三日月の夜
「私、三日月って好きじゃないんだよね」
空に向かって息を吐くと三日月が見下ろしていることに気づき、私はそう呟いた。
「なんで? きれいじゃん」
陽太は電話越しに訊ねる。きっといま私と同じようにスマホを片手に空を見上げている。
「だって全体のほんの少ししか見えていないのにやたらと褒められるじゃん。歌になったり建物の名前に使われたり……なんかズルい気がする。満月の方がよっぽど立派だよ。自分のすべてを見せているんだから」
「おもしろい着眼点だなぁ」
陽太はケラケラと笑う。
「お前月が好きだったんだな」
「別に好きじゃないよ。ただ目につくから気になるだけ」
からかわれたような気がして私はそっけなく返した。
「でも月に対してそこまで考えられるのはすげぇと思うぞ。俺は月を見てもきれいだなって感想しか浮かばないし」
陽太がえらく感心したように言うので、私は大きく首を横に振った。
「なにもすごくないよ、私なんて……」
もう一度、すごくないよ、と小さく付け加える。一緒に吐き出された白い息は、宙に舞ってすぐに虚しく消えていった。
「仕事で悩んでるのか?」
陽太のその一言は私の胸に深く突き刺さった。図星だったからだ。就職してから一年、私はたいした仕事もできず怒られてばかりだった。
「そう。だから三日月に嫉妬してるの。私は全力を出しても報われないのに、ちょっと輝いてるだけで評価される三日月が気に食わないの」
八つ当たりだよ、と私は自嘲気味に笑う。
少しの沈黙が流れて、陽太が「月はさ……」と切り出した。
「月はなにもひとりで輝いてるわけじゃない。三日月だって満月とか半月とか他の状態があるから絵になるんだと俺は思う。いろんな側面があるから良いんだよ」
陽太は穏やかな声のまま続ける。
「月みたいに遠くからでも見守ってくれる存在って貴重だと思う。俺にとってはそれが明里。手は届かなくても、俺を支えてくれてるんだ」
寒空の下、まるで日の光を浴びたみたいに身体が熱くなるのを感じた。
すごいな、陽太は。私の知らない私を見つけて、価値を見出してくれて。
「ありがとう。陽太」
私はそう言って、三日月に手を伸ばした。私も同じだよ。遠くて手は届かないけれど、こうして支えてくれる陽太に救われている。
「……明里、今夜は月が綺麗だな」
陽太の優しい声に胸が高鳴る。その言葉が持つ意味は、もちろん分かっている。そして私の答えは、最初から決まっている。
「うん。最高に綺麗」