プロローグ~穢れを祓う者~
ゲニ天に続く新作です。全体的にダークで奇妙な雰囲気の物語にしてみました。冤罪を着させられた人喰い亜人白とその騒動に巻き込まれていく清姫。二人の行方を暖かく見守ってくれるとありがたいです。
街灯の明かりが、しとしと、と悲しげに降る小雨を照らす。水溜まりは雨水の受け皿となるよう、寝そべり、互いに寄り添っていた。康儀町の夜は、街灯が点いていても薄暗い。不気味な黒い霧が所々に現れる、怪しげな夜道を今日もその若い祓い師は御使いに行っていた。
「なぁ、知ってるか、若い祓い師さんよ。最近あの人喰い亜人の白が逃げたしたらしいぜ」
川沿いを歩いていると、居酒屋の近くに腰かけていた、壮年の武士に話しかけられた。武士の男は相当に酔っ払っているようで、追い出された理由は容易に想像できた。
そう言えば、何故祓い師と気付かれたのだろう、と笠を持ち上げて体を見渡せば、左右の腰に呪符がくくりつけてあった。なるほど。仕事が終わった後、出掛ける前に外し忘れていたらしい。
祓い師は、武士のほうに向き直り、素直に返答を返した。
「えぇ、聞き及んでおりますよ。なんでも将軍様が直々に派遣した護衛の首を掻っ切って、逃げたしたとか……」
言うと、武士は目を見開いて驚いた。
「お~、よく知ってんじゃねぇか。いやぁ、最近の康儀町は怖いねぇ。なぁ、亜人っつうのは『穢れ』と人との混血なんだろ?」
「えぇ、そうですよ」
「ひえー、汚らわしい。なら、いっちょそいつを祓ってくれねぇかなあ?うちの女将がな、人喰い亜人が怖くて、おいおい家も出れねぇつって引きこもりになっちまってよ~。どうしようもねぇんだぁ」
男は相当に困っているようで、酔っているのもあってか、突然おろろおろろと泣き出してしまった。その様子を祓い師は静かに見つめていた。
不意に、祓い師は微笑んで男を安心させるように慰める。
「大事ありませんよ(※大丈夫ですよ)。安心してください。今丁度、そろそろ依頼が来そうだと思って、呪符を足しに行こうとしていたのですよ。亜人なんて私たちが幾らでも祓います。だから落ち込まないでください。そんなに自棄酒していると奥方に怒られてしまいますよ?」
「そうか、そうかなぁ。そうかも知れんなぁ……」
男は遠くを見つめ、思いを決めて立ち上がった。
「そうだな、こうしちゃいられん。早う家に帰らねばな。ありがとうよ、祓い師さん。お陰様で元気が出た」
男は赤らめた頬をそのまま帰路に着きに歩き出した。祓い師はそのふらふらな背中に忠告として声をかける。
「えぇ、そうすると良いでしょう。ところで……」
男の正面の黒い霧が膨張し始める。男が何かと気付く前にその霧は、自らの形を決め、大きな獣の『穢れ』へと姿を変えた。
「…………ォ、ォ……?オォォォォオアア!!」
「ひ、ひぃっ!化け物!!」
畦道を踏みしめ、跳躍。腰から引き抜いた呪符は燃えて塵となり、代わりに祓い師に呪力を与える。祓い師は親指と人差し指で円を形作り、その中にできた炎を『穢れ』に向けて吹き付けた。
ボオオウ!!
垂れる青炎は夜の道を明るく照らし、『穢れ』の顔面と右肩を見目鮮やかに焦がした。突然のことに居酒屋の店主と客は逃げ惑い、周囲の家屋は「『穢れ』だ!『穢れ』が出たぞォ!」と口々に言って、扉という扉を閉めていった。
「アァァアアオア!!」
「夜の町は危ないですよ?こうして『穢れ』が増えますから」
祓い師は、未だに何が起きたか掴めていない男にそう言って笑いかけた。
「さあ、早く家へと走って!でないとこの『穢れ』の今日の食事にされてしまいますよ!」
「あ、あぁ。感謝する!祓い師さん!!」
「然もない(※それほどでもない)ですよ!」
男に言葉を返しながら、祓い師は『穢れ』の正面で構えを取った。
黒い霧が次々と各々の形を持ち、一匹だった『穢れ』が今や十数匹に増えていた。その中で、先ほど燃やされた獣の『穢れ』が朧気な口元をひきつらせた。
「さて、困りましたねぇ。渋隈殿は時間厳守な方なので、遅れるととても怒られるのですけど。仕方がありませんね……」
腰の呪符の一枚を抜き払い、祓い師は『穢れ』たちに笑いかけた。
「一つ、祓うとしましょうか」
解説を挟むと『穢れ』というのは人や物の汚わらしい部分などが具現化したモノです。その『穢れ』が生まれた時になりたい形を取り、大抵は獣や怪物の姿をしています。亜人というのはこの『穢れ』の破片を外部から、恣意的または意図的に詰め込まれた人間のことで、異常な身体能力や回復能力を持ち、『穢れ』の力を部分的に使うことができるため、人とは違う物、「亜人」と呼ばれています。祓い師は、この『穢れ』や危険と判断された亜人を祓って土に還す人達で、平民や武士など、他の身分とは区別されていて、その多くは好意的に扱われています。『穢れ』は病気としても現れるため、それを祓う医者としての側面も持ち合わせています。