閑話 白蛇
その昔、日の本に『穢れ』蔓延りけり
姿、気質違えど、いずれも人に仇をなす
やがて身の内に入り、人を人ならざるモノに変えけり
人々、それらを『亜人』と呼びけり
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「ほら、さっさと入れ!」
看守が乱暴に、白い麻を見に纏った、これまた白い髪を持つ囚人を、牢屋に放り込んだ。囚人が野垂れ打ったのを気にせず、看守は用心深く鎖を囚人に繋いでから手錠を外した。
囚人はさっき殴られた時に折れた牙と、血の混じった唾液を牢屋の床に吐き捨てる。
看守はその様子に気味悪げに顔をひきつらせた。
「この間は運良く逃げ出せたようだが、今回はそうは行かんぞ!猛獣用の鎖を両手両足に付けてあるんだからな。血気盛んな獅子でもこの鎖は千切れん!打ち首にされるまで咥えることもできない指でも咥えて待っていろ、この人喰い亜人め!!」
思いつくだけ言葉を吐き捨てると、看守は足早に奥へと行ってしまった。
囚人は俯いていた顔を上げて、自分を壁にくくりつける鎖を見つめる。ため息をつきながら、また俯く。
突然、黒い濃霧を体から吐き出したと思えば、鎖を引き千切らんと腕を力ませる。血管は氣を伝えようと、肌から浮き出る。腕と足、そして頬には蛇のような鱗がうっすら顕れた。
だが、まるで生気を吸い取られるように黒い霧が消え、囚人は力なく項垂れた。
「呪符付きか……。厄介な」
呪符は穢れを抑える一つの手段であり、一番効果のある物である。どんなに強い穢れであっても呪符を貼り付けられれば、体の一部が欠けるくらいの威力はある。
勿論、穢れとの混血である亜人にも効く代物なのは言うまでもない。
それでもどうにかならないものかと白い囚人が身をよじっていると、目の前の牢屋にいる身分の高そうな男が嗤い始めた。いぶかしげに白い囚人が睨むと、男は大げさに驚いた。
「おぉ、恐ろしい。鎮まれよ、亜人。愚かな行為に対してちょっと笑っただけじゃあないか」
「ありもしない罪を押し付けられて抵抗するのは愚かか?侍」
侍の顔がにわかに険しくなった。
「何?罪を犯していない?なら何故殺人の噂が広がり、あまつさえここに閉じ込められている」
「それが分からないから誰がそんなことをしたのか確かめるために、脱獄を繰り返しているのではないか。確かに俺は亜人だし、穢れも身に宿している。だが、人間に手を掛けたことは一度もない。何故なら俺は亜人でもあり、祓い師でもあったのだから」
同じ種の生物が共食いすることがあるように、呪いを呪いが喰い、穢れが穢れを喰うことは不可能ではない。
そのため、亜人や亜人の集落が祓い師を買って出ることは少なくない。人間と友好的な関係を築ける亜人も少なからずいるのである。囚人は自分もかつてはその類いの者だったと言っているのだ。
侍はその話を信じかねたが、目の前の亜人の目は誠実さが表れており、全てを蔑ろにするべきではなかった。
「ふむ、では罪を着させられたと言うならどんな罪だと言うのだ。聞かせてみろ」
純白の蛇は、目を縦に細め、こう言った。
「同族殺し……、裏切りだ」