減を分かった方がいいかと」
「力加減なら心得てるぞ!」
「だったら粉砕なんてしないはずなんですけどねぇ」




